第十一話『座標』
通信機ががなる。
――支援砲撃要請! 座標990330!
「了解した」
メモ用紙をちぎって、テントの外の砲兵たちに座標を読み上げる。
「砲撃要請、座標990330」
「990330、了解」
砲撃コンピューターに数値が入力され、野砲の砲身がゆっくり動く。
装填手が抱きかかえた砲弾を薬室に突っ込み、砲尾が閉じられる。
「発射!」
爆音とともに軽い土埃が舞い上がり、雑草が震える。
油圧式駐退機が反動を吸収し、砲身が元の位置へ戻る。
通信機に戻ると、修正射の要請。
――左100!
メモをちぎって、修正を読み上げる。
「左100」
「イエッサー!」
砲弾を装填し、射つ。
通信機ががなる。
――命中! 砲撃を続けろ!
メモをちぎり、読み上げる。
「命中だ。砲撃を続けろ」
――†――†――†――
野砲はすり鉢状のへこんだ土地の底にあった。
砲兵たちのテントがひとつ。
砲兵少尉のテントがひとつ。
少尉のテントに通信機があり、支柱のひとつに銀色のサーベルがかかっていた。
砲兵隊の仕事は前線から読み上げられる座標に従って、野砲を微調整し、砲弾を発射することだった。
ドローンや攻撃ヘリを使うほどのものではないが、手榴弾では役不足なとき、野砲での攻撃が要請されるのだ。
ひどく乾いた土地で、砲撃の後は辛い硝煙が立ち込めるが、陣地には井戸があり、水には困らなかった。
「少尉。おれたちの戦争、こんなのでいいんですかね?」
ダッチオーブンのチリコンカンを囲みながら、砲兵のひとりが言った。
「前線で砂まみれ、泥まみれがいいのか?」
「そういうわけじゃあないですけど」
毎日は座標347651や座標763199に砲弾を送り込む日々。
通信機が旧式のブザーを鳴らすたびに少尉は応答し、六桁の数字をメモに書き、ちぎり、砲兵にコンピューターに入力させる。
「おれたちの撃った弾は本当にちゃんと当たってるんですかね?」
「当たってると言っているから当たっているんだろ」
「じゃあ、誰か死んでるんですかね?」
「そりゃあ、死ぬさ。戦争だから」
少尉は立ち上がり、井戸の縁に腰かけ、煙草をつけた。
おぎゃあ。
「ん?」
砲兵たちは火を囲んで、何か話している。
「おい、誰か、いま、何か言ったか?」
「馬鹿話してますよ」
「そうじゃなくて、こう、赤ちゃんの泣き声みたいな」
「いえ。何も」
「そうか」
翌日、井戸のそばで歯磨きをしているところで、三人の砲兵のなかで一番物静かなグイドがやってきて、
「少尉。昨日、赤ん坊がどうとか言ってましたよね?」
「そうだ。やっぱりお前たちか?」
「いえ。ただ、さっき地図を見たんですが――昨日、おれたちが撃ち込んだ座標、相手は病院ですよ」
歯を磨く手が止まった。
「そうか」
「前線の連中に確かめたほうがいいかもしれませんね」
「そうか……」
少尉は通信機で前線部隊を呼び出した。
――こちら第三中隊。
「昨日の砲撃要請だがな、座標990330、これは相手は病院か?」
――ああ、そうだが。
「病院を砲撃させたのか?」
――ゲリラどもが籠城してたんだ。
「病人はいなかったんだろ?」
――……。
「おい、どうなんだ?」
――だったら、なんだ?
「なに?」
――おたくらの仕事は座標をおれたちからきいて、弾を撃つことだろ?
「そうだが、しかし」
――何も心配することはないんだよ。全部うまくいってる。
少尉はグイドに撃ったのは病院だが、患者は全員外に運び出されたと嘘をついた。
数日後の夜、少尉は通信機の旧式緊急ブザーに叩き起こされた。
「なんだ?」
――こちら、第三中隊だ! 敵に包囲された! 防衛線も突破されて、乱戦状態だ!
「落ち着け。座標を読み上げろ」
――889427だ!
「そこはお前たちの陣地だぞ」
――わかってる、そこらじゅう敵だらけだ。おれたち、もろとも吹っ飛ばせ!
少尉はメモをちぎって、テントの外に出た。
砲兵たちも配置についている。
「砲撃要請。座標889427」
「座標889427」
「発射」
「発射!」
ドォン!という発射音。
「そのまま撃ち続けろ!」
また旧式の緊急ブザーが鳴った。
「こちら、第七砲台」
――こちら第三中隊! 砲撃をやめろ!
「なに?」
――攻撃は受けていない! 第三中隊長は発狂した! 撃つのをやめろ!
少尉は外に飛び出し、叫んだ。
「撃つのをやめろ! 間違いだ! やめろ!」
――†――†――†――
法務将校たちはひと通りの調査を行い、少尉たちに過失はないとされた。
第三中隊長は発狂していて、取り調べも何もできない状態にあるという。
「第三中隊長ですが、ドラッグでも?」
「さあ。ただ、発言がおかしくなりだしたのは一週間前からだ」
病院を砲撃した日だ。
「地球から離婚してくださいってメールが届いて発狂したやつを知っている。法務にいると、いろいろな発狂を見る。戦争は発狂の宝庫だよ」
「何かありませんでしたか? 兆候みたいな」
「赤ちゃんが泣いている。そうぶつぶつ言っている」
法務将校は少尉の肩を叩いた。
「分かるよ。やつは病院を砲撃した。ゲリラが逃げ込んだのは事実だ」
「その病院、民間人は?」
「知っても、別に何もできないが――」
「知っておかないといけない気がするんです」
「民間人でいっぱいだった。病人に加えてな。戦闘時、病院を避難所にしていた」
「くそっ」
「きみは若いから知らんだろうが、きみみたいな部署が一番発狂しやすい。こんなふうに後から知らなきゃよかったことを知ってな。頼むからきみは発狂しないでくれよな。法務本部はこの野砲の射程距離内にあるんだから」
その夜、少尉は眠れず、起き上がった。
外に出ると、陣地は月に漂白されていた。
砲兵たちのテントからいびきがきこえる。
井戸に近寄る。
座標。病院。虐殺。難民。病人。発狂。隠蔽。砲撃。法務。前線。野砲。部下。着弾。命中。殺戮。誤射。中隊。数字。修正。中止。絶叫。砲弾。飛来。炸薬。四肢。散乱。血煙。死骸。生命。産声。圧殺。埋葬。砲尾。実包。砲声。泣声。
赤子。
「わあああっ!」
銃を抜き、井戸のなかに撃ち込む。
砲兵たちは慌てて、外に転がり出た。
少尉は自分のテントに逃げ込んで、法務本部を呼び出そうと通信機のスイッチを入れた。
おぎゃあ。
イヤホンからきこえる赤ん坊の声。
おぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあ――。
ブツン!
通信機からきこえていた音が絶えた。
シノビが刀を抜くと、通信機の裂け目から何百という怨霊が流れ出て、虚空に消えていった。
「わたしが井戸に潜ってまでして封じたのに、弾を撃ち込んでくるとは。あんたのしていることは恩知らずだよ、まったく」
シノビが濡れた前髪をかきあげているあいだに、少尉は緊張の糸が切れて、その場で気を失った。
「しかし、井戸がダメなら通信機とは、やつら、搦め手が上手くなってきた」
気絶した砲兵たちをまたぎながら、井戸のそばに立つと、大きく息を吸って、井戸へ飛び込んだ。
とぷん、と小さな水音を残して、シノビは消え去った。




