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#71 魔術師プラム、覚醒



 私は……私は、こんな男を殺害対象としていたのか……


 なぜか体が黄金に輝いているマコト・エイロネイアーと、私を散々追いかけ回した少女のゾンビとの戦いは、あっという間に終わってしまった。


「お、黄金モードも終わりか……助かったぜ」


 そう言うマコトの全身から、輝きが失われていく。やがて服の色もいつもの黒いものに戻った。

 結局、何だったのか意味不明だったが……


「さて、こっからが問題だ」


 ボコボコにされた少女のゾンビを背にして呟いたマコトの、その視線を一身に受ける私。


「問題……? そ、そうか、私の処分のこと!? 『謝罪されたって助けたくない』と言っていたものね、今ここで決着を――」


「お前よぉ」


「っ、はっ!?」


 正直今の戦いを見せられて全く勝てる気がしない私は、言葉を遮られて動揺してしまった。

 何だか『戦闘』という雰囲気ではないが、


「白いポーションが入った小瓶とか……持ってねぇか?」


「え」


「……なんてな。持ってるワケねぇよな……何でもない。忘れろ」


「……」


 この男……

 いつになく真剣そうな表情だった。全く意味がわからないが、それほど大事なものなのだろうか、その小瓶というのは。


「あっ」


 そういえば――私、持ってるじゃん。

 俯いて頭を抱えたマコトに気付かれないよう、自分の懐を覗く。


 白い液体……これはポーションなのか。小瓶というのにも当てはまっているだろう。

 例の『ですげーむ』とやらで急に飛んできたが、もしかしてマコト本人が投げたのか?


 だが――


(渡して良いものか?)


 ポーション、というのは治療や解毒の他、使用者の筋力だったり技能だったりを強化する効能を持つものもある。らしい。


 今のマコトに治療とかは必要無さそうだ。

 ということは、これを渡すことで私の立場は更に不利になる可能性が濃厚――


「じゃあな」


「うぇっ?」


 つい間抜けな声を出してしまった――マコトが、あろうことかゾンビを脇に抱えて私に手を振り、立ち去ろうとしている。


 どういうことだ?? 私に何もしないだと?


「ち、ちょっ……ちょっと待って」


「あ? 俺たち急いでんだよ」


「これ」


「?」


 なぜだろう――私は、私自身に危機が迫っていないことがわかったからか?

 この小瓶を彼に、無性に渡したくなってしまった。


「あなたの探し物……これ?」


「ッ!!」


 私が掲げた小瓶を見て、マコト・エイロネイアーは異様に驚愕した様子で、大事そうにしていた少女のゾンビまで落としてしまった。


 そして、


「きゃっ!!?」


 すごい速さで駆け寄って、私に抱き着いてきた。何で!!??


「何だよお前が持ってたのか〜〜!! まったく、よりによって殺し屋がキャッチするなんて俺どんだけ運悪ぃんだよ〜〜〜! でもここで偶然見つけたの運良すぎか!」


「ちょ、おい、離れ……離れて……!」


「いや〜〜敵がキャッチする可能性考えてなかった俺バカすぎだわ〜〜!! 何でお前捨てずに持っといてくれたんだ〜!?」


「いや別にあなたのためじゃないし! な、なんとなく最初は取っておいたけど……言われるまで存在を忘れてた……」


 身長差で、私の顔がマコトの胸に埋まるような形になっている。温かい。

 マコトもずいぶん嬉しそうだ。だが奴はすぐ離れ、私の両肩を掴む。目線を合わせ、


「ありがとな。それが今すぐ必要なんだ」


「……」


 また真剣そうな表情。

 私は小瓶を持っていても何の得にもならないし、控えめに差し出すとすぐ奪い取られた。


 いつになく必死だが、奴はこのポーションを使って何をする気なんだ?


 まぁ、何だっていい。



「マコト・エイロネイアー……覚悟!!」


「……!」



 私は再びカタナを抜いた。

 切っ先を向けるは、相変わらずの殺害対象。その一点のみだ。


「……まだやる気か、お前」


「当然! 馴れ合うつもりは最初から皆無だ!」


「今俺が助けてやっただろ」


「私は悪事を謝罪した!」


「……それでプラマイゼロってか」


 何を言ったのかよくわからなかったが、正直『(スジ)』なんてものを通しているような余裕は私には無い。


 ――アルドワイン様に殺される。

 それだけは、それだけは避けねば……


「雰囲気で察してほしかったが……俺は今、すぐに、やらなきゃいけねぇことがある」


「!?」


「こんだけ俺の戦い見てきてまだ殺せると思ってるその脳みそにもビックリだが……そういうのは後にしてくれねぇか」


「こ、殺せるとは……」


 思ってない。

 私なんかに殺せるわけがない。わかってる。わかってるけど……



「俺は、このためだけにここまで来たんだ! お前らと遊んでる場合じゃねぇんだよ!!」


「っ!?」



 救世主マコト・エイロネイアーの怒号。

 敵ではあるが、奴が本気で怒っているところは初めて見るかもしれない。恥ずかしながら少し萎縮してしまった。


 『このためだけに』、か。


 奴が騎士団と一緒にダンジョンに潜入した目的というのは、そういえば判明はしていなかった。

 どうせ騎士団とズブズブで秘密兵器扱いされているとか――ダンジョンにはお宝があるそうだから、それ目当てだとか――


 そう、思っていた。



「プラム……ああ、すまねぇ。本当に長い時間が掛かっちまった」


「……ゥウ"……」


「っ、今すぐ治してやるからな」



 え?

 まさか……まさか、この男……?



「カ"ァアッ」



 凄まじい回復力で復活した少女のゾンビに、マコトはすかさずポーションを振りかけた。

 噛まれる寸前。小瓶の中身を全て浴びせると、



「ッ……」


「……プラム?」



 動きが止まったかと思えば、がくり、と少女のゾンビが項垂れる。まるで力尽きてしまったかのように。


 いったい、何が……何が起きている。


 全てが意味不明すぎて、私も目を見開いていた。



「プラム……おいプラム? 起きろ! おい! プラム!! 返事しろ!!」



 どういうつもりなのか、腕の中のゾンビを揺さぶって、必死に声をかけるマコト。

 冷や汗が止まらないようで、その震える声や腕も、見ているだけで悲痛な気分になる。


 でもゾンビなんかに返事を求めて、頭がおかしくなってしまったのか?


 それとも、やはり……?



「プラム! もしかしてこのポーションじゃなかったか……!? おいプラムっ!!」


「……ん……」


「プラ――あれっ、あれ?」


「ん、んぅ……」


「プラム!!!」



 目を覚ました様子の少女は、間違いなく、ゾンビではなく人間。

 治してやる、か。やはりそういうことか……



「……んん……なぁに〜……うるさいな〜」


「お前バカっ、このヤロ、心配かけさせやがって! こいつぅ! こいつめ!」



 ゾンビっぽさの欠片も無い少女は、まるで眠りから覚めたばかりのように、寝ぼけた様子で話す。

 それを受けたマコトの台詞は、いつものように飄々としてる……とは言えなかった。



「プラム……本当にお前ってヤツは……」


「……え、マコト……?」



 もう泣きそうな震えた声で、マコトは強く、そして優しく柔らかに、少女を抱きしめ、撫でていた。

 いつもと違う様子のマコトに、少女はようやく異変に気づき始める。



「ここは……洞窟? え、ここホントにどこ!? なに? なに? 何が起きたの!?」


「いいよお前……いいよ……後で話す。何も考えるな。とにかく無事で良かった……本当に……」


「え……」



 マコトは少女を安心させるようにとにかく抱きしめ、撫で続ける。

 何が起きたのかわかっていない様子だが、それでも少女は本当に安心し始めている。


 なぜ?


 マコトの目的が『ゾンビを元に戻すこと』だったのも、理解した。


 だが、私は何かがまだ理解しきれていないと感じていた。


 なぜ?


 答えは、次の二人の言葉が完全に物語っていた。






「……愛してるぜお前。プラム」


「ちょ!? 何それ急に! キザすぎ! やめてよ! 私もマコト大好きだけど!!」






 その瞬間、私は全てを理解した。




 騎士団とズブズブで秘密兵器扱い?

 お宝目当て?


 違う。


 いつも飄々としていて、ふざけた態度ばかりとって、みんなから呆れられている男。

 こんなダンジョンの奥底まで、わざわざ彼がやって来た理由。


 『救世主』だけじゃ飽き足らずもっと名声が欲しくなった?

 ゾンビを捕まえて見世物にするため?


 全然、違う。


 ゾンビになってしまった、たった一人の女の子を救うため――


 女の子に感謝も求めない。

 もちろんこんな洞窟の奥で、金も名声も力もクソも無い。





 つまりこれは――――【愛】だ。





 何なんだろう?

 この、感じたこともない、モヤモヤが晴れていくような感覚――


 私の心の底に溜まった、ドス黒いものが……温かく、緩やかに、瓦解していくような――



▽  ▽


▽▼▼▽



「マコト……大好き。大好きだよ……」


「……」


 俺が珍しく一言「愛してる」言ったら、プラムの方が変なスイッチ入っちまって「大好き」モードに。


 まぁ、事情はわかんねぇだろうが安心した感じで俺に抱き着いてるし、いいか……


 ってか俺はロリコンじゃねぇぞ!!


 プラムとは今までもこれからも『親友』だ。それだけ。

 友愛ってヤツだ、友愛。


「ひっく……ぅ……えぐ……」


「え?」


 ちょっと落ち着いて、しっとりしたムードになってきたところで、俺は変な音声に気づく。

 目の前のプラム以外で声が聞こえるとすりゃ、


「……ジキル?」


「……ひっく……」


「お前……な、泣いてんのか??」


「……え」


 いや何で???

 あの女、間違いなく俺たちのことを見てマジ泣きしてるぞ。マジイミフだ。


「え、え……? いや、ちがっ、これは」


「……」


「ちがうのっ……うぅ、ぐすっ」


 今気づいたのか。嘘つく状況でもねぇしな、気づかずに泣いちまったんだろう。

 にしてもこんな「ひっくえぐ」言うようなマジのマジ泣き、久々に見たぞオイ。


「わたし、ひぅっ……こ、こんな……こんな知らない人たち見て……どうし、どうしちゃって……」


「ドラマチックが足りてないんじゃねぇか?」


「な、なに? もう、全然わかんないし……」


 必死に涙を拭おうとしてるジキルだが、後から後から止めどなく出てきちまうようだ。

 どうなってんだよ。


「血も涙もない殺し屋かと思ったが……俺と会ってから泣きすぎだろ。心ボロボロかお前?」


「っ、うるさい……私だってちゃんと――ッ!」


「!?」


 反論しようとしたジキルが黙った理由は、俺たちにもすぐにわかった。

 ――周囲にある大量の『闇の結晶』が輝き、数え切れないほど魔物が生成されたんだ。


「空気の読めねぇヤツらだぜ……!」


「ぅ……わ、私もっ……!」


 俺は武器ガチャを発動しようと手を開き、ジキルも刀を構えようとする。

 と、


「マコト……」


「ん? 話ならこいつら倒してから――」


「でもマコト、()()()()だよ」


 腕の中のプラムが、俺の胸を撫でながら変なことを言ってくる。

 だって俺の体、死んでから生き返ったりして、今は()()だぜ。


 一応自分の体を見てみるが、やっぱり傷なんか無い。

 首を傾げてプラムを見る。プラムの方も何が言いたいかはわかるらしく、


「うん。体に傷は無いけどね。なんでだろ。私、見えるんだ。マコトの『心』についた傷」


「……は?」


 どうした。怖いから急にスピリチュアルなこと言うのやめろよ……しかも大量の魔物に囲まれちまってるこの状況で。

 そう思いプラムの目を見ると、



「マコト! もっかい言って!」


「はぁ?」


「もっかい『愛してる』言って!」


「アイラビュー……(ねっとり)」


「ちゃんと言って!!」



 プラムの両目に、なぜか(ハート)が浮かんでやがる。

 ギャグ漫画でも無ぇぞ、イマドキこんなこと。異常事態だ。


 こうなってくるとこの言葉にも意味がありそうだな。


「……愛してる。これでいいのか」


「うん!! なんかね、フシギ! すごい力が湧き上がってくる!!」


「いやお前そんな……って、うわ!?」


「え〜〜っ!?」


 迫ってくる魔物どもの、その奥。見回した俺もジキルも仰天して言葉を失う。

 嫌でも目を向けちまうソレ――『闇の結晶』どもが、次々とピンク色に染まってくんだ。



「いっくよ〜〜〜!!」



 俺とジキルの腕を掴んだプラムが叫ぶ。

 と思いきや、プラムの靴裏からピンク色の……ピンク色の何かが噴射され、ゆっくりと俺たちが浮上してく。


 ジェット噴射みたいになってんのか!?


 空中に飛んでった俺たちを、多くの魔物が追いかけられなくなる。

 ガーゴイルとかは別だが、


「こいつらブッ飛ばしちゃうね!」


 プラムが自信満々にしてるからここは黙っとこう。


「うおっ」

「あっ」


 俺とジキルは上空に投げ飛ばされる。上からプラムを見下ろす感じだ。


 ツッコミも追いつかねぇまま、恐らくピンク色の魔結晶たちの力を借りたプラムが、同じくピンク色に輝く杖を振り上げる。


 杖を中心にして、プラムの頭上に出来上がる(ハート)マーク。

 それを振り下ろし、




「〈愛の鼓動(ハート♥ビート)〉!!」




 形を維持したままっていうか、ハートマークが一列に並んでるような、とにかくビーム砲みてぇなのが杖から発射される。

 最初はプラムの体より小さかったハートが、魔物どもの群がる地面に届く頃には巨大になってて、



「ゴギャアァァ!!」

「グオオオッ!?」

「ギャアアアア〜〜!!」



 マジか。

 ふざけてるようにしか見えねぇピンク色の爆発が、魔物どもを吹き飛ばした。


 ビームに当たらなかった範囲の魔物がまだ生きてるが、俺とジキルは落ちて、着地。

 不思議なことにハート型が残ってんだが、その内側に落下しても全くダメージを感じなかった。ふかふかのベッドに飛び込んだみてぇだったな。


 続いて、ふわりと着地してきたプラムがウィンクして舌を出しながら指をパチンとやると、


「オオオァァ!!?」

「ギェェッ!!」


 ハート型の外側に波動が広がり、残ってた魔物もみんな爆散しちまった。

 感想ならあるぜ。



「お前パワーアップイベント急な!!?」


「なんか私強くなっちゃった!?」



 目からハートが消えて普通に戻ったプラムも、何だか知らんが喜んでるようだ。


 ゾンビから戻るだけかと思ったら、とんだオマケ付き。

 またダンジョンの仕業かこれも。


 しばらく動揺して動けていない様子だったジキルも、這いつくばる姿勢からゆっくり立ち上がり、


「あなたたち……何なの!?」


「おっさんとクソガキのコンビさ」

「クソじゃないしガキじゃないし! べろべろべ〜〜〜!」

「お、舌長いな。ちょん切ってやろうか?」

「やめて!?」


「今の、桃色の魔法、古い本で読んだような……もしかして『愛の魔法』? 伝説だけの話かと思ってた……どうしてこんな子供が……!?」


 いや〜久々。プラムとのこういうやり取りもやっぱ楽しいなぁ!

 と思ってたら今度はジキルの様子が変だ。『愛の魔法』とか言ってたか? よくわかんねぇが、


「こ、これ以上……」


「ん?」

「え?」


「これ以上馴れ合うわけにはっ!!」


 汗だくの顔をぶんぶん振って、ジキルは何かを決心したように身構えた。

 この流れはヤバそうだ。



「あなたを……殺す!! マコト・エイロネイアー!!」


「お前な……」



 もういいだろ。馴れ合うとか馴れ合わないとかどうでも。

 こいつ、あんだけ醜態晒しといてまだ戦う気あったのかよ。呆れたぜ。



「そりゃ大した根性――」

「お姉さんの『心』も傷だらけだね?」


「ッ!? うるさい子供ね!」



 プラムが急にまたスピリチュアル発言するからビビっちまった。

 え? 俺さっき冗談で言った気がするが本当に心ボロボロなのかよ? 今の一言でジキルも必要以上に驚いてた気もするが、



「マコト! よくわかんないけど、また私のために頑張ってくれたんだよね! ……じゃあここは私に任せて!」


「あっ!? プラムお前相手はな、ああ見えてプロの殺し屋だぞ! わかってんのか!?」


「『おっけー』!」



 ニコニコしながら緊張感無く言い放つプラム。

 だが俺は知ってる。最近のプラムは昔と違い、自分の力量をちゃんと理解してる子だ。



「とうとう子供にまでナメられるとは……誰が相手だろうと、手加減はしない!」


「いいよ、メイドのお姉さん! でもマコトをころすのは、私を倒した後でね!」



 刀だけでなく、ジキルは見たことのねぇ四角い飛び道具みてぇな武器も用意してる。

 それでもプラムは臆さない――勝てる自信があるんだ。


「…………頼むぜ。プラム」


 だったら俺は見守るだけだ。

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