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第五話『PX』

 基地にはPX(軍用売店)が三軒あり、そのうちひとつは基地の外れ、砂地がそばまで迫るところにあった。

 砂地の向こうには川があり、川の向こうにはジャングルがあり、ジャングルの向こうにはトンネルがあり、トンネルの向こうには……。


「いらっしゃい」


 カウンターには気のよさそうな青年が店番をしている。

 チェック柄のベストにニットタイ。戦争に似合わない服装だが、つくりが華奢な顔で微笑むとそれが不思議と馴染んでしまう。


 軍曹は店内をざっと見た。客は彼しかいなかった。


「何か探しものですか?」


 店員に話しかけられても、軍曹は煩わしそうに手をふり、スナック菓子が並んでいる棚を見るともなく見ていく。塩をたっぷり振ったらしい赤い缶入りのポテトチップスとビールの六缶パックを手にカウンターへ。


「七ドル八十セントです」


 買ったものをビニール袋に入れる店員に、軍曹は店員にたずねた。


「部下を一度の不注意で全員死なせたことはあるか?」


 店員は首をふった。


「いえ。僕はただのPXの店員ですから。死なせてしまったんですか?」


「ああ。おれは死なせた。おれの分隊はどこの小隊にある、ごく普通の分隊だった。兵隊はみんな運悪く兵隊になったごく普通の連中で、持たせられた武器もごく普通の武器で、与えられた任務もごく普通の任務だった。だが、それがある日、一変した。ゲリラどもの待ち伏せを受けたんだ。ジャングルのなかに、こんな感じの店があった。その店を調べさせる前に、そのすぐ後ろの茂みを調べさせるべきだったのに、おれは警戒を怠り、あとは機銃掃射だ。部下はみんな死んだよ」


「それはお辛いことでしたね」


「辛い? 辛いと思えれば、どんなにいいか? おれは嬉しいんだ。生き残れたことが。最低の人間のクズだってことは分かってるが、それでも生きたいんだよ。おれは」


「……ここにはお客さんみたいな指揮官が来るんですよ」


「なんだと?」


「少佐、曹長、伍長。みんな部下を誤って死なせてしまった人ばかり。将軍クラスの人が来たことは一度もないけど、でも、ここには戦場での後悔に悩まされ、自分を責める人たちの最後の悔恨の場らしいんです」


 軍曹は店員の胸倉――きれいに結ばれたニットタイをつかむ。


「なんで、こんなありふれたPXが、おれたち、最前線の兵士たちの苦悩を理解できるって言うんだよ」


 店員は物怖じせず、それどころか小さく笑って言った。


「わかりますよ。だって、ここは――」


 ぞわり。まるで濡れた手で触られたような寒気に思わず、軍曹は手を離す。


「――死んだ兵士たちのためのPXなんですから」


 歩兵、工兵、海兵隊、空軍。

 腕がちぎれ、目がえぐられ、チタンと竹でできたトラップが体の半分をぐちゃぐちゃにしている。


「わ、わああああっ!」


 軍曹はその場にへたり込み、手を顔の前にかざし、震えながら首をふった。


 PXをいっぱいにした幽霊たちはビールやチョコレートを手にカウンターに並ぶ。


 そのうちひとりが軍曹の手をつかむ。

 それが、死なせた部下だと分かって、軍曹は動けなくなった。


 幽霊たちが並ぶ列に引きずり込もうとすると、


 ザッ。


 シノビの一閃が幽霊の手首を切り落とす。


「ダメだよ、お客さん。彼は逝かない」


 手を落とされた幽霊は小さくなって、列に並びなおす。


 軍曹が気がついたとき、小屋をいっぱいにしていた幽霊はみな消えていて、軍曹はビニール袋に入ったビールとスナックを受け取っていた。


「え?」


 店員が、大丈夫ですか?とたずねる。


「い、いま、ここに幽霊が。死んだあいつらが」


「ここには僕とお客さんしかいませんよ」


「でも、確かに幽霊が!」


「地球軍の基地に幽霊? あはは。いるわけないですよ。はい、こちら、お釣りとポイントカードです。また来てくださいね。ありがとうございました」


 軍曹は夢でも見ていたのかとブツブツ言いながら、出ていき、もっと多くのライトがある基地の大通りへと戻っていく。


 しばらくすると、迷彩服にニットタイをつけ、PXの腕章をつけた男がやってきた。


「よお、すまんな。店番頼んじまって」


「それはいいけど、ああいうことは事前に言ってほしいな」


「やつら、出たのか?」


「出たし、二回目なんか、ひとり連れていこうとした。奇妙な話だな。幽霊になっても手首は惜しいらしい」


 シノビはカウンターに隠していた刀を取り出し、刀身に黒く煤のようについた瘴気を懐紙できれいにふき取る。


「あんまり幽霊どもを脅かさないでくれよな。ここの売上のほとんどはあいつらからなんだから」


「戦争は儲かるわけだ」


「死ねば死ぬほどな。これ、大したもんじゃないが、礼だ」


 そう言って、店長は紫の紐で結んだ桐の小箱を渡す。


「なかを確かめるか?」


「信じるよ。じゃ」


 シノビは風と共に消え去った。

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