#85 品位と格
無言で受付嬢にギルドカードを返す。
「ごめんなさい……」
受け取った彼女が小声で言ったのを、俺は敢えてスルー。
背を向け、入ってきた両開きの扉へ向かう。
「……っあ!? マコトさん、その依頼の束は!? ギルドマスターの似顔絵も!」
「……」
必死で叫ぶ受付嬢だけでなく、いくつものゲスい視線を背中に感じながら俺は通りに出た。
「もう――お前は冒険者じゃねぇ。ギルドも口を出せねぇってこった」
「へへへ……賞金いただき!」
俺が出た直後に大男が追いかけるように出てきて、他のガラ悪いヤツらもワラワラ出てきやがった。
と、
「お〜〜いマコトぉ!! 新聞見たけどさぁ! ホント私が寝てる間に何やってんの!?」
通りの向こうからプラムまで来やがった。
まぁ、全てにおいて心配ご無用。
「おはようプラム。寝る子は育つって言うからな、チビのお前が成長するように寝かしといてやったんだ」
「チビじゃないもん!!」
「ついでに肥料と水もやっといたから」
「植物!!?」
余裕の漫才をかましてやった。
すると思った通り、冒険者の先頭にいた大男は目に見えて怒ってる。
「調子に乗りやがってぇ……お前は!! Dランクなんだってなぁ! マコト・エイロネイアー!!」
「……」
「俺は『B』だ! あのブラッドと同格!! 今この王国内での最高ランク! Bランク冒険者なんだよぉ!!」
「お前が……? ブラッドと……?」
ま〜たランクなんてどうでもいい話しやがって……と思ってたが、聞き逃せない名前が出てきたな。
自然と拳に力が入った。
「だがそれよりもお前は今、超高額の賞金首だ!! その首よこしやがれぇぇえ!!」
Bランクの大男は鞭を取り出し、何の躊躇も無く俺に向かって振り回してくる。
「……」
飛んでくる二発を、すい、すい、と滑らかにその場で避ける。
避けた鞭の先は、俺の後ろで石畳を抉ってるようだ。
Bランク野郎も周りの冒険者も一様に驚いてる。
「こっ、こいつ……死ねぇ!!」
怒り狂った鞭が、芯を突くように鋭い一発を飛ばしてくる。
俺は一歩も動かず、
「なっ!?」
片手で鞭の先端をキャッチ。
そのまま引っ張る。Bランクの巨漢がガクンと俺に引き寄せられ、
「べぉッ!!?」
ものすごい勢いで飛んできたところにアッパーカットをブチ込んだ。
「ブラッドに謝れ、ザコが」
顎の骨は砕けたろうな。それだけでなく、Bランクはロケットみてぇに吹っ飛んでいった。
よく飛ぶなぁ、どこまで行くんだ?
「あ……あ……」
「い、いや、マグレだろ……」
星になったBランクを唖然とした様子で見上げてから、次に俺を見る冒険者どもの目は、恐怖に染まってた。
俺は、
「ブラッドも嘆いてたことがあったが――冒険者って職業の『品位』と『格』のレベル低下は、ひでぇモンだな」
「「「っ!!」」」
怒りが収まらねぇんで、存分に煽ってやることにした。
だが事実だろ。口ばっかり達者なクセして、本物の相手と戦えばこんな感じ。最悪だ。
「しかもお前ら、俺が前にリスキーマウスの毒にやられてた時に絡んできたヤツらだろ?」
「……え!? そうだが……」
「リスキーマウス!!? あの時……そうだったのか!?」
「その毒にやられて何で生きてんだよ!?」
あの時はブラッドに助けてもらったよな。別にこいつらの顔を覚えてたワケじゃねぇが、だいたいわかった。
「まだやる気か? お前ら……今だったら、まだ許してやってもいいぜ?」
煽りが入ってても本心から言ってるんだが、向こうは全員怒り心頭らしく
「野郎ォォ!」
「Dランクのジジイがぁぁ!!」
「死ねぇ!!」
お前らが胸張って言えることは、ランクだけってワケだな。
オーケー、オーケー。
「何であの時も今も……お前らと戦うのに乗り気じゃねぇのか――理由を教えてやるよ」
「ッ!!?」
突っ込んでくる冒険者たち。
――その真ん中に一瞬で潜り込んだ俺は両腕を大きく広げ、回転。
「ダブルラリアット!!!」
「「「うぎゃあああああ〜〜〜〜〜ッ!!!」」」
回転する腕が、ザコ冒険者どもの首を的確に打ち、骨を折りそうな勢いで倒してく。
回転を続けてると、もはや首とか関係なく乱雑にぶっ飛ばしていった――
「……マ、マコトさん……!?」
恐る恐る扉を開けて見てくる受付嬢の目には、敗北した冒険者どもが山のように積み上がってるのが見えてんだろう。
「お前らみてぇなクズを掃除するのが、快感になっちまいそうだからだよ」
理由だけ言っておいた俺に、プラムも駆け寄ってくる。
「わ! すごいね! やっぱりベルク家やっちゃったから、勢いでこれもやっちゃったんでしょ? この勢いでどんどんやっちゃう?」
「やっちゃわねぇよ!? 長い付き合いなのに俺のこと何だと思ってんだお前!?」
本人よりもマスコミの方を信じてんじゃねぇよオイ。『真実の愛』はどこ行った。
それより今は……
「乱闘騒ぎで悪ぃな、受付嬢さんよ――責任なんか感じなくていい。俺はいつも嫌われモンさ」
「……」
「報酬いらねぇし、せっかくだからこの依頼は全部こなしてきてやる」
「……えっ」
「ついでにその『ギルドマスター』とやらも見つけてきてやるよ――そしたら追放も取り消しだろ?」
「えぇっ!? ちょっ、待って……!」
驚いて、俺を止めようとする受付嬢。
だが手を振って背を向け、俺とプラムは歩き出す。何も計画とか無いけどな。
「……あぁ、そうだプラム」
「ん〜?」
「新聞では……ジキルも指名手配されてたか」
「あ、うん、そうだね」
「まだ〈愛の鞭〉で縛ってんだよな。それって遠隔で操作できるか?」
「え? う、うん」
プラムは「まぁできるけど……?」と不思議そうな顔で俺を見る。
未だ俺のマイホームで拘束されているジキルのことがパッと脳裏に浮かんだ。
プラムの気持ちもわかる。今から俺が頼むことは、自分でも不思議だから。
「嫌な予感がする――ジキルを解放してやれ」




