#81 バー、再び
俺がプラムを連れてきたのは、
「邪魔するぜぇ」
「邪魔すんだったら帰って〜」
「はいよ〜……誰が帰るか!!」
「あははは!」
「……」
「……いらっしゃいませ」
例のバーだった。
いつものカウンターから出迎えてくれたのは、素敵なヒゲのマスターと、
「ようマゼンタ……ここ気に入ったのか」
「ええ、こんばんは♡」
先客だった。
といっても俺は、
「いるんじゃねぇかとは思ってた」
「あら、どうして?」
「お前のことだから、俺たちがどれぐらいでダンジョンから出てくるか予想してたんだろ?」
「よくわかったわね……私もさっき来たばかりよ、予想は的中したみたい♡」
まさか何時間も待ってたワケじゃねぇだろうし、どういう計算して今来るって当てたんだよ……
相変わらず底知れねぇヤツだ。
「マスター……イイ感じに酔いたい気分だ。前のよりちょっと強いヤツくれよ」
「はい。お連れ様は?」
「私も強いやつちょ〜だい!!」
「ダメだろバカ!! ミルクだミルク! お前なんかミルクだクソガキ! 哺乳瓶で」
「赤ちゃん!!?」
「……ミルクでよろしいですか」
「じゃあおねがいします」
入店時もそうだったが、またプラムと漫才をやってしまった。
最終的にぺこりと頭を下げて注文確定したプラムだが、マスターも困惑してるだろう……
「悪ぃな、騒がしくしちまって……プラムはこういう所には来たことねぇだろうから、連れて来たくてよ」
「いえ。お気になさらず」
微笑んだマスターはカクテルシェイカー? を取り出して、俺のために何か作ってくれるようだった。
ミルクをゴクゴク飲むプラム。こいつにはカウンターが少し高いが、まぁそこまで気にすることでもねぇな。
「……プラムも、元に戻ったようで安心したわ。ダンジョンでの騎士団の人たちやルークの活躍は、だいたい聞いたけれど」
「うん、私ゾンビになっちゃってたみたいなんだけど、マコトが助けてくれたんだ! ルークも、ジャイロたちも頑張ってたよ!」
「うふふ♡ ずいぶん嬉しそうに話すのね。楽しかったの?」
「ぼちぼち!」
同じ魔術師団なのにあまり見ねぇ、マゼンタ団長とプラムの会話。隣で静かに聞いてたが……何だよ『ぼちぼち』て。
本当、プラムって面白ぇヤツ。
あとこうやってのんびり話す二人見てると、親子にも見えてくるな。
「どうぞ」
シェイクされて作られたカクテルが出てくる。軽く材料とか品名とか説明されたが、よくわからん。ちょっと飲んでみる。
んん……美味い。気がする。
「マコトさんもプラムも、お疲れ様♡」
「ありがとよ。まだ俺やることあるけど……」
「忙しい人ね……」
「そうだプラム。あの……アレだ。『愛の魔法』について聞いてみなくていいのか?」
「あ! そうだった!」
「え?」
当たり前だが、何だかよくわかってねぇマゼンタに説明する。
ゾンビから人間に戻したところ、プラムが幻の属性を手に入れちまったことを。
「確かに聞いたことがあるわ『愛の魔法』。でも古い書物にしか記されていなくて、今この世界に使える人は……他にいないかもしれないけれど」
「昔にはいたんだな?」
「そうでないと記録が残らないもの……すごいわ、プラム。あなたは特別な力を手に入れた」
「えっへへ〜」
「殺し屋のジキルが呟いてたのは『真実の愛によって発現する……』とか」
「あなたとプラム、双方向の純粋な愛情……それに加えて、ダンジョンという特殊な環境……他にもあるかもしれないけれど、様々な要因が偶然に一致して作り出された属性でしょうね」
もしかすると――ジキルが感動の(?)涙を流したことも、魔法の発現に無関係じゃねぇかもしれねぇな。
あ……ジキルで思い出した。
プラムと一緒に来たかったのも本心だが……マゼンタがいるんじゃねぇかと期待してバーに来たのも、もちろん理由があるからな。
「なぁ……マゼンタ。ちょっと悩みができちまったんだが、相談に乗ってくれるか?」
「私に答えられることなら、どうぞ」
「その、ジキルっていうべルク家のメイド長を助けちまったんだ。ミーナを狙ってルークが撃退したヤツと同一人物なんだが」
少し驚いた顔をしてる。そりゃそうだよな。だって、
「あなたを狙ってきたのに助けたの?」
当然湧いてくる疑問だ。
「そう。プラムの『愛の魔法』で、本当は人殺しなんかしたくないって本音を聞いちまったら、殺せなくてよ……今も家にいる」
「なるほど」
虐殺についての相談なんて、正気の沙汰じゃねぇ。俺だってそう思う。
だがマゼンタなら大丈夫。ただの綺麗な大人の女に見えるが、こいつもだいぶブッ飛んだ思考をしてるからな。
で、ここからが本題だ。
「俺、ベルク家の領地ごと関係者も皆殺しにするつもりだったんだが……既に一人助けちまってるのに、他のメイドとかは殺すって何かおかしくねぇか? そうなってくると、誰も殺せなくなっちまいそうで……」
「そうね。やりたくもないことを無理強いされている人が、あなたが助けた子だけとは考えにくいし」
「どうしたモンかね……」
そう。ジキルを助けたはいいが、ジキルだけが特別か? って聞かれると頷けねぇんだ。
もしかしたら皆、アルドワインにやらされてるだけかも。そしたらジキルだけ助けて、そいつら殺すのは不公平というか理不尽というか……という問題ができてしまったんだ。
気づいちまったから、襲撃前にマゼンタに相談しておきたかった。
彼女はグラスの中身をスゥッと飲み干すと、
「……やはり無難なのは、あなたが真に憎む人だけを始末することね。アルドワイン・ベルクさんを殺すのは決めているのでしょう?」
「もちろんだ。俺以外のヤツらに手を出しすぎたからな……ただ結局、部下を残すと仇討ちされそうでなぁ」
「そこはもう、みんなで覚悟するしかないわね……まぁ、マコトさんの好きにすればいいと思うけれど」
「……止めねぇのか?」
「止めないわよ? 貴族家だし私は手を出すことはできない……でも実際にミーナちゃんやルークが迷惑被っているしね。ベルク家は消えてもらって全然構わないわ♡」
「怖ぇなお前……」
なんか、半分ぐらい俺を利用してるって感じになってねぇか?
不都合な存在を消すっていう、掃除屋みたいな扱いというか……悪い気はしねぇが。
「――私も、そろそろ動かなくてはならないし……ルークとは話した?」
「ああ、まぁ話したけどな。『大事な話』って意味なら、これからだ」
「彼は裏でずっと動き続けてる。きっと、色々なことを明らかにできるわよ――ごちそうさま。このお店、気に入ってきちゃったわ♡」
「相談乗ってくれてありがとよマゼンタ。じゃあな」
「バイバ〜イ!」
あ、また金置いていきやがった!
マゼンタも、のんびりしてるだけじゃなくて、何だか色々考えてそうだな。
元気に手を振ってたプラムだが、その後も話していると、だんだん眠そうになってきた。
「すぴ〜〜〜……」
「って、寝てる!?」
ミルクを飲み干してから、カウンターに突っ伏して寝ちまってる。
と、
「眠くもなるでしょう」
「ん?」
マスターに言われて外を見てみると、ちょっと明るくなりかけてる。
夜明け? もうそんなに時間経ったかよ。
「話しすぎちまったか……」
「いいえ。朝まで営業しておりますから」
「あ、そうか。金は……もう払ってんだったな。悪ぃなマスター、とりあえずプラム連れてくわ……」
「まだ暗いですので、お気をつけて」
穏やかで渋い声に見送られて、俺はプラムを抱えて家まで送り届けた。
ジキルも何だかんだで、安心したように床で眠ってた。
――もう一度行かねぇとな。
日が昇る前に、ベルク家の領地へ……




