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第十二話『壜』

 第377小隊は綿のような花を咲かせる草むらに伏せていた。


 その視線の先には地球軍が利用している鉄道があり、砕いた岩の上に走る鉄のレールはポトフ軍管区へ武器を運ぶ機関車を通すことになっていた。


 ねっとりとした暑さが綿に絡まって、ゲリラたちを蒸す。

 機関車で送る武器などたかが知れていて、軍用貨物機を狙ったほうが相手に与えるダメージは大きい。


 だが、第377小隊は大きな戦いでの損耗からまだ立て直せず、補充兵も子どもと老人であてにされていなかった。


 風が吹くたびに熱い綿が飛んでいく。


 ヴァは古いセミオートのライフルを持たされ、腹ばいになっていた。

 木製の銃床が裂けていたのを汚れた包帯で巻いて縛り、それを人びとは『末期治療』と呼んでいた。


 ヴァはそんなスクラップを押しつけられたのは自分がまだ十四歳なこと、そして、女であることのせいだと思い、この襲撃で立派なシルバーメタリックの地球軍将校用アサルトライフルを手に入れてやると意気込んでいた。


「おい、ヴァ」


 歳が祖父と孫ほど離れた元百姓の兵士が言った。クムじいさんと呼ばれていて、頭をつるつるに剃って、長い顎ヒゲをシャツのなかに入れたこの老人は仲間のゲリラたちから『何かの間違い』と呼ばれていた。


「なあ、おい。ヴァ。死んでねえんだろ?」


「なに?」


 ヴァはクムじいさんと話す気分ではなかった。


「銃を交換しねえか?」


「やだよ」


「そうか」


 岩山からの風が吹いてくる。

 溶岩が固まってできたその山は植物が生えず、浴びた日光の熱をそのまま、ゲリラたちのもとに運んでくる。


 岩山からの風に辛抱していると、またクムじいさんが話しかけてきた。


「なあ、ヴァ」


「なに?」


「サボテン酒、飲みたくねえか?」


「飲みたくない」


「こいつはぁ、な、こんなふうに待ち伏せでイライラしたときにきくんだ」


「イライラなんかしてない」


「嘘つくなよ。イライラが声に出てる」


「イライラしてないってば」


「おい、うるせえぞッ」


 そばに伏せている別のゲリラが言った。

 そのゲリラはどこから声をかけられたのか分からないくらい見事に隠れていた。


 クムじいさんは肩をすくめて、また草地に腹ばいになった。


 草の青いにおいと綿の甘ったるいにおい。銃のグリースのにおい。

 舌は土でざらついていて、目は汗を噛み、意識せずにまぶたが閉じたり開いたりしていた。


 暑さと緊張で指先がピリピリしてきた。


 列車が来るのか来ないのか。

 どっちでもいいから、それをはやく教えてほしい。

 こんなふうに暑いなか、腹ばいで待たされるのが一番つらかった。


 ライフルを胸に抱いて、仰向けに寝転ぶ。空には村祭りのときにやってくる行商人の大きな綿あめみたいな雲がかかって、北から南へと流れていく。

 もし、視界の隅で邪魔をする草がなければ、ヴァ自身、この雲の仲間になって飛んでいるような気持ちになることができたはずだ。


「おい、ヴァ」


 クムじいさんが話しかけてきた。


「……なに?」


「おいでなすったぞ」


 オレンジ色の電気機関車は十両の貨物車両と一台の客車を引いていて、地球兵たちが車両の上に土嚢と防弾材で機銃座をつくって、襲撃に備えている。


 リーダーが起爆スイッチを押すと、閃光が走って、機関車が横倒しになり、貨物車が次々と引きずられ、土手から横倒しに転がり落ちていった。機銃兵はバラバラに飛んでいき、地面に叩きつけられた。


 そのころにはゲリラたちは銃撃を始めていて、地球兵たちを薙ぎ倒していた。


 ヴァも撃った。

 背中を撃たれた地球兵は横倒しになった貨物車両の壁に叩きつけられ、真っ赤な血の跡を残しながら、うつ伏せになって丸まった。


 数分もしないうちに地球兵は全滅し、ゲリラたちは銃と食べ物、そして軍事機密がないかと列車を探し始めた。


 ヴァは一番後ろの客車に向かった。


 客車は重機関銃の直射をもろに浴びて、窓もドアも吹き飛んでいた。

 なかにあった高級家具はギザギザに切り裂かれ、シルクの残骸が静かに燃えている。


 ゲリラのひとりがテーブルに突っ伏した初老の軍人の階級章を引っぱった。


「見ろ。地球軍の将軍だぜ。准将かな? まったく。この野郎が死んだせいで、このあたりの百姓は皆殺しにされるな」


 肩をつかんでひっくり返すと、右目があるはずの位置に大型ドリルを突っ込んだような醜い穴が開いていて、脳漿と割れた目玉がドロドロと流れ落ちた。


 みなが将軍のズボンを引っぺがして、ちょっとした侮辱を施しているあいだ、ヴァはテーブルの下にきれいなガラス壜を見つけた。

 なかに虹色に光る泡が入っていて、夜中にこれをランプに使ったら素晴らしいだろうと思って、拾い上げた。


 クローゼットに隠れていた地球軍の少佐が二丁の銃を乱射しながら飛び出したのはヴァが壜を懐に入れようとかがんだ瞬間だった。

 ゲリラがふたり、血を吐いて倒れ、少佐は窓から飛び出すと、綿の花が深く咲く草原へと走っていく。


 一斉に引き金が引かれ、弾が乱れ飛ぶ。


 誰も命中させられなかった。

 ヴァよりもずっと銃を撃つのがうまい大人たちでも当たらなかった。


 だから、ヴァは自分が撃っても当たるわけがないと思い、一発だけ撃った。


 地球軍少佐の首がちぎれて真上に飛び、身体はそのまましばらく走ってから、綿の花畑のなかに膝をつき、見えなくなった。


 ヴァは誇らしい気持ちになった。

 殺されたふたりのゲリラの仇を討ったわけだったし、それにあの少佐が付近の地球軍に准将が死んだことを触れまわることも防いだのだ。


 そして、クムじいさんの騒がしい誉め言葉よりも、大人たちの無言のなかににおう大人たちの世界の尊敬のほうがずっと嬉しかった。


 パリン。


 もっとも、その気分の高揚も、さっき見つけた虹の泡のガラス壜をうっかり踏みつけてしまうまでの話だったが。


     ――†――†――†――


 シノビはホテルの前のカフェで目を覚ました。

 街路樹の影が落ちる。笠をかぶった労働者たちが積み荷の蝋燭をトラックから降ろし、道路ではホログラム・マップ付き自転車が大河となって流れて、行政長官のリムジンが溺れている。


 ソーダ水は気が抜けて、すっかり温くなっていた。


 立ち上がり、伸びをして、凝った体をほぐすと、シノビは、かつて冷たいソーダ水だったものを飲み干し、テーブルに紙幣を一枚置いて、ホテルに入った。


 ちょうどプランテーション所有者組合の理事会があって、麻の白いスーツを着た男たちが百人以上、集まっていた。


「あの新しい行政長官はやる男だよ。デモ隊をさばいたあの手腕。見ただろ?」

「あんなのはオカマだ。催涙弾じゃなくて、実弾を撃つべきなんだよ」

「それより、新しい監督AIを導入したら、ロボットどもの効率がだいぶよくなった」

「うちはまだ人間の小作を使ってるよ。そのほうが安上がりだ」

「それで軍にゲリラの温床だなんて思われてみろ。ナパーム弾で全部焼かれるぞ」

「ロボットはゲリラになったりしない」

「まだ地球しか暮らせる星がなかったとき、人間はロボットが反乱を起こすかもしれないと怯えていたらしい」

「馬鹿げてる。人間に歯向かうのは結局人間だけだ」

「おい、誰か、おれの最上階用エレベーター・キーを知らないか? ポケットに入れたはずなのに」


 ダイニング・バーではかっぷくのいいふたりのプランテーション・オーナーが〈魔法使い〉について話している。


「本当だ。そいつは人間の魂を壜に閉じ込められるって言うんだ」


「お前、ファースト・シールドの株に引っかかって懲りたんじゃなかったのか?」


「魔法使いは別におれに何か売りつけようとしたわけじゃない。それどころか売ってくれる魂があったら、教えてほしいって言うんだ」


「お前、マフィアのボーリング詐欺に引っかかったときも今みたいな話し方してたぞ」


「こいつは本物の魔法使いさ」


「仮に本当だとして、人間の魂をよ、壜のなかに入れることにどんな意味があるんだ?」


「なんだよ。お前だって、ボトルシップ大好き人間じゃないか」


「おれの高尚な趣味を縁日のガキ相手の詐欺と一緒にするんじゃねえよ」


「このホテルの最上階に泊まってるんだ。会いに行こうぜ」


「お前、インチキ宗教にハマって、女房に捨てられたの忘れ――」


 グシャ。


「おい、外に人が落ちたぞ」


「あれ、魔法使いだ」


「ホントか?」


「あんな趣味の悪いローブ、ふたつとない」


「へえ。つまり、魔法使いは人間を瓶詰にできても、空は飛べないってわけだ」


「馬鹿。魔法使いが空を飛ぶにはホウキが必要なんだ。もっと古典を読んで勉強しろ。ハリーポッターとか」

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