#82 まだ俺やってねぇよ?
三章ラストです。
「う〜〜〜〜ん……」
夜明け前って感じの街を一人、腕組みして唸りながら歩いてく俺。
思い出すのは、
『やりたくもないことを無理強いされている人が、あなたが助けた子だけとは考えにくいし』
ついさっきアドバイスを求めて、しっかり応えてくれたマゼンタの言葉だった。
『無難なのは、あなたが真に憎む人だけを始末することね』
ベルク家は……アルドワインとアールの親子を筆頭に、全員が憎むべき対象と思ってた。
冗談抜きで、一人残らず虐殺しかあり得ねぇと思ってたんだ。
「う〜〜〜ん……!」
だが、
『『救世主』って言うんなら助けてよぉ! わたしたすけてよおおおお』
ジキルの涙。考えもしてなかったヤツらの『感情』にうっかり触れちまった。
確かに、アルドワインのあの悪辣さに心の底から従ってるのが、あんなに多いワケがねぇよな?
こんなことを考えなきゃ、サクッと虐殺して終わりだったんだが……
『『種族』同士の問題なんか薄っぺらいってこと。だったら見るべきは『個人』じゃねぇか?』
これは半年前の俺自身の言葉で……今の俺に突き刺さる。ブーメランってヤツだ。
「あ〜はいはい。わかったよ。偉そうなこと言いやがって……」
半年前の自分に文句を垂れる。
今回のは種族差別の問題ではないが、同じようなモンだと気づいた。
「クソ……」
小さく呟いて、腹を決める。決められた……と思う。たぶん。メイビー。
一度行ったからわかる。次の角だ。
次の角を曲がれば、ベルク家の領地。
こうやって曲がって――――
「…………?」
曲がり角の先の景色に、俺は絶句していた。
▽▼▼▽
「……え? いや……えっ?」
早朝だからな。俺の目がおかしいのかもしれん。というかアレか、場所間違えた?
土地勘無いもんなぁ俺。方向音痴だし? 自信がねぇよ。信じられない、こんなこと……
「何も……なくなって……」
焼け野原――というべきか。
領地全体が真っ黒な灰と化してる。
豪華な建物も、嘘臭い玉座も、レッドカーペットも、全てが見る影もない。
何よりも、
「ぅ……ぅぅ……」
「あ」
「ぅ、きゅう……せ……救世主……ま……こと……」
人の命が。
真っ黒な灰の中から、変死体っていうか、グニャグニャに曲がった四肢とかが、あちこち飛び出してる。
黒焦げでボロボロなメイド服の女が、這いずってくる。
明確に俺のことを示しながら……
「ぅぅ……っ!!」
「……」
俺の足に、弱々しくナイフが刺さった。
刃は折れてるし、女は完全に衰弱してるし、あんまり痛くはない。
問題は、
「よ……くも……よくも……っ! 同僚、たちを……アール様を……アルドワイン様、を……!」
「え?」
「とぼける、な……おま、え……が、やった……ぜんぶ、ぜんぶっ……おまえのせいだっ……!!」
ゴッ。ゴッ。
ぶらんぶらんの腕で、何度も、折れたナイフが俺に突き立てられる。
言ってる意味がわからん。
俺? 俺のせいだって?
だって俺、今来たばかりじゃないか。
「お、おい……」
「……」
「どういうことだよ……おい?」
朝日が昇りつつある中、メイドの女は絶命したようだった。
何で……どうして全滅してしまってるんだ。
「俺は、確かに……ついさっきまではこうするつもりだったさ……でも……そうじゃない道を選んだのに……」
え? 夢じゃないよな?
いや、逆に寝てる間に夢遊病みたいな感じでやってしまったとか?
いや、そんなワケ……
「キィーーー!! キィーーー!!」
「あれは……『伝達鳥』……?」
鷲みたいな猛禽類っぽい鳥が、バッグの中にいっぱいの新聞のような紙を入れて飛び回っている。
本来なら新聞ってのは、決まった人にしか届けられないって話だったが……
――バサッ。
よっぽどの大ニュースなのか、バッグに詰めすぎて溢れ出てる。街中に落ちてるぞ。
俺のとこにも一つ落ちてきて、
「……!?」
拾い上げ、読んでみる。
『深夜に起きた大事件――
"殺人貴族"ベルク家、壊滅!!
生存者ゼロと見られる!!
容疑者3名が 指名手配!!
"殺し屋"ジキル !
"殺し屋"ハイド !
そして
"救世主"マコト・エイロネイアー !!
それぞれ金貨1000枚という超高額の賞金が
その首に懸けられる――!!!』
ちょっと待って。
「……は?」
なに、これ……
街に人影がチラホラ見えてきた。興味深そうに新聞を拾い、驚愕したように読んでいる住人たち。
灰と化したベルク家の領地を、その目の前に立っている俺を。みんなが、凍てついた視線で見てくる。
「えぇ……?」
これは大変なことになってきたぞ……




