#76 ポリゴンマコト vs 盗賊キャプテン・ブラック・ビアード
「へへ……っ。どーだ……見たかよ、オオカミ野郎……」
燃え上がるような『火の結晶』に囲まれながら、ジャイロがニヤつく。
そして視線がどこに移るかというと、
「ク、クソ……あのガキ勝ちやがった……! 風魔法で上書き……できねぇ!? どうなってやがる!!」
焦りまくるブラックビアードだった。残念だが俺も解放された、こいつに勝ち目は無い。
「分が悪いな……! かくなる上は……トンズラだぁ〜〜〜!!!」
「ま、待て!」
ヒゲ野郎が走り出す。あの野郎、別の部屋に移動して例の風アーマーを使おうとしてんだな!?
追いかける俺の後ろで、
「団長!」
「お気を確かに! ……衛生兵〜!!」
「おい! 誰かあの獣人の息の根を止めろ!」
「やっちまえ!」
「悪ぃーなマコト……オレちょっと、しばらく動けねーわ……」
ハイドを仕留めにかかる部下たちに心配されながら、ジャイロが謝ってきた。俺はサムズアップを返し、
「お手柄だぜジャイロ! ハイドを仕留めたのなんてお前だけだ! ゆっくり休んでな、ブラックビアードは俺に任せろっ!」
「私はみんなを回復するね! マコト、がんばれ!!」
ジャイロや騎士たちの体力回復のためにプラムが残ってくれるってんで、俺は……俺にできることをやるだけだ。
▽▼▼▽
「ん? ……おお」
走っている道中、俺は『ある物』を見つけた上で、
「……クソ……!」
行き止まりに追い込まれたブラックビアードと対峙する。
この部屋は道は他に無いが、割と広くて――
「〈強制支配魔法――鉄壁の風鎧〉!!」
『闇の結晶』がいっぱいある。
耳にタコができるほど聞いた技名を、ブラックビアードは性懲りも無くまた唱えた。
「今度は俺を閉じ込めねぇのかよ?」
「ぎゃはは! それじゃこっちから攻撃できねぇだろ!? 俺様自身が鎧として纏えば、無敵になりつつ一方的にお前を殺せる!!」
「なるほどな……」
俺はさっき見つけたものを取り出す。
「あ……? 何だそりゃ。変わった剣だなオイ」
ブラックビアードは俺の取り出した『とある剣』に注目しつつも、自身の剣を鞘から抜いた。
俺は剣を掲げて走り出し、
「これまでとは違ぇんだよ!」
目的はブラックビアードじゃなく、部屋全体に広がる緑色の『風の結晶』だった。
その内の一つに狙いを定め、
「は!? ぎゃ〜〜〜はっはっは! さっきも騎士が言ってただろ!? 『強制支配魔法』発動中の魔結晶は、聖剣エクスカリバーでも壊せねぇんだよぉ〜〜!!」
「ッ!!」
「何が『これまでと違う』んだ!? 同じことの繰り返しだ、笑わせんな!!」
確かにさっき、レオンとアーノルドが検証してくれてたことだ。
あんまりにもチートな気はするが、上書きされてる最中の結晶は壊せねぇらしい。
だが、
「それはどうかな?」
「あ……?」
カクカクした剣を振り上げる俺の体――その形が単純になっていく。
ポリゴン化、していく。
「な、何だそりゃ……何だその体!? 何をする気だぁぁ〜〜〜っ!!!?」
「くらえっ、8ビットソード!」
拾ったのはコレだった。
バートンとの戦いと同じように、斬られた『風の結晶』がゲームの敵キャラみたいに、光り輝いて一瞬で消滅しちまった。
「はぁぁ〜〜!?」
少し鎧が薄くなって、ブラックビアードも驚愕してる。
やっぱこの剣、普通じゃねぇ。何というか『常識』とか『概念』ってヤツをねじ曲げる力があるっぽい。
「こっ、この野郎! 〈神威断〉ぃ!!」
ブチギレるブラックビアードの風の刃が飛んでくるが、俺は『プゥーン』とかいうバカみたいな効果音とともに大ジャンプして回避。
ついでに回転しながら天井の結晶を斬ってやった。
すげぇ、体が軽い。どうやら走るスピードやジャンプ力が上がってるらしい。
跳んで走って、縦横無尽に部屋内を走り回りながら『風の結晶』を斬って消滅させてく。
「どんな小細工使ってやがる!? クソクソォ! やめろォ〜〜〜!!」
焦る声とともに風の刃が連続して飛んでくるものの、ピコピコと音を出しながら走ってるだけで余裕で逃げられる。
そして、
「やめろっつってんだろ!!」
「おっと」
鎧がだいぶ薄くなり身軽になったブラックビアードが、とうとう俺に突撃してくる。
風の魔法を纏った剣の刃を、8ビットソードで防いだ。
ガキンッ! キキンッ!
何度か、剣での攻防が続く。
しかし……ブラックビアードがニヤリと笑った。なぜなら、
「うぐぁっ!!」
一発斬られちまった。
俺は大事なことを忘れてたんだ。
8ビットソードは『武器ガチャ』で生み出した武器じゃねぇ。俺自身に剣術の知識は皆無。
単に振り回すだけならできるが、本物の剣術を持つ敵との勝負は無理ってワケ。
「どうしたぁ!? 急に弱くなったなぁ!」
「ぐはっ」
斬られて怯んだところで、バコンッ! と顔面を殴られちまう。
普通に痛ぇが、まだ終わらんぞ!
「おら!」
8ビットソードの剣先がアーマーの表面を掠めた。
しかしアーマー自体が消えることはなく、デジタルっぽさを感じる変な傷ができただけだ。
「危ねぇな、この!」
「ごふぁっ」
今度は俺が蹴られ、ぶっ飛ばされる。壁際まで来ちまったんで横にあった結晶をまた斬って消滅させる。
歯噛みしながらブラックビアードが飛んできて、
「ふんッ」
俺の顔面を鷲掴みにして地面に叩きつけるが、
「ごぁっ……んんっ!」
叩きつけられながらも俺は剣を真上に投げ、天井の結晶を消した。
「いい加減にしろゴラァァァ〜〜!! あの剣ムカつくんだよォ!!」
回転しながら落ちてくる8ビットソードを見上げたブラックビアードは剣を構え、
「〈百連・神威断〉!!!」
――ビュビュビュビュビュッ!!
剣を連続で振りまくって、とんでもねぇ量の風の刃が8ビットソードを弾きまくる。
「……!」
そう時間は掛からず、8ビットソードは折れ砕けちまった。
短い付き合いだったが――ありがとな。
そして、
「内部破壊って知ってる?」
「ん?」
よくやった。
こんだけ鎧が薄くなりゃ、今の俺でも何とかできるぜ。
ポリゴンから元に戻り、白いオーラを込めた指が一本。アーマーを斬ったデジタルな傷の部分に接触して、
「〈理不尽な暴力〉」
「ギヤアアアアッ!!!?」
――ドゴゴゴゴゴォォッ!!!
指から相手の体へ波紋が広がり、ブラックビアードは体内から破壊された。
衝撃は一発じゃ収まらず、連続してく。
――バリィンッ!!
外側からの攻撃は確かに無敵のアーマーだったが、俺が今攻撃したのはブラックビアードの体内。
アーマーは内側から弾け飛んだ。
「グフ……ッ!」
想定外の攻撃だったろう、ブラックビアードは意識を保つのが精一杯。
天を仰いで白目をむき、吐血してる。
「ウッ……ク……ぐそ……ぉ!」
片膝をついたまま剣を振り上げ、
「よっと」
振り上げられた剣の柄を俺が掴んでやると、
――ドォォンッ!!!
「おわぁぁ〜〜!?」
白いオーラが流れ込み、炸裂する。掴んでる手もろとも剣を破壊。
刃が砕け、ブラックビアードも大きく吹っ飛び転がっていった。
「ぐっ……おぉあああ……!!」
倒れたまま、俺に潰されて血まみれになった右手を見て悶絶するブラックビアード。
「クソ……ぅぅ、クソぉ……っ」
苦しみながらも、フラつきながらも、ゆっくりと立ち上がる。
汗だくの顔で正面を見れば、
「!!」
「…………」
口元の血を拭った俺もまた、ゆったりと歩いて接近していた。
右手に構えるは――大きめのネイルガン。
まずは、一発。引き金を引く。
「うぐぉ!?」
右肩に命中。威力は申し分ない。
ブラックビアードは何が起こったかわからず動揺していたが、ようやく肩に刺さった釘に気づくと、
「がッ!」
二発目の釘が左肩に命中。
壁際まで後退していたブラックビアードは文字通り、左肩を壁に『釘付け』にされた。
どうにかして抜こうと頑張ってるが、
「あぐ!? ……あぁッ!」
三発目、四発目が右足と左足に命中。
両足の制御が効かなくなり、ダラリと脱力したように膝から崩れ落ちた。
俺がネイルガンを捨てると、刺さった釘たちも消滅する。
空いた手に釘バットを生み出し、またゆっくりと歩いて近づく。
「釘シリーズが続くぜ」
「ちょ、ちょっと……待てお前! マコト・エイロネイアー……考え直せ! お、俺様とお前には何の因縁もっ――」
「騎士のビミパットを殺した。アバルドやプラムゾンビをボコした。ジャイロの邪魔もした……そもそもお前は盗賊で、悪事ばっかり働いてる」
「あ、あんなカスみてぇな騎士ども、お前だってそんな思い入れがあったわけじゃ――」
「思い入れ? 関係ねぇな、俺はみんなの無念を晴らすだけだ」
誰も彼も、無駄に強いコイツに一矢報いることができずにいた。
だったら可能な俺が全部背負ってやるのが礼儀ってモンだろ。
「正義の鉄槌ってヤツだ!!」
「ぐぁっはァ!!?」
だから俺は釘バットを振るう。
横顔を殴られて血しぶき上げて、ブラックビアードは勢いよく倒れた。
容赦なく、
――ガンッ! ガンッ!
「えぁ……」
無抵抗のブラックビアードを、釘バットで殴りつける。蹴りつける。踏んづける。
ウザったいほどの耐久力が底をつくまで。二度と起き上がれねぇように。
「ぅう……あ、『正義』……ってんならよォ……」
「……」
「殺せねぇ……んじゃ、ねぇのか……俺様のことを、よォ〜……!」
「……」
「新聞なら見たぜ……ぇ……? ベルク家ってのとケンカして……でも、脅迫したっきり、何もできてねぇと……」
「……」
「……俺様は、思ったね……『臆病者』『軟弱者』……『腰抜け』ぇッ!!」
血だるまの満身創痍のクセに、また減らず口が始まりやがった。
ひと通り聞いてやった俺は沈黙を破り、
「遺言はそれで良いのか?」
「……ッ!!?」
うるせぇヒゲ野郎を、最初のたった一言で怯えさせてやった。
「俺は『不殺主人公』とか名乗ったことねぇよ? だから魔王や魔王軍を殺して『救世主』になった、っつってんだろ」
「……!」
「アルドワイン・ベルクを殺さなかったのは、一応貴族だったりして面倒だと思ったからだ。しかもお前と違って本人はザコだったし、力を見せつけてやりゃ黙ると思った」
「……」
「だがヤツは……というか雇った殺し屋のハイドだが、約束を守らなかった。俺以外も巻き込みまくりだ――ダンジョンを出たら殺す」
「……!!」
「約束通り、領地ごと吹き飛ばす。息子のアールも、使用人どもも、全員タダじゃおかねぇ。一人残らずブチ殺す」
「!!!」
「俺には、それを実行できる力がある。だが無闇に振り回さない――お前らとはそこが違うんだよ」
顔を真っ青にさせて明らかに戦慄するブラックビアードは、体を何かに固定されたことに気づく。
抜け出そうとするが、もう動けねぇ。
「お……おい!? おい離せ! やめろ! 何なんだコリャ!? 外せぇ!!」
「必要に迫られれば俺は殺すぜ? 信じられねぇなら――今からよ〜く味わえよ」
俺が生み出して、盗賊長キャプテン・ブラック・ビアードが固定されたそれは、断頭台だった。
仕組みはよく知らんが……横にレバーがある。俺はそれに手をかけ、
「ま、味わう暇も無いけどな」
「うわああああやめろぉぉぉぉぉ――――」
斜めの刃が、ストンと落ちた。
▽▼▼▽
▽ ▽
「到着です」
「ルーク氏……あれが?」
「はい。恐らく『ボス』がいる部屋への扉です。確証は、まぁ……ありませんが」
勘です。と続けた。
僕は結局ウェンディさんに担いでもらったまま、彼女の俊足によって辿り着いてしまった。
何度も階段を降りたりはしてきたけれども、本当にここが最深部なのかどうかは定かではない。元々確定していた情報ではないし。
ダンジョン内に扉はいくつもあったが、他にこれほど大きな扉は無いはず。
一番大きな扉に、一番強い奴がいる。
子供のような理論だけど、手がかりが無さすぎてこう考えるしかないんだ。
僕を下ろしてくれたウェンディさんは、
「重いな……開かぬぞ」
扉を開けようと力を入れたが、びくともしない様子だ。それは僕も試したことだ。
「そうなんですよ。でも、何となく力が足りないというよりかは……『条件』が必要な気がしませんか?」
「うむ……」
僕が指差した方を見るウェンディさんも、静かに頷く。
まぁ指なんか差さなくても余裕でわかっていたと思うけれど、
「この床の模様……真ん中の台座……」
扉の前に堂々と、意味ありげに広がっているんだから。
「台座を中心にして、五つの方向に伸びる模様。そしてそれぞれの先にあるのは……五つの色の円、ですね」
赤、青、緑、茶色、黄色。
さぁ、この謎を『くりあ』して――最後の戦いに臨むとしよう。




