#92 SIDEレオン:思わぬ再会
「ああ……死んだ……」
真っ暗闇の中で虚しく響く、一人の中年男性の声。
疲弊している上にフルプレートの鎧越しのため、その声の響きすら弱々しい。
「クソったれ……俺は一人、ダンジョンに取り残され……死んだんだ……最悪だ畜生……」
声の主はサンライト王国騎士団、指導役。
レオンだった。
戦車でマコトたちと共に脱出できるはずだったが……ちょっと外を覗いた際に、落ちてきた瓦礫にぶつかって転落した。
アーノルドが「あっ!」と言っていたので気づいていたものかと思ったが……
「あいつ……マコトを止めてくれなかった……」
アーノルドの性格上、仕方無いとも言えるが……あまりにも理不尽ではないか。
喧嘩しつつ、良き相棒だと感じたこともあったのだが。
そんなに信頼が無かったか……
「体が動かん……これが死の世界……?」
ダンジョン攻略したぞっ! という皆が達成感と喜びに満ち溢れる中。
脱出間近で不幸にもただ一人脱落し、仲間にも見捨てられ、崩壊したであろう洞窟に取り残されたレオン。
暗闇の中で仰向けのまま、身動きが取れない。これは恐らく死んだのだ。
そうとしか思えず絶望に飲み込まれ……
――ガラガラッ。
突然、物音がすると顔に多少の光が差してくるのを感じた。
(なんだ……瓦礫に軽く埋まってただけか……)
納得した。
ということは、ここはまだダンジョンの中ということだろう。
そしてこの状況、ラッキーである。
「お、おお、そうか! 救助かこれは! マコトか!? ジャイ坊か!? この際誰でもいい、ここから出して――」
叶う限りの命乞いをすると、どかされた瓦礫の隙間から顔を出してきたのは、
「…………」
「……本当に誰だ?」
レオンの知らない人。
形容しがたいが――とにかく特徴の無い顔。無味無臭というか、全ての人間のベースとなれそうな顔というか……
「…………」
「……?」
何よりも――『虚無』を感じて止まない。
無言で、無表情。
とにかく虚ろな目でレオンを見つめる。ただそれだけで突っ立っているようだ。
「…………」
――ガラッ、ガラッ。
「やっぱり助けてくれるのか……?」
彼……もしくは彼女?
性別がわからないが、無言で棒立ちながらも瓦礫をどかしてはくれているようだ。
「……ッ!?」
数秒、いや数分? そんな時間が続いた。レオンにとっては、ひたすら待つ時間だ。
――事態は急変する。
「ヴァアアアアアアアアアアア!!!」
その人物は――目を真っ赤に充血させ、口腔内の尖った歯を剥き出しにして、人間とは思えない恐ろしい雄叫びを上げた。
(ふざけやがって何だコイツ……いや、間違いない。人間じゃないぞ!)
レオンにはわかる。明らかにヤバい。
(まるでゾンビにされた嬢ちゃんの声みたいだったが……他にもゾンビがいたのか!?)
作り話の通りに考えれば、プラムが誰か他の人間に噛みついていたのならあり得る。
だが真実がどうであれレオンは動けない。
――謎の人はバケモノのような表情のまま、瓦礫をどかすペースを早める。
食い殺してきそうな勢いだ。
「く……っ!」
だいぶ瓦礫がどかされ、奴の手が伸びてくる。捕まれば殺される気しかしない。
万事休すか……
――ザシュッ!!!
「ヴァ」
その時。
横から飛び込んできた何者かの剣で、バケモノは斬り殺された。
「う、うおお……? 助かったのか!? おい! 誰だ!? どうなってる!?」
まだ動けないレオンは視界が狭く、何が起こっているのかよくわからない。
見えるのは、倒れたバケモノの体の上に、雪のような白い物が積もっているだけ――
「コー……シュコー……我が友よ……コー……今日もさむいな……」
「お前は……!」
聞き覚えのある息遣いとともに、伸びてくるのは青い鎧の手。
レオンが恐る恐る掴むと、引っ張り出してくれた。
「また会うとは……我が名『冬の騎士』……さむい……さむい……」
「何だか知らんが、ありがとうよ」
相変わらず雪雲を頭上に従えて、寒さに凍えながら剣を納める『冬の騎士』だ。
崩壊したダンジョンの中でも、余裕で生きているとは。
そして彼の背後、これまた見覚えのある人物がいた。
「ふぉ〜〜っふぉっふぉっ! 危ないとこじゃったのぉ〜!!」
「あの時の……!?」
あの時。ハイドやブラックビアードといった悪党たちとの戦闘にいきなり乱入し、パンチ一発で滅茶苦茶にした爺さん。
筋骨隆々な体で豪快に笑うが、
「お前さんを知っとるぞ? サンライト王国騎士団――『閃光のレオン』じゃな」
「ッ!?」
馬鹿でかい瓢箪を傾けて酒をグビグビ飲みながら、爺さんは驚愕の一言。
しかしレオンは、
「悪いが……その名は捨てたんだ」
「ん〜? 弱気じゃのぉ」
あまり呼ばれたくない名で久々に呼ばれ、少し不機嫌になってしまった。




