最終話『社』
「あんた、シノビだろ?」
油っ気のない銀髪がさらっと流れる。
「何だ?」
社。赤い月がかかる夜。話しかけてきたのは白い狩衣の若い男だった。
鯉口を切ると、男は首をふった。
「そう物騒になることもない」
べたつくような温い風が鎮守の森から吹いてくる。
息苦しさを感じる。男は小さな社を指差した。
「悪い社じゃなかった。この星で死んだ人間、全てをまとめて救おうとした、いい神社だった。最初はうまくいった。ひとつひとつの霊魂と向き合い、じっくり話をきき、そして、神格を与えていった。怨霊化する前に。だが、だんだんうまくいかなくなってきた。戦争は続き、戦死者は増え、まず、じっくり話をきくことができなくなった。そして、死者たちは神格を欲しくて、お互いをかじり合い、食いちぎり合うようになった。そのうち、死者たちは立つのをやめて、四つん這いになり、鱗と毛に覆われて、獣に落ちた。しまいにはいくつもの獣が融合して、毛むくじゃらの、気味の悪い、ボールになった。ボールはいまも死人の魂を食らい続けている」
気がつくと、蓮は軍人用のバーにいた。
「もう閉店ですよ」
「……ああ」
紙幣を何枚か置くと、バーテンダーは、
「もう、もらってます」
「誰が払った?」
「白い、キモノって言うんでしょうかね。変な服の若い男が」
――†――†――†――
棠はソーダ水を口にし、ホテル前のロータリーを古い自動車がまわるのを眺めていた。
街路樹沿いにホテルの幅だけテーブルが続いていて、誰もが爆弾テロのリスクを負いながら、軽食をとっている。
「相席してもいいか?」
白い狩衣の男が言い、座る。
「いいとは言っていないのだけどね」
「でも、ここはわたしの社だよ」
赤い月夜。社が暗がりに構える。
「いい神社だった」
「わたしにはそう見えない」
「いまはよくない神社だ。この星で最も古い神社で、戦争で死んだ全ての死者たちを救おうとした。死者たちをひとりひとり洗ってやり、神格を授けていった。でも、戦争は大きくなり、死者が増えすぎた。沐浴場は死者で身動きもできず、清めることができなくなった。誰もが洗われようとして、お互いを踏みつぶし、砕きあった。そのうち、死者たちは骨を失って、どろどろのソースのようなものになった。ソースは染み込み、死者たちを食らい続ける」
やめろ! やめろ!
警官がわめく。
ホテルへ一台の自働車が突っ込んでいき、閃光。
音はない。ホテルからガラスの破片と瓦礫とちぎれた人間がプラスチックを焼いたどす黒い炎と一緒に吐き出される。
そのころには棠の姿はどこにもなかった。
――†――†――†――
「いらっしゃい」
槐は気さくに挨拶する。
白い狩衣の男は頬を人差し指で掻きながら言った。
「PXに来るのは初めてなんだ」
「普通の店と同じですよ」
「売り物も大差がない」
「兵隊だからって、チョコレートを食べてはいけないわけじゃないからね」
「ここには死者が来るんだろう?」
槐はうなずく。
赤い月を見上げ、社を見る。
「あなたから死者の気配が消えないのは、あれが原因か」
狩衣の男はうなずいた。
「いい神社だったんだ。この星の戦争で死んだものを取りこぼしなく救おうとした。死者ひとりひとりに鈴をつけてやって、神格を与えていった。最初のころはきちんと鈴をつけてやれた。でも、戦争は終わらないし、ひどくなる一方で死者はどんどん増えていった。鈴をつくるのが間に合わず、少ない鈴を求めて、死者たちはお互いの皮を剥ぎ取り合い、切り裂き合った。そのうち、死者たちは皮と肉を捨て、神経と血管だけからなる蛇になった。蛇はいまだ、死者を締めつけ、むさぼり食う」
カウンターテーブルに数枚のドル。
白い狩衣の男はいない。
端末で販売記録を出すと、狩衣の男はテキーラのツマミ用として開発された塩を一パック、買っていた。
――†――†――†――
草原をふたつに分ける小川。
その小川にかかる小さな橋に楪は立っている。
「きみは生きることが必ずしもいい結末をもたらさないことを見てきたはずだ」
どちらの岸辺とも分からぬところに白い狩衣の男が立っていた。
「……」
「ある意味、きみにはふさわしいのかもしれない」
「……」
「しかし、きみは本当に無口なのだね」
「必要があれば話す」
「いまこそ必要なときじゃないか?」
「ああ。ここはどこだ?」
空には赤い月がかかっていた。
白い狩衣の男が社を顎で差す。
「いい神社だったんだ。この星で戦争で死んだものたち全てを救わんとした。導きの糸を握らせ、神格を与えていったんだ。始めはうまくいった。でも、戦争は終わらないし、大きくなっていく。そのうちうまくいかなくなって、糸を紡ぎきれなくなった。死者たちはわずかな糸を求めて、お互いを呪い、蔑み合った。救いと神格がほしい余り、決して口にしてはならない言葉を口にしたことで、死者たちは自身が呪いそのものになってしまった。呪いはいまもなお、死者たちをむさぼり食っている」
鱒が跳ねて、平らな川面に波紋を残した。
波紋は広がりながら、流れていく。
楪はこの川に生き物がいることの意味を考えた。
――†――†――†――
「驚いた。蓮じゃないか」
「おれだけじゃない。槐と楪もいる」
「棠か」
「槐。ということはみな同じものを見たんだね?」
「……」
「何とかなると思うか?」
「ただの仕事だ」
「きいたかい、蓮。いま、楪は一年分しゃべった」
「よせよ、棠。やるべきことに集中しよう」
「では」
「やるか」
――†――†――†――
「やあ」
白い狩衣の男があなたに挨拶し、空を仰ぐ。
それにつられて、見上げると、白く輝く入道雲とすがすがしい青。
「今日は暑いな。それに夏らしい日だ。地球の夏もこんなだろう」
男は木漏れ日に飾られた小さな社を指差す。
「あれはよくない神社だったんだ。でも、いまはよい神社になった。話をきき、身を洗い、鈴をつけ、導きの糸を恵たもう。ただし、死者限定でね」
狩衣の男があなたに、にこりと笑う。
「それで、あなたは生者? それとも――」




