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#96 SIDEジキル:ダンジョン再突入



「ね〜ね〜ルーク、なんでそんなニヤけてんの〜? マコトと話してから!」


「え? そんなことないよプラム。僕はポンプさんみたいに、マコトさんの『ふぁん』ではないんだから。相棒なんだから」


「相棒だと〜……『ふぁん』にはなれないの?」


「うーん、よくわからないよ。とにかく僕は別に、生き生きしてるマコトさんを見て嬉しくなっちゃってるわけじゃないからね」


「へ〜そうなんだ〜」


 どう見ても嬉しくなっちゃってる『相棒兼ファンボーイ』のルーク、そして彼の嘘を全く信じていないプラムが談笑しながら歩いている。

 ダンジョン跡地に向かっているわけだが、


(危険だから行動を共にした方がいいのはわかってるけど……あたし、場違いすぎる……)


 仲良しな二人の後ろを数歩遅れて歩いているジキルは、気後れもしていた。


 超高額賞金首にされてしまって、マコトとは違い強者ではない。

 そんなジキルにとってはラッキーで、流れでルークとプラムと行動している。


 彼らのことは嫌いではない。

 ただ、居づらいのだ。兄妹のような二人の間に入ることはできない。


「はぁ……」


 楽しそうに話す二人から目を逸らしつつトボトボと歩いていると、



「――ルーク様! こちらです!」



 駆け寄ってきてルークに話しかけたのは、どうやら魔術師団の団員らしい。

 その奥には、


「ダンジョンの入り口……!?」


「え、ええ、ルーク様の言う通り、警戒していて正解でした。ダンジョンはまだ消滅していないようです」


 地面からせり出した洞穴がある。『ボス』を倒せば消滅するという話だったが間違いだったのか……それとも、



「あの蜘蛛型の魔物は、やはり本当の『ボス』ではなかったのかもしれませんね」


「ッ!?」



 巨大な蜘蛛"ジョーイ"が、ルークの言うように本当の『ボス』でないならば。

 いったい、何を倒せば良いのだろう。


「この中に答えがありそうな気がしてなりません。入ってみますね」


「……ル、ルーク様! 外には異常ありませんが、内部からは何らかの気配を感じます! 充分にお気をつけて!」


「気配ですか……了解です」


 不穏なことを言う団員だが、既に覚悟を決めているルークはズカズカ入っていく。プラムも当然のようについていく。


「……ジキルさんはどうしますか?」


 ルークは気遣いを忘れない。


「っ! あ、あたしも……行く……!」


 やっぱり外で待つよりもルークと一緒の方が安全な気がした。



▽  ▽



 ダンジョン再突入――とはいえ、ほとんどが崩壊していて見る影もない。

 瓦礫を乗り越えて進むと、すぐに。


「広〜い……ここあんまり散らかってないね」


 プラムが呟くように、瓦礫の溜まっていない広場のような場所に出た。

 ルークは次の道を探索している。


 と、


「……ッ、わっ!?」


 背後から気配を感じたジキルは振り返り、ギョッとする。


「……」


「ちょ、ちょっと何!? 誰!?」


 至近距離に、素っ裸の人間が無言で棒立ちしている。といっても生殖器などは見られない……人間ではないのだろうか?


「……」


「……」


「……」


「何こいつら〜?」

「先程言われた気配というのは、この方々のものでしょうか」


 一人ではない。

 何十人もいて、プラムやルークも既に取り囲まれていた。


 その全員が無表情で、無言でジッとこちらを見てくるだけ。非常に不気味である。

 そして不思議だ。男性なのか女性なのかもわからない顔立ち――


「はっ!?」


 突然ルークが焦った様子に。

 彼の視線の先……壁から生えた『闇の結晶』の付近から、謎の人が生成されて……


「離れてジキルさん、プラム! ()()です!」


 叫んだ直後、



「「「ヴァアアアアアア」」」



 奴らの目が真っ赤に充血し、鋭い歯を露出させ、ものすごい勢いで走り出す。


「は、離れてって言われてもとっくに囲まれてるんだけど!!?」


 最初に現れた個体に追いつかれそうになり、ジキルは刀を抜く。

 そうだ、魔物ならば『もう人は殺すな』という忠告は無関係。


「てやっ!」


「ヴ」


 一発斬りつけると血が噴き出し敵も怯んだが、すぐまた向かってくる。

 だけではなく、


 ――バキバキ、バキッ……!


「な、何それ……!?」


 敵の右腕が裂けるように割れて、その中には剣の刃のようなものが。


「ヴァアアッ」


 ――ガキンッ、キンッ!


 今度は相手が剣で責めてきて、ジキルとしては防戦一方。他の個体もどんどん集まってくるが、


「それっ、おりゃっ……あ、ジキル! 〈愛の鼓動(ハート♥ビート)〉ッ!!」


 別の場所で戦っていたプラムが合間にハートビームの援護射撃を飛ばしてくれて、剣を出した個体が消し飛んだ。


(来なきゃよかった……!!)


 激しい後悔に襲われながらも、プラムやルークのいる方へ逃げ出そうとするジキルは、


「あっ!?」


「ヴァアアアアア」


 下から足を掴まれ、直後に腕も掴まれてすっかり動けなくなる。

 一気に数体に囲まれて、


「ちょ……待って、イヤ!!!」


 ――ガブ! ガブ! ガブッ、ガブ!!


「ああああああぁぁあッ!!!!」


 全身に激痛が走る。

 肩、腕、足……鋭い歯が容赦なく噛みついてきて、あり得ない量の血しぶきが舞う。


「ジキルさ……うわっ、くっ!!」


 気づいたルークが助けに入ろうとしたが、別の個体に首を噛まれそうになり腕でガードしている。

 片腕から鮮血が滴るが、


「この……!」


 もう片方の手で、ルークはいくつもの氷塊を生成してジキルの方に飛ばす。

 しかし、横から飛んできた炎に全て掻き消されてしまった。


「何なんですか……『火の魔法』……?」


 謎の人の一体が、手から火球を飛ばしたようだった。

 火を吹ける魔物ぐらいはいるかもしれないが、これはまるで火属性魔法を扱う魔術師のようなビジュアルだ。


「ヴアアア」

「ヴァアアア」


「いああッあう、ああぁあっ……っ!」


 ルークからの支援も尽く遮られ、地面に転がされたジキルはもはや『ご馳走』状態。

 バタバタと抵抗してはいるが、全身を好き放題に噛まれている。こいつらはゾンビだろうか。



「邪魔だァァァァ!!!」



 貪ってくるゾンビモドキの間から、不思議な光景が見えた。

 多数の敵に噛みつかれてボロボロになりながら、ルークが鬼のような形相でこちらへ走ってくるのだ。


 そんなわけはないが、


(大切な人を守りたい、って感じね……)


 もうこの状況で人生を諦めかけているジキルには、少し嬉しい出来事だった。


「ジキル〜!! おりゃ〜!!」


 周りのゾンビモドキがプラムによって少しずつ蹴散らされるのを感じる。

 走ってきていたルークはというと……



「え……!? マコトさ――」



 なぜか明後日の方向を見て驚愕している。

 次の瞬間、



「ごうッ!?」



 他でもないマコト・エイロネイアーが飛び出してきて――ルークの顔面をぶん殴った。

 嘘かと思うくらい吹っ飛んだルークは壁に激突し、めり込む。


「がはっ、ゲホッ…………あ」


 吐血しながらも起き上がろうとするが、目の前にマコト・エイロネイアーが立っている。



「ちょ――ぐああぁうぅあああッ!!!」



 一言を発する暇も与えてもらえず、ルークはボコボコに殴られまくっている。他の誰でもなくマコト・エイロネイアーによって。

 ダンジョンが揺れるほど重いパンチで、今にも殺されてしまいそうな途轍もない勢いだ。


(マコト……なぜ、相棒を……?)


 動けないほどの重傷を負いつつもプラムによって救出されたジキルは、目の前の光景が信じられない。


「ルークっ!!?」


 それはプラムも同じようだ。

 ゾンビモドキたちも変わらず迫ってきている。不可思議に不可思議を重ねたような状況の中で、



 シュンッ――!!!



 超高速の何かが、プラムやジキルとすれ違う。ゾンビモドキたちをすり抜け、


「あれ、ルーク……?」


 『光』がマコトとルークの方に向かったと思いきや、血だるまにされていたルークの姿が一瞬にして消えた。

 マコトも周囲を見回している。


 すぐにプラムとジキルも何かに抱きかかえられるような感覚に襲われ、自分の姿をも見失った。



▽  ▽



 数秒の間、三人は『光』に捕まったまま待っていた。

 洞窟の景色は変わり映えしないものの、自分たちがものすごいスピードで動いているだろうことは簡単にわかった。


 そして解放され、



「――あのゾンビみたいな奴らは……『魔人(マジン)』っていう名前らしい」


「え?」


「魔物の『魔』に人間の『人』と書くが、要するに人の形をした魔物ってわけだ」



 地面に倒れる三人の前に姿を現したのは、もちろん超高速の『光』の正体。


「騎士団……?」


 サンライト王国騎士団を示す白銀の鎧に身を包んでいる彼は、



「ギリギリ間に合って良かった。ルーク坊っちゃんに、嬢ちゃんたち」


「――レオンさん!?」



 なぜか全盛期のようなスピードを突然取り戻した、恰幅のいい騎士。

 ダンジョンに置いてけぼりのレオンだった。

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