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第十話『ハンター』

 光合成を賭けて繰り広げられた植物たちの戦いがジャングルという形で残り、人を拒む。

 人の手のひらサイズから恐竜の足跡サイズまで様々な大きさの葉が頭上を閉じ、シノビは緑色の暗闇で枝を飛び継いでいた。


 軽やかに森のなかを跳んでいたシノビが何かをくんと嗅いで、跳ぶのをやめ、地面に降りた。

 その直後、スコールが森全体に叩きつけられる。


 重さすら感じる豪雨ではさすがのシノビでも跳ぶのは無理だ。


 刀を抜き、目の前を塞ぐ葉や枝を切り払い、道をつくる。


 履いているのは超薄型ケプラー材の足袋にタカナカ化学製のファイバーでつくった草履だが、その科学の粋を集めた履物も雑草が混じった泥濘には勝ち目がなかった。


 息苦しくなって濡れた覆面を下げ、単調な袈裟斬りを仕掛けながら、少しずつ進んでいく。


 雨はますます強くなっていく。防水生地でなければ、一歩も歩けなかったろう。それでも、この雨は人の意識まで削ぎ落そうとしている。


 試しに刀を上に向けて、しばらく持ち、それからそばにあった、それなりの太さのある樹を切ると、樹は切断面を斜めに滑り落ちて倒れた。


 間違いない。この雨で刀が研がれた。


「参ったな」


 こんなふうにひとり言をいうことはまずない。それほどの雨だ。


 しばらく、目の前の草を切り払って前進していると、刀が何か硬いものを切った。


 落ちているのは石の腕でシノビの目の前には大きな石像があった。

 高さは三メートルほどで小さな神官たちの像を四隅に配した竜か何かの像だ。


 シノビが切り落としてしまったのはその神官の像の腕で黒く焼け、草に覆われた像に対し、切断面は無垢の石の色をして、きらきら光ってすらいた。


 竜の像は小さな祠になっているので、シノビはそこに入り、雨をしのぐことにした。


 祠は大柄な大人がひとり寝起きして暮らせるほどの大きさの空洞で、供物を置く皿や世界の創造を記した壁画があり、さらに未来を描いた壁画もあった。


 それが未来の壁画と分かったのは、描かれている内容が明らかに地球人の襲来を描いていたからだ。だいぶ当時の画風でデフォルメされているが、宇宙船や攻撃ドローン、フル装備の兵士たちがこの星の人間に虐殺と民主主義をもたらそうとしている様子が刻まれている。


 シノビたちは刻まれていなかった。

 当然だ。歴史の陰で暗躍するものたちが予言に捕捉されてはお話にならない。プライドも傷つく。


 視線を感じる。それに悪寒。

 防水恒温素材を使っているから、雨が体温を奪い過ぎることはない。


 つまり、それは。


 振り向く。供物を捧げる台のそばに少女が立っていた。


 派手な羽根のドレスで着飾って、大きな花の飾りが顔の前に垂れている。


「僕に、何か用かい?」


 少女は供物の皿を指差していた。


 小さな丸い石がふたつ。


 シノビがそれを渡すと、少女は微笑んで消えていった。

 少女の両目はえぐられていた。


 雨が止む。


     ――†――†――†――


 今度は蒸してくる。


 枝から枝へと飛び伝っていくが、それでも蒸し暑さの邪悪な意志を感じる。


 熱い水の粒が集まって、手となって、シノビの足をつかもうとしてくるのだ。


 何度か、そういう手を刀で斬った。


 すると、手は手のくせに叫び声を上げて、消える。


 一度枝で止まって地面を見てみると、白い湯気でできた腕が百本以上集まって、草のあいだからウジャウジャと伸びていた。


 そんなふうになっていない、平和的かつ友好的な地面が見えるまで、シノビは注意して進み、さすがに疲労がたまってきたころになって、ようやく道らしいものを見つけた。


 ちょっとした田舎町の大通りくらいありそうな石畳の道だ。


 もちろん、そのほとんどは草に覆われ、道の境目には樹が無理やり伸びたりしているが、ともあれ、安全に歩ける道だった。


 これからどうなるか分からないので、少し体力を温存したい。腕時計を見たが、時間は予定以上に稼いでいる。


 枝から飛び降りてみると、スタッという確かな音がきこえ、こんなに頼りになる地面を踏んだのは何日ぶりかと感じ入る。


 道は歩きやすく、腐葉土が香り、風も通る。

 刀を山刀のように使う必要もないし、邪悪な湯気に邪魔されることもない。


 ポタポタと垂れる雨露の音をききながら、歩き、そのうち森が小さくだが、切り開かれた一角に出た。


 イモ類を植えた畑があり、トナゥクという果物に見えるが実際は塩と一緒に炒めて食べる木の実がなった灌木が敷地の隅に寄せられて植えてある。


 看板が立っていて、BP語と地球語でこう書いてあった。


『私有地。作物を盗んだら、狩り立てて殺す →』


 矢印の先には小道があり、小さな店があった。

 網代壁の高床式で錆びたトタンを屋根に葺いている。

 

 戦闘用スーツシノビショウゾクのまま入っていくと、安物の石材をはめたカウンターのそば、店主らしいヒゲの男がじろりと睨んできた。


 売り場には竹でつくった棚が並んでいて、缶詰や記録ディスク、加熱式煙草のカートリッジ、輪切りにしたナマズの袋詰めが置かれていた。

 よく見ると、カウンターの端に真空パック詰めに使う機械があって、古いバッテリーがいくつかつなげてある。


「アース・ドルだけだ。他のカネはいらん」


 シノビは防水カバーに包んだ写真をカウンターに置き、たずねた。


「人を探している」


「知らんな」


「そうかな? ろくに見ずにこたえたようだけど」


「アース・ドルもいらん。出てけ。トラブルはごめんだ」


 シノビが梯子を使わずに飛び下りる。

 畑のほうから人の気配がした。

 それも物騒な、略奪のプランを温めている人間独特のちくちくと膨れ上がった気配。


 シノビは灌木のそばで光学迷彩を使うと、ふたり組の若い強盗が九ミリの軍用ハンドガンを手に、梯子を上っていく。


 十数えてから、迷彩を解き、梯子を飛び越えると、強盗がさっきの店主に銃を突きつけて、サイザル麻の袋にドル札を入れさせているところだった。


 苦無が一本、九ミリ弾が三発、そして、釘の頭を切って集めて詰め込んだ霰弾が一発、空気をかきまぜた後にはふたりの強盗が床に倒れていた。


 ひとりは霰弾で胸を撃たれていて虫の息。もうひとりは右手に貫通した苦無を抜けばいいのかそのままにしておけばいいのか分からず呆然として座り込んでいる。


「ここには十ドルしかないが、それでも殺す!」


 店主は虫の息の強盗の口に二連式ショットガンを突っ込んで、引き金を引いた。

 ナマズの真空パックに脳漿が飛び散る。


 さらにもうひとりの強盗の手を貫いた苦無を乱暴に抜き、わめき散らした強盗を蹴り倒した。


 店主は苦無の血を自分のズボンで拭ってから、シノビに返す。


「ここから西に十七キロ。クジャキンド軍閥が抑えてるコトツって小さな町がある。そこの〈リトル・オレンジ〉って名前のバーに行け。そこにいる」


 シノビが立ち去るとき、店主は命乞いする強盗の頭へ、棍棒のようにショットガンを振り下ろしていた。


「怨霊にならなきゃいいけどね」


 メシャッ。


     ――†――†――†――


 ブリーフィングによれば、この軍管区は政治的に複雑な問題を抱えていた。

 地球軍とBPのゲリラだけでも大変なところ、様々な第三勢力が名乗りを上げて、群雄割拠の状態だった。地元軍閥、教団の私兵組織、盗賊団、密輸組織が地球軍やBPゲリラと手を結んだり切ったり、第三勢力同士で戦ったり、同盟をしたりといった具合で、ある特定の時期に誰が味方で誰が敵なのか、戦っている本人たちも理解していなかった。


 そのような土地での仕事だからこそ、紫の紐で結んだ桐の小箱を七つももらえる。


 そのような土地での仕事だからこそ、シノビは他の組織〈ハンター〉との連携を命じられている。


 クジャキンド軍閥は現在、地球軍と良好な関係を結び、ハオレオ教団と敵対している。

 ハオレオ教団の支配地域から来たものはみなスパイとして逮捕されるので、コトツへは遠回りして、地球連邦軍の支配地域から入る必要があった。


 コトツというのは、あちこちにアドリアン・ヘルメットをかぶったクジャキンド兵たちがいて、市場へ作物を売りに来た百姓から小銭を巻き上げる、そんな町だった。

 小さな町だが、建物の三分の二は戦争のため崩壊していて、ほとんどが屋台の形で営業している。

 その営業許可はクジャキンド軍閥の資金源になっていた。


 古い通りには柱が並ぶ神殿のような屋敷があり、古いアサルトライフルを抱えた少年兵を臨時のガードマンとして雇っている。店主は十ドルのために殺すが、これまでの殺人歴が暗い目にはっきり表れている彼ら少年兵はもっと安いカネのために殺してきたし、これからも殺すらしかった。


 少年兵はどこにでもいた。スパイス麺の屋台や教練場、装甲車のなか。


 クジャキンド軍閥は彼ら少年兵を集めていて、何か大きな攻勢作戦があるのではないかと町民たちが噂しあっていた。


 シノビは夜の月市と重なった目抜き通りの混雑を抜け、電気ランタンを吊った椰子の樹の路地から〈リトル・オレンジ〉を見つけた。


 水着の美女が描かれた古いジュースの看板が目印のトタン普請の長屋で、このあたりでは珍しく、靴を履いてダンスをする客のための板張りの床があった。週に一度は鯉の浮袋や洗濯板でつくった楽器を鳴らす楽団が来る。ビールは温いが、自家製フレーバーで水増ししていない。


 シノビが入ったとき、地元の木こりと工事の労働者が数名、木箱に座って、温いビールを飲みながら、茹でた豆を噛んでいた。

 

 そのバーの端にハンターがいた。

 大昔のイギリス兵のような上衣を来て、弾薬ポーチをベルトでつけた黒髪の少女。

 帽子は第一次大戦時代のもので、ズボンはぴったりとした新しい素材。

 SFと第一次世界大戦の混合割合は2:8だ。


 シノビはハンターの対面に座った。


 共闘には掟があり、お互い名は名乗らない。

 互いに信頼に値すると思ったときだけ、名乗ることになっている。


 それまでシノビはハンターと呼び、ハンターもただシノビと呼ぶ。


「シノビと仕事をするのは初めてだ。よろしく頼む」


「こちらこそ。よろしく」


 シノビは物腰柔らかに話す。

 ハンターのほうは十七か八くらいだが、海兵隊の鬼教官みたいな話し方をした。


「そちらは銃は持たないのか?」


「ああ。そうだね」


「結構。銃が必要な局面にあたったら、わたしが対処する。近接戦闘は任せる」


「話がはやくて助かる。ところで、これは確認だけど、きみが使う銃はそれなのか?」


 それ、とは、少女の隣の椅子に立てかけてあるリー・エンフィールド・ライフル。


 これはボルトアクション・ライフルだ。


 普通のライフルは引き金を引けば、弾が何発でも出る。

 引き金を引き続ければ、弾倉が空になるまで弾は発射され続ける。


 だが、ボルトアクション・ライフルは違う。


 これは一発発射した後、ボルトを引いて、空っぽの薬莢を弾き出し、またボルトを戻して、銃弾を装填する。

 引き金を引くだけで弾がいくらでも出る機構はしていない、大昔のライフルだ。


自動射撃オートマティックなど甘えだ」


 まれに狙撃銃にこの手のライフルを選ぶものもいるが、


「スコープも甘えだ」


 彼女は全て肉眼射撃でカタをつけると言っている。


「信じられないなら、そこの煙草を一本くわえて、好きなだけ離れるといい。口の先の煙草を撃ち抜いて見せる」


「信用するよ。仮にもシノビにあてられるハンターなんだから、腕は確かだろう」


「む。本当は信じていないな? まあ、いい。どのみち、お互い、実力を見せあわなければいけない局面だ」


 気づけば、客も店主もいない。

 外からは隠すつもりのない殺気を感じる。


 リトル・オレンジのまわりを軍閥兵たちがウロチョロし始めていた。

 実はこのころ、クジャキンド軍閥は地球軍と手を切って、BPゲリラと同盟したため、地球軍の支配地域から来たものが全員スパイとして逮捕されることになっていたのだ。


 軍閥には森の生き字引のような老人が雇われていたので、どれだけシノビが気配を殺しても、森からあらわれる限り老人を騙すことはできなかった。


 以前にもあった銃撃戦の弾痕が壁に穴を開けていたので、そこから外を覗くと、軍服の裾がまくり上がるほど太った男がメガホンを手に、ふたりに銃を捨てて、出てくるよう命じていた。


「さて。給料分、働くとするか」


 ハンターはライフルを胸の前に三十度の角度で抱え、外に出た。

 シノビは裏手の脱出路を確保すべく動いたが、そのとき、少女の張り上げた声がきこえた。


「捧げつつ! 担え銃! 立て銃! 下げ銃! 構え、狙え、撃て!」


 一発放たれ、アサルトライフルの一斉射撃が返ってきた。

 ハンターはこれ以上ないほど完成した匍匐前進で店を斜めに横断し、シノビが切り開いた脱出路に向かう。


 シノビは既にふたりの軍閥兵を斬り捨て、灌木に挟まれた退路をつくっていた。


 刀と苦無の間合いにいるときはシノビが、それ以上の間合いはハンターが仕留め、表通りに出ると、そこは阿鼻叫喚の巷で、逃げ場を求めて走る住民と銃を乱射する軍閥兵がどちらも訳のわからない叫び声を上げていた。


 町の北のほうからテクニカルと呼ばれる機関銃を荷台に据えたピックアップ・トラックがあらわれて、通りの右側を掃射しながら、シノビたちのほうへと走ってきた。


 ハンターが撃つと、まず機関銃手が転がり落ち、次の一発がフロントガラスを貫いて、血が飛び散った。三発目を撃つと、車の下がメラメラと燃え始め、四発目で爆発。テクニカルは前に飛び上がりながら、ひっくり返った。


 ピックアップに続いて、白いローブをまとった兵士たちがサブマシンガンを乱射しながら市内に乱入してきた。


「ハオレオ教団の連中だ」


 ハンターはそう言って、手招きした。

 路地にかぶせた大きな葉を取り除くと、トンネルの入り口があらわれる。


「葉をもとに戻しておいてくれ」


 そう言って、ふたりはトンネルに潜った。


     ――†――†――†――


 トンネルのなかでシノビは狂ったような叫び声を上げる女の悪霊を斬り、古代の将軍らしい霊と交渉した。

 このトンネルは彼が家臣に命じて作ったもので、どの道を選べば、どこに出るのかを知っていた。


 ジャングルのなかの石畳の道に出る。

 将軍とはここでお別れだが、彼はこの石畳は古代の巡礼街道の跡地だといい、これを辿れば、このあたりの四つの神殿を全てまわることができると教えてくれた。


 その日は野宿をして、戦闘糧食レーションを食べて、眠り、起きたころには薄暗い明け方の靄がこもって、それが徐々に明るく杏子色に染まっていく。


 ハンターはライフルを分解清掃してグリースをしっかり塗って、シノビは刀を念入りに丁子油で拭いた。


「お互いの目的がきちんと重なっているか知りたい」


 ハンターは標的の写真を出した。


 神父の服に地球軍名誉中佐の肩章をつけ、黒いフェルト帽をかぶった老人。

 背は二メートルを超えているらしく、ガンベルトに大きなリヴォルヴァーを差している。


「このあたり一帯の少年兵の元締めだ。各勢力は少年兵を抱えているが、全てはこの男が絡んでいる」


「こちらでも間違いない。任務はその男の抹殺だ」


「確かめておきたい。少年兵や少女兵を殺すことに抵抗はあるか?」


 シノビは首をふった。


「ただの仕事だ」


「それならいい。この男は神出鬼没で、ひとつの場所に長居しない。だから、身動きができなくしてやる」


 ハンターの計画はこうだった。


 この男に武器を供給する武器商人、地球軍とのつなぎをする連絡将校、そして、子どもたちを供給するブローカー。


 この三人を片づけてしまえば、標的の勢力を大きく削ぎ、炙り出すことができる。


「ここから一番近いのは?」


「連絡将校だな。ここから歩いて二日。テリチャゴになかなかの屋敷を持っている」


 連絡将校は接収した貴族の屋敷で白鳥を象ったエア・ボートにうつ伏せになってプールに浮かび、従卒にカクテルのおかわりを持ってこいと怒鳴り散らしていたが、シノビとハンターが姿を見せると、素直でいいやつになり、さらに白鳥の口のなかに隠しておいた超小型ベレッタの弾が前日シノビによってあらかじめ抜かれていたことが分かると、もっと素直でいいやつになった。


 頼まれてもいないのに軍の機密、私生活、自分の髪がカツラであることなどをペラペラしゃべったが、神父に関する秘密はしゃべらなかった。


「ここまで来て、いい度胸をしている。気にいった。その股座、吹っ飛ばしてやろう」


「知らないんだ! あの男は突然やってきて、あれこれ伝えて、勝手にいなくなるんだよ! いつ来るか分からない。明日かもしれないし、一か月後かもしれない」


 ふたりは連絡将校の言ったことを信じてみることにした。

 連絡将校はふたりが屋敷を出ていくと、大急ぎでプールの近くの花壇の土を掘った。


 あった。ビニールに包まれたサブマシンガン。

 弾倉を確認すると弾が入ったままだ。


 シノビもさすがにこれには気づかなかったらしい。

 あんな舐めたマネされて、黙って、


 グシャッ。


 どこからともなく飛んできた.303ブリティッシュ弾が股座を吹き飛ばす――。


     ――†――†――†――


 武器商人は大きな外輪船を持っていて、川に沿って歩いていれば、そのうち会える。


 そのあいだ、ふたりはいかにここの川が川としてなっていないかを話し、徹底的にけなした。


 川はもっと速く水が流れるべきだし、こんなふうに汚く濁るべきでない。

 瀬と淵がきっちり分かれるべきだし、こんなふうにメリハリもなく、だらだらと流れるべきでない。


 ぶよぶよとした人喰いナマズがいるくらいで、美しい鱗を輝かせる鱒など、到底望めない。


「戦争に費やす努力の百分の一でも川に使えば、もう少しマシになりそうだものだ」


「わたしも同感だ。戦争は優先順位を歪めてしまう」


「もちろん、僕らは戦争から離れて存在できるからというのもある」


「川がきれいなことを喜ばないものなどいないだろう?」


「まあ、その通りだが」


 その日、雨が降った。

 水は脹れて、川幅が増してきたので、自然とふたりは森のほうへ押し込まれた。


 ハンターは雨が降っているときに森を歩くのは消耗するだけだといって、大きな樹の洞に入って、休憩した。

 洞から外を見ると、下生えのあいだを水の筋がいくつもできて、不運な虫たちをさらっている。


「誰を撃てばいいのか分かれば、このスコールを止められるんだが」


 ハンターは残念そうに言った。


 洞はそんなに大きくない。ハンターの大きめの胸はシノビの肘にあたっていて、どちらかが動くと、ぐいぐいと押し込まれた。


「痛い」


「すまない」


 そう言って、胸があたらないよう、身体を動かそうとするが、またぐいぐい押し込まれ、


「わかった。もういい」


「すまない」


 雨が上がって、差し始めた日光で森がきらめくころ、遠くで電動ノコギリの音がし始めた。


 このあたりに町はなく、思うに切った丸太は船で積み出すはずだ。


 三十分も森を歩くと、太陽の強い光が植物の壁から漏れ出し、さらに進むと、かなりの空き地をつくっている伐採人のキャンプが見つかった。


 巨大な二足歩行型の伐採機械が二体あり、一本のアームが樹をつかみ、もう一本が切る。

 小型の伐採ドローンはアームから発進し、枝を次々と払っていく。

 切った丸太は背中に背負い、ある程度数がまとまると、備え付けのロープ機械が丸太を束で縛りつけ、輸送機械に載せる。

 

 キャンプには操縦士がふたりとエンジニアが数人、コックがひとりいるだけで、斧をふるう伐採人はひとりもいない。


「おれたちはこの星を救ってるんだ」


 彼らには雇い主から森での単調な暮らしの気晴らしにとドラッグが配られていて、正気で仕事をしているものはひとりもいなかった。


「おれたちは軍国主義者を切って、十人ごとに縛って、川のほうに送ってる。軍国主義者はデカい。おれたちが虫けらみたいに思えるほどデカい。でも、おれたちは何百人って軍国主義者をぶった切ってやった。いい気味だ。ざまあみろだぜ。この空き地はおれたちの勝利の証なんだ」


 そのエンジニアはそう言いながら、錠剤をガリガリ噛んでいる。

 致死量を上回るドラッグを摂取しているはずだが、危険成分は汗と一緒に流れてしまうのか、過剰摂取で死んだものはひとりもいない。


 彼らは戦争を憎み、平和のために軍国主義者を切り倒す。

 その考えは正常だが、担い手が明らかに狂っている。


 戦争を一切合財やめさせる近道が関係者全員のオーバードーズだとすれば、この星はどこまでも救われない。


 そのとき、誰かが叫んだ。


「平和主義者だ!」


 すると、目の前にいたエンジニアが飛び上がり――本当に一メートル飛び上がったのだ――、慌てて、森のなかへと逃げ出した。


 他のエンジニアも逃げ出し、伐採機械を操縦していたものたちもコックピットから飛び下りて、森のなかに逃げていく。


 狂人たちのセオリーでは無抵抗の樹が軍国主義者だから、平和主義者は抵抗力のある生物、すなわち本物の軍国主義者に違いない。


 ふたりは敵の出現に備えたが、いくら待っても何も出てこなかった。


 結局、ふたりは伐採場を後にした。

 平和主義者の正体は分からずじまいだった。


     ――†――†――†――


 川沿いの道に戻り、歩いていく。


 一夜明けると、はるか頭上をプロペラ機が通り過ぎていくのが見えた。


 そのドアが開いていたので、裏切り者でも突き落すのかと思ったが、そのかわりにパラシュートをつけた物資マークの箱がゆっくり、ふたりの目の前に降りてきた。


 カードには『エンジュへ』とあり、なかにある服を着て、ストロー船着き場で待つこと、カイドウより、と締めてあった。


 箱を開けると、サイズがぴったりのタキシードと青いイブニングドレスが入っていた。


 ストロー船着き場には小さな酒場があり、そこにいる兵士や極楽鳥の羽根を採集している労働者たちは自分たちの目を疑い、熱病を疑った。

 たいてい誰もが熱病にうなされ、とんでもない幻を見たことがある親戚や知り合いがいるもので、ついに自分たちにその鉢がまわってきやがったと首をふり、次は黒くて我慢ならない反吐を吐くのだと覚悟したが、誰も反吐を吐かなかった。

 そこまで来て、あのふたりが幻ではなく、本物のタキシードとイブニングドレスを着たカップルなのだと確信した。


 武器商人はフランス人で『蛇が自分の尻尾を噛む限り、武器商人は干上がらない』のモットーを忠実にあらわしたウロボロスの紋章を刻んだ船でこの軍管区のあちこちを訪れては攻撃機や二足歩行兵器、それに工場でつくったクローン兵を売っていた。


 外輪船が船着き場に到着すると、タラップが降りてきて、燕尾服を着た初老の男がふたりに「招待状をお持ちですか?」とたずねてきた。


 シノビが内ポケットにあった封筒を渡すと、燕尾服の男は「ようこそいらっしゃいました。ストレンジャーご夫妻」と言って、船内へと案内していく。


「どうやら僕たちは夫婦らしい」


「そっちはロリコンということにならないか?」


「傷つくね。それほど歳は離れていないよ」


 ホールには二百人以上の招待客がいて、シノビたちと同じようにタキシードとドレスのものもいれば、非常に高価な布を使った民族衣装をまとったものもいるし、宝石を縫い込んだローブも見つかる。


 給仕たちは抑制された物腰と品の良さで招待客の望みをかなえ、カクテル、ダンスの相手、反吐を吐き戻すバケツを適切なタイミングで提供する。

 そして、彼らは決して瞬きをしない。


「ストレンジャーご夫妻。ようこそおいでくださいました。さあ、主人がお待ちです」


 武器商人はホールから階段を上がった操舵室にいた。白い顎ヒゲの老人で、海軍風のフロックコートに勲章をつけている。それらは地球軍に武器を卸したことでもらったものばかりだが、ひとつだけ、若いときに本当の戦いをしてもらったものが混じっていた。


「わたしを殺しに来たのか?」


「随分な挨拶ですね」


「シノビとハンターがジャングルの桟橋で礼装して待っていたんだ。まずはそこをはっきりさせないといけない」


「殺すかどうかはまだ決まっていない」ハンターが正直に言った。


「ほう?」


「目的は神父だ」


「それはまた」


「そちらが神父への武器供給をやめれば、こちらとしては何も文句はない。船を降りて、永久に会うことはないだろう」


「神父との取引で得られる額は微々たるものだ。ここで命を捨てるほどの魅力的なものではない。連絡将校が去勢された話はもうきいている。神父を殺すとなると、ブローカーも相手にする。だが、ブローカーのまわりには大勢の子どもたちがいる。戦闘用ドラッグはいるかね?」


「必要ない」


「どこまでも凶暴になり、目につくもの全てを殺したくなる、最新のドラッグなんだがね」


「必要ないと言った」


「そちらのシノビは?」


 首をふる。


「じゃあ、きみたちは子どもをとことん残酷に殺した罪悪感にもだえ苦しみ、転がりまわることはないわけだ。クローン兵どもにきみたちの半分でも冷酷さがあれば。意外だろうが、子どもを殺したクローンは約75%の確率で翌日自殺する。クローン兵でも持っている憐憫の情が備わっていないとは、きみたちはなんて素敵な生命体なのだろう。それで、大人に騙されて銃をとるかわいそうな子どもたちはどうやって殺すつもりだね? リー・エンフィールド・ライフルで撃つのだろう? アサルトライフルよりも薬包が大きな弾で小さな子どもたちを撃ったら、手足がもげてしまうかもしれないね。弾がなくなったとき、咄嗟に使うのは銃剣になるが、思いきり刺したら、どれだけの震えが手に伝わってくるのか知れたものではない。死ぬ瞬間の人間の震えには独特なものがある。それに死体から銃剣を引き抜いた瞬間ほどの高揚は他の何物にも代えがたい。戦意を失った子どもたちが震えて、隅に集まったのを火炎瓶モロトフカクテルで焼き殺したときの断末魔はどんなふうにきこえるだろう? カウンセリングは受けるのかね? 子どもを殺して、不眠になるかたずねられて、幼いころの体験談を洗いざらいしゃべらされて、生まれついてのサイコパスと診断されるのはどんなものかね?」


「最高にいい気分だ」


 ハンターがこたえると、武器商人は両手を上げた。


「わかった。もう質問はせんよ。きみたちの武器と装備はこちらが預かっている。船を降りるとき、返そう。さすがに第一次大戦のイギリス軍とモダンな忍び装束でパーティをうろつかれては困る。それと、きみたちが降りるのはサクバンの町だ。ブローカーにはすぐ会えるだろうな。彼女にはよろしくと伝えてくれ」


     ――†――†――†――


 サクバンは中央に城があり、そのまわりを遺跡のように古い建物からなる蔦まみれの市街が囲っていた。


 ムワディヤ軍閥の中心地で、クジャキンド軍閥とは対立状態にあるので、シノビたちが当局とトラブルを抱えることはない。


 ふたりの頭にあったのは、この町に住むブローカーとの対決ではなく、快適な宿を見つけることだった。

 野宿は人間を目的から遠ざけ、その思考は熱いシャワーと柔らかい布団の奴隷になる。


 ふたりはできるだけ現代に近い構造をしたホテルを選んだが、それでも番号で呼ばれる都市でなら博物館行きの建物だった。


「この建物は一年に二センチずつ西に動いている」


 受付の若者が言った。


「蔦だよ。表面のは大したことないが、地下にぶっといのがあって、それが押してるんだ。二センチずつ」


「この建物の西には崖があるようだけど」


「そのとおり。いずれ、この建物は崖から落ちる。でも、一年にたった二センチだぜ? 落ちるのは未来の話さ」


「だが、この建物から崖までほとんどない。あって、四センチだ」


「でも、一年にたった二センチだぜ?」


 シノビは鍵のナンバーの部屋に行き、装備を外し、服を脱ぎ、熱いシャワーを浴びて、外で待機していた少年兵ふたりの喉を切り裂き、窓から外の崖に突き落とし、またシャワーを浴びて、返り血を洗い流し、部屋に備え付けられていた浴衣によく似た民族衣装をまとい、背中からマットレスに飛び込んだ。


 身体が弾んだ瞬間、銃声が二度した。


     ――†――†――†――


 警察は調べに来なかったし、さらなる少年兵が来ることはなかった。


 ブローカーのいる建物は十字架を掲げていて、三階建て、少年兵と少女兵が警備している。


 インカムをつけて、前と後ろから攻撃することが決まった。


     ――†――†――†――


 裏口は小さな柱が二本立つあいだに設けられていて、扉は頑丈な鋼鉄製。

 砂嚢に機関銃があり、戦闘用ドラッグで限界まで感覚を研ぎ澄ました少年と少女がいる。


「院長さまのために。院長さまのために。院長さまのために――」


 ぶつぶつとつぶやく。


     ――†――†――†――


 ミルズ手榴弾が爆発した。


 咄嗟に顔を上げた少年の顔が破裂する。

 リー・エンフィールドの連射マッド・ミニッツが正面を警備する少年兵と少女兵を斃し、ハンターは挿弾子を装填し、前進する。


     ――†――†――†――


 正面の手榴弾の爆発に気をとられたときにはシノビの刃がふたりを死角から斬り捨てていた。


「い、んちょ、う、さ……ま……」


     ――†――†――†――


 ドアの隙間から手榴弾を放り込み、爆発の直後に飛び込む。


 デタラメに撃たれたアサルトライフルが壁龕の聖母マリアを粉々にし、味方同士で相討ちする。

 ハンターは冷静に、生き残った少年兵と少女兵の命を刈り取る。


 手榴弾を角から投げ、爆発。その後、踏み込み、生き残りを撃つ。


 ドアが並んだ廊下。

 ドアが開いて出てくる子どもを撃つ。

 頭、頭、顔、頭。


「ウタナイデ!」


 地球語。少女が両手を上げている。


「オネガイ! ウタナイデ!」


 構わず撃つ。倒れた少女の首の後ろに手榴弾がテープでくっつけてあった。


 挿弾子をひとつ、開きっぱなしの薬室に押し込む。

 

     ――†――†――†――


 裏口の扉がボムで吹き飛ばされ、裏にいた少女兵を押しつぶす。


 どこかで赤ん坊の泣き声がする。


 吹き抜けの中庭。石が敷かれていて、大人がふたり、血を流して倒れている。


 空中にドローン。機銃がシノビを追い狙う。

 少年兵たちがそれを援護する。


「院長さまのために!」


 シノビは身を低く保ちながら、回廊を駆け巡り、次々と砕けていく欄干の破片を避けながら、黄色のテープを巻いた小さな手裏剣をドローンに放つ。


 すると、ドローンがヴヴヴと低い音をさせた後、すぐ下にいる少年兵に向けて、機銃を発射した。


 肉片と化した仲間に声を上げて驚くが、ドローンはプロペラでその頭を叩き斬り、三階にある部屋へと飛んでいく。

 そこでドローンを操作していた大人のもとに飛び込み、自爆した。


     ――†――†――†――


「待ってくれ! おれは地球軍の少佐だ! こいつらとは関係ない!」


 ハンターは裸の白人の、脹らんだ腹に二発撃ち込んだ


 ベッドには手錠をかけられたまま死んでいる全裸の少女がひとり。


「これも、院長さまのために、か」


     ――†――†――†――


 ドアをひとつひとつ蹴破る。


 そこにいる人間を、性別も年齢も関係なく斬り捨てた。


 最後のドアを蹴り破る。


 そこは十字架にかけられたキリストの像があるだけの質素な部屋で、そこに年老いた修道女がいた。


「ハンター」


 シノビは通信機を作動させた。


「ブローカーを見つけた。吹き抜けの三階。南側の部屋だ」


 ハンターはやってきた。


 黒と白の頭巾に痩せた体を包むローブ。皺で見えないが、老婆の目は白く濁り、おそらく何も見えない。


 ハンターはライフルを置き、そっとブローカーの肩に手をかけた。震えている。

 一瞬だがためらい、そして、抱きしめた。

 耳元にささやく。


「子どもたちのために」


 ――首を折った。


     ――†――†――†――


「世界は確実に狂気へと転がり落ちているな。うん」


 サクバンから産業道路をしばらく進んだ場所に、インスタント・ヌードルを袋から出して、お湯を注いで出す小さな食堂があった。


「僕にはこれが商売として成立するほうが狂ってるように思える」


「ソンムの塹壕を思えば、これだって贅沢品だ」


 ハンターはふうふう吹き冷ましながら、フォークでヌードルを食べている。


 この食堂には個人席はなく、ベンチと長いテーブルがあるだけだった。


「子どもを一度に十人以上殺すのは想像していたよりもこたえたな」


「同感だ。悔しいが武器商人の言う通り、僕たちにはセラピストが必要かもしれない」


「セラピストでこの感情が救えるなら、そもそも戦争は全宇宙から消滅している」


「同感だ」


「ブローカーを殺して、次のやつが出る可能性について考えている」


「次のブローカーは出る。それは間違いないよ。ただ、僕らが神父を片づけるくらいのあいだは、少年兵も少女兵も新たに仕込まれることはないと思う」


「地球の連中はこれを知らないのだろうな」


「老人たちの話を信じれば、地球でこれに似たことは何度も起こっていて、インターネットで世界がつながった時代でも子どもを兵士にすることはなくならなかったらしい」


「あれだけ子どもを殺しておいて、何を道徳めいたことをと思うかもしれないが、――何とかしないとまずい水準まで落ちている。何かが」


 ズズーッとスープをすする。


 黒いバンが走ってくるのが見えた。


「来たようだ」


 ハンターはどんぶりをカウンターに返し、銃のボルトを動かした。


 道路へと出ると、助手席の窓ガラスが下がった。

 地球軍の軍曹の襟章をつけた迷彩服の男が言った。


「お望みのもんを持ってきたぞ。これが済んだら、この軍管区から出ていけ」


「終わったら、すぐに立ち去る。頼まれても二度と来ないさ」


 フン、と軍曹は鼻を鳴らし、後ろの荷台へ怒鳴った。


 バンの後部ドアが開いて、背の高い黒いコートの男が転がり落ちた。

 縛られていて、猿ぐつわを嚙まされて、その肩には名誉中佐の階級章が縫いつけてあった。


「武器、コネ、兵士。これを失うと、こんなにもあっけなく失脚するのだな」


 バンが走り去ると、ハンターはシノビに、一、二の三で同時に殺すかたずねた。


「いや、きみだけで殺してくれていい。僕が用があるのはこいつに憑依しているものだけだ」


「憑依?」


「こいつを殺したら、できるだけ大きく後ろにステップしてほしい。何かの攻撃を避けるみたいに」


「何が憑依しているんだ?」


「子どもだ」


 ひたすら首をふる神父の顔を撃つと、その黒いコートから蒼白い子どもたちが、湧き上がった。


 言われた通り、大きくバックステップすると、シノビがそのあいだに割り込み、刃をふるった。一度の斬撃でふたりか三人の子どもの霊が消え、さらに斬り込み、約十分以上、シノビは子どもたちの霊を斬り捨て続けた。


     ――†――†――†――


「アトキンス。わたしの名前だ」


 あときんす、シノビは口にする。


エンジュだ。僕の名前」


 えんじゅ、ハンターは口にする。


「いい名だな。隠すにはもったいない」


「アトキンスは、――いい名だね」


「無理するな。普通の名前だ」


「いや、いい名前だよ。いま、このときから」


「わたしはこの道を北に行くが、そっちは?」


「僕は南だ」


「そうか」


「うん」


「では。ここでお別れだ」


「さよならだ」


 ふたりは歩き始める。


 ときどきふり返り、どこまでもまっすぐ伸びる道に見える小さな影を見つめた。


 どちらともなく先に消えてしまうと、道路には名を明かし合ったプロたちの誇りだけが残った。


 それはカミソリのように切れ味があり、氷のように冷たい――。

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