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第一話『任務』

「あんた、シノビだろ?」


 油っ気のない銀髪がさらっと流れる。軍人用のバーで、兵士が話しかけた相手は特殊なデザインの戦闘用スーツシノビショウゾクに刀を携え、一風変わったスローイング・ダガーを腿のベルトに挟んでいた。


「誰だ?」


「別に誰だっていいだろ。何してんだ、とはきかねえよ。あんたらの任務は絶対に言えない。誰も知らないし、知る必要もない。この星で首までクソに浸かった連中のなかで、あんたたちだけが、戦争の勝ち負け関係なく動いてる。こんなこと言うのはな、実はシノビに会ったことがあるんだ。ききたいか?」


「別に」


「じゃあ、勝手に話してるから」


 バーには他に人がいる。売春婦を連れて二階へ上がる軍曹にロボット・ストリッパーのまわりで電子チップをはずむ休暇中の兵士たち。


「おれはヴォンロン戦区にいたんだ。そこで原住民どもからゲリラに協力してるやつらを見つけて、ぶち殺すのが仕事だ。これが骨が折れる。なにせやつらは銃と弾を隠せば、普通の百姓にしか見えねえからな。村ごと焼き払っちまえばいい話だが、最近は従軍記者どもがうるせえ。思うように進まねえんだ。で、三週間前くらいかな。うまくジャーナリストどもをかわしたおれたちはある村を焼いちまうことにした。そこにはゲリラが一人いることは間違いなくて、しかも、そいつは中尉を狙撃しやがった。中尉は、そんなに尊敬されていたわけじゃあないが、将校殺られて黙っていたんじゃアルファ中隊の名がすたる。おれたちは何がなんでも、中尉を殺ったゲリラをぶち殺さないといけなくなった」


 兵士はウィスキーの椰子ジュース割りをすすった。


「その村はオアシスの近くにあって、半分は魚、半分は米をつくって暮らしていた、どこにでもある原住民の村だ。おれたちは村長の娘の両足を山刀で切り落として、ゲリラを突き出さないと村人の足を全部切っちまうぞと脅かしたら、やつら、縛ったガキんちょを放り出した。中尉はガキに狙撃されたんだな。その銃の腕はピカ一の表彰ものだが、まあ、これもケジメだ。おれたちはそのガキゲリラの首をやっぱり山刀で切り落として始末をつけた。ただ、なんだか様子がおかしい。カンってやつだよ。この村は何かある。それで村長に銃を突きつけて、隠してることは全部吐けと怒鳴ったら、そいつは地下トンネルがあると言い出した。正直、おれたちは後悔したよ。だって、大隊司令部はゲリラの地下トンネルを見つけたら、調べろって言うんだもんな。でも、おれたちは誰もそんなトンネルには入りたくなかった。ゲリラが待ち伏せしてるかもしれんし、たとえゲリラがいなくても、罠があるかもしれない。

『おい、クソジジイふざけんなよ』

『ゲリラ、いない。トラップ、いない』

 幸い、梱包爆薬があったから、そいつを放り込んで、入り口を吹っ飛ばしちまおうということになった。そうしたら、そのジジイ、なんて言ったと思う?

『シノビ、いる! シノビ、いる!』

 なんと、その穴のなかにシノビがいるって言うんだ。それも死にかけたシノビがな。で、ちょっと興味が湧いた。穴にもぞもぞ入ってみると、あんたと同じ格好のシノビが死にかけていた。シノビは横穴を広げて、竹の格子をつけただけの狭い牢屋に横になっていて、唇に皺がよっていた。おれたちもカレッジで楽しく暮らしてるわけじゃないから分かるが、そういう唇のやつは残りの命が三十分程度。おれが竹の格子を剥がして、水を飲ませたが、これが死に水になるのは間違いない。

『あんた、シノビだよな。なんか言い残すことはあるか』

『任務……任務が、まだ……』

 腹に弾を食らって、ぞんざいな手当されただけなのに、まだ任務とか言うのは、まったく馬鹿げたことだよな……なあ、あんた、さっきから失礼じゃないか? おれが話してるのに、あんたはうんともすんとも言わねえ。おれをなめてるとしか思えねえ。裏に来いよ。話のきき方ってもんをおれが教えてやる」


 バーの裏手は空き瓶や潰れたボール紙が転がる狭い路地だった。

 表通りへつながる路地からは三輪タクシーの軽快なエンジン音や女性が何かを交渉する地球語とBP語の混ざったものがきこえてくる。


「で、どうするよ。素手、刃物、銃。どれがいい」


「あんたに触れるつもりはない」シノビは言った。「体を乗っ取られたくないからな」


 柄にお守り札が巻かれた苦無が兵士の頭の上の空間に刺さった。

 亡霊と化し、兵士に乗り移って、別のシノビの体に憑依しようとしていたシノビは「任務、……任務がまだぁ!」とわめきながら、入れ替わるネオンサインの光のなかに消えていった。


 兵士は仰向けに倒れた。シノビが口に手を近づけるとかすかに息がある。


 バーに戻ると、店主が、


「もう終わったのか?」


「ああ」


「すごい叫び声がしたから、どちらか骨を折ったのかと思ったが」


「どこも折れていない。これはビールの分と迷惑料だ」


「わかった。おれはあんたを見てないし、あいつもあんたを見てない。とりあえず、やつには水をぶっかけるくらいのことはしておくよ」


 バーから出る。カピタン・モレロス街。宇宙船を飛ばす夜空を塞ぐ小さなネオンの看板たち。様々な軍人と様々な女、そして、様々なポン引きがひしめき合う街を歩きながら、シノビは風となって消え去った。


 だが、誰も彼がいなくなったことに気づかす、人びとは自分たちの快楽と儲けのことで頭をいっぱいにしたまま、夜の歓楽街はまわり続けることをやめなかった……。

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