第三話『虐殺者』
ひとりの大尉が見事なペルシャ種の馬に乗っていた。
彼の左右では草葺き小屋が燃えていて、小屋に立てかけてあった農具は鉄でできた部分が夕暮れの最後の輝きのように真っ赤になっていた。
村民の死体はあちこちに転がっていて、大尉は村の広場に集めて、ひとまとめにして射殺すればよかったなと思い、自分もまだまだだなあと思ったりしていた。すると、古株の曹長がやってきた。
「大尉殿!」
「なんだね、曹長」
「また子どもがひとり、見つかりました」
「年齢は?」
「六歳くらいであります」
「撃ち殺せ」
「はっ」
「いや、待て。ギヨーム少尉はまだ人を殺したことがなかったな」
「あれこれ理由をつけて殺人から逃げる、いやらしいインテリであります。大尉殿」
「では、彼にやらせるように。その手のインテリどもは自分の軟弱さを恥じることなく、戦争は残酷だとのたまうジャーナリスト予備軍だ。子ども殺しの童貞を卒業させろ」
「わかりました。大尉殿!」
しばらくすると、今度は通信兵がやってきた。
「今度はなんだね?」
「大隊司令部より帰還するよう命令が来ております」
「帰還? この忙しいときに? 適当に言って、ごまかせないか?」
「それが大尉殿。その、これは大尉殿が帰還を渋ったら言うように言われたのですが、――大尉殿にシノビが会いに来ていると」
「シノビ?」
大尉は大隊司令部がある村に帰還したが、シノビが本当に来ているとは思わなかった。
「少佐がわたしを戻すためについた冗談かと思ったんだが」
シノビは顔つきは幼く、小柄でまだ十六かそのくらいに見えた。
大尉は銃をホルスターごと、脇にある装飾机に放り出し、彼にあてがわれた小屋で事務用の椅子に座って、ステンレスの筒から葉巻を取り出して、卓上ライターで火をつけた。
「きみも何か吸うかね?」
「……」
子どもみたいなシノビにぞんざいな無視をされて、初めて気づいたのだが、大尉は生意気な子どもに対する耐性がまったくなくなっていた。戦争前は少しは我慢できたと思っていたが。
「それで、要件は?」
「……任務だ」
「それは教えてもらえるのかね?」
「……」
「これは別に意味のないひとり言だが、わたしはきみの半分の年齢でもっと素直な少年をサーベルの試し切りに使ったことがある」
「……」
「それで、内容は教えられない。でも、任務がある。結構。それでわたしに何を望んでいる?」
「なにも」
「何もということはないだろう。わざわざ、わたしの部屋で何かしでかすつもりなら」
「おれがこれからすることを黙って見ていればいい」
脇の装飾机に放り出した銃のことを意識し始めると、シノビは、
「……」
と、大尉の心を読み取ったみたいに目で釘を刺した。
こうなると、ますます撃ち殺したくなる。
この半年、自分が殺したいと思った人間はみんな殺せたのに、ここにきて、殺せない相手があらわれた。
シノビの戦闘力を考えると難しいし、シノビの命令系統がどこから出ているのか考えても難しい。
だが、シノビについて、うっすらきいたことがある。
彼らはこの戦争にあらわれる怪異を始末している。
以前、どの村のことか分からないが、銃剣で胸を突かれて死にかけた占い師が大尉のことを「いずれ鬼になる」と言ったことがある。
大尉は目の前のシノビを見る。
武器は取り上げられておらず、立ったまま、大尉を見ている。
まさか、おれが鬼になったのか?
それでシノビがおれを始末に?
荒唐無稽だが、既に彼の前にはシノビがいる。
既に常識からこの場所は外れている。日常の常識からも戦争の常識からも。
だが、自分は何の変化もない。
おれは鬼ではない。それに鬼になったとしても、自分は人間としての節度を守っているじゃないか!
「ここにきみの求めるものがあるとは思えないがね」
「……もうじきだ」
やはり、こいつはおれを狙っていやがる。
殺られる前に殺ってやる!
トン、トン。
「誰だ?」
「ギヨーム少尉です。大尉殿」
こんなときはひとりでも多くの味方がほしい。たとえ、ギヨームのような臆病者でも。
「入れ」
「はい」
ギヨームは敬礼し、ちらりとシノビに目を向けたが、シノビは見返したりしなかった。
「お耳を拝借してもよろしいでしょうか?」
「構わん」
そう言うと、少尉は大尉の横で身をかがめた。
そのとき、気づいた。少尉の目玉が繰り抜かれていることに。
虚ろな眼窩から亡霊たちの呻きがきこえ、これまで殺したものたちの霊が少尉の目と口からあふれ出して、大尉は悲鳴をあげた。
次の瞬間、シノビの刀が少尉の首を跳ね飛ばした。
同時にばら撒かれた除霊札が散らばって、少尉の首から飛び散った全ての悪霊たちを吸い込み、それから目にも止まらぬ斬撃で全ての札が真っ二つになり、空中で灰となって消えた。
パチン。
刀がしまわれる音がした。
大尉は椅子から転がり落ちていて、ズボンに小便をもらした。
シノビはというと、風とともに消え去っていた。
それから大尉は常に亡霊の影に怯え、最後は自殺した。
――とはならず、それからも懲りずに虐殺を繰り返し、無事帰国して、コロニーで英雄として喧伝され、その後、年金付きの勲章をもらい、国民的雑誌の表紙を飾り、プール付きの白い豪邸で末永く幸せに暮らしましたとさ。