#97 SIDEウェンディ:襲撃
「はた迷惑な蛇使いだ。牢にブチ込んでおけ」
「了解です」
蛇使いを連行して騎士団の本部に戻ってきたウェンディは、部下に処理を任せる。
今日の仕事はこれで終わり。
「――んウェンディさん、んこんにちは!」
「やあ。どうしたのだ」
張りきって外に出ようとしている三番小隊長。いつもポーズを決めながら自分に酔ったように喋る、変わった男だ。だが実力は本物。
ハイテンションな理由はというと、
「ん賞金首の、んマコト・んエイロネイアーの、ん首を取ってくるよっ!!」
「……」
「ん僕にっ、んこの美しい僕にっ! ん任せておきたまえよぉ! ん国民を守ることこそ、ん僕らの仕事っ!」
そう言って三番小隊長は飛び出してしまった。
ベルク家を壊滅させたとして、マコトが指名手配されていることはウェンディも知っている。
だが、
(騎士団内ではジャイロの判断だと言われているが……奴がマコトにそんなことをするか?)
信じられない。
そしてジャイロ団長の命令だとしても、ウェンディはマコトを追う気にはならないのだ。
(最近おかしなこと続きだし……何よりダンジョンの疲れが抜けない……)
正直疲れているウェンディは、団長補佐としての自室へ向かう。
ひと休み。そうだ、ひと休みしてから報告書を書こう。
マコト・エイロネイアーを追うのは……騎士の義務だとしても、他の者に任せよう。
どうせ――この王国でマコトに勝てる者など、魔術師団のマゼンタ団長くらいだが。
▽ ▽
「……ふ……あぁーあ……」
目を覚ます。伸びをする。
鎧を脱いでゆったりとブラウスを着用する彼女は、自室の椅子でうたた寝をしてしまっていた。窓から差す日光が気持ちいいからだろう。
「ふふ……」
椅子から立ち上がり、窓から外を眺める。騎士団の領地。広場は全体が訓練場になっていて、騎士たちが今日も木剣で打ち合ったり、トレーニングをしていた。
ウェンディもまだ二十代前半だが、自分よりも若い騎士が頑張っている姿を見ると嬉しく、癒される。
――コン、コン。
ノック音。
団長補佐とは騎士団のNo.2だ。加えて一番小隊長でもあるわけで、いつだって訪問は絶えない。
「いるぞ。入れ」
――ガチャ。
来客の予定は無い。どうせ団員だ。
机に戻り、ごちゃついた机上を整理しつつ、ドアには目を向けずに返答。
「……?」
ドアは開いたのに、入ってくる足音がしない。さっさと入ってくればいいのにどうしたのだろう、とようやく目を向ける。
「は?」
「ヴアーーーーーー……」
人間じゃない。
ゆっくりと入ってくる影。宙に浮かんでいる黒いローブの先に、足は見えない。
ドアを閉める手は、骨だけ。中身はスケルトンだろうか。だとしても浮かんでいるのはどういうことだ。
骨の両手が持ち出したのは、
「ッ!!」
巨大な鎌だ。
古い資料で見たことがあった――
(……『死神』か!? 十年以上は目撃されていない魔物だ!)
ウェンディが剣を抜くと、死神も鎌を振り上げる。
振り下ろされた刃をギリギリで受け止める。とんでもないパワーだ。
何度も何度も鎌を叩きつけられるので、
「くっ」
サイドステップで避けると、机が真っ二つに割られた。そのまま床まで抉っている。
これは危険だ。
いったい、どうして魔物が当然のように壁内に……騎士団の領地の中に……ウェンディの部屋にまで侵入している?
ピンポイントすぎる。
(明らかに……私を殺しに来ている……!)
そう思うと、
「!? おぉっ!?」
反射神経だけで屈み、視界外からの攻撃を間一髪で避ける。
相対している死神は動いていない。
すぐに後方へ目を向けると、
「ヴウーーー……」
「なっ!? もう一体だと!?」
どこからか瞬間移動でもしてきたのか? ウェンディが全く気づかない内に増えている。
二体の死神に挟まれてしまったのだ。
すると一体がフードを外し、まんまスケルトンの顔を露出させる。
「ヴアーーーーーー」
「あ……!?」
その頭蓋骨の空洞の目を見てしまったウェンディ。その奥に光る『闇』をモロに受けてしまった。
全身に流れ込む謎の力で、ウェンディは膝をつかされる。
「……だ……!」
最後の力を振り絞る。
一人では勝てない、仲間を呼ぶのだ。
「誰か…………っ」
叫ぼうとしたその口は、目の前の死神の手で塞がれてしまった。
死神はもう片方の手の人差し指を自身の口に当て、
「シーーー……」
静かに、とジェスチャーをした。
ウェンディは振り返る。気づく。防御したい。だが体が動かない。
――後ろにいたもう一体の死神が巨大な鎌を振りかぶり、
「んんんんんんんんッ――――!!!」
刃が、ウェンディの背中から腹にかけて貫通した。口を塞がれ、叫びの音量は半減。
しかし近くを通っていた騎士たちが気づき、ドタバタと集まってくる。
ドアノブが外からガチャガチャと回されるが、ドアが開かないようだった。
「ごぷっ……ごぶっ……」
腹はもちろん口からも、塞いでくる手から溢れるほどの吐血。危険な量だ。
苦しみに悶えたくても、謎の力で動けない。全身をガクガクと震わせることだけが、彼女にできる精一杯の痛みのサインだった。
そんなウェンディは二体の死神と共に、闇に取り込まれていく――
ダンッ! ダンッ!
騎士たちが外からドアにタックルするが、びくともしない。
死神とウェンディが完全に消失し、
「ウェンディさんっ!!」
「どうしました!?」
ようやくドアが開く。
だが彼女の姿は、影も形も、無い。
「どこへ……?」
サンライト王国騎士団、団長補佐ウェンディは……行方不明となった。




