#70 黄金マコト vs プラムゾンビ
「よっと……スーパーヒーロー着地!!」
黄金パンチで下の部屋への道を強引に切り開いた黄金俺は、華麗にスーパーヒーロー着地を決めて、
「あ、腰が痛いっ!」
普通のおっさんみたいに、黄金の手で黄金の腰を押さえた。膝じゃなくて腰。
さて、目的は――
「ア"ァァ……」
「あれ? この声……ビンゴじゃねぇか?」
おどろおどろしい……呻き声? のようなものが、少し離れた位置から聞こえる。
さすがにプラムゾンビを視界に捉えられるほど近くはねぇが……高さというか、縦軸は一致してるらしい。都合良っ。
「お〜い! プラムゾンビの他ぁ〜! 誰かいねぇか〜!? ポーション探してんだけど〜」
あとの問題は『白いポーションが入った小瓶』だな。まさか、あのまま落ちたワケねぇとは信じたいが……
このまま都合良くアレをキャッチした生存者にでも会えればいいのに。
「その声まさか、マコト・エイロネイアー!?」
「え?」
すると俺の声を聞いて、岩陰からヒョコッと人が現れた。
それは黒髪ボブカットで碧眼の、メイド服で腰に刀を差した……
「お〜。お前は『キャラ崩壊サムライ刀メイドガール』じゃねぇか」
「はぁ?」
そういやコイツもハイドと一緒にダンジョンに入ってきてたんだったな。
「……って、ていうか、何? その金色に輝く体……光の魔法? 眩しいんだけど……」
あいつはマジで太陽でも見てるかのように目元を手で隠してる。そんな眩しいのか。
「イメチェンだよ」
「はぁ? いつも何言ってるかわからないし、あなたどこまでフザけた男なの……」
「そういやルークやウェンディもこの金ピカボディ見たはずなのに、ツッコミの一つも入らなかったな」
「普段からあなたがそんな男だから、もはや呆れ果ててるんじゃない?」
「……そうか! なるほど納得だ」
「いや皮肉なんだけど。何このオッサン」
手をポンと叩く俺に、どこまでも辛辣なツッコミ。
すげぇ嫌われてるのだけは伝わってくるが、案外ノリ良いのかコイツ?
言うほど強くねぇからか、あんまり印象に残ってなかったが……
「とにかく、覚悟!!」
刀を抜くとこを見て思い出す――そうだコイツ、ベルク家の殺し屋だ! 俺狙われてんだった!
確か名前が……
「って、きゃあああ〜〜〜っ!!?」
「ア"ァァオ"ォ!!」
また面倒な戦闘が始まっちまうかと思ったら、あいつの背後からプラムゾンビが猛スピードで走ってきた。
よっしゃ、どうにかして捕まえてやる。
▽▼▼▽
▽ ▽
私はジキル!!
せっかく謎のゾンビから隠れてたのに、マコト・エイロネイアーのせいで台無しだ!!
また普通の女の子みたいに叫んじゃったし! もう最悪!
うわ! やだ! こっち来る!?
「ぎゃ〜〜〜っ!!!」
「ア"ク"ッ!!」
私に飛びかかってくる少女のゾンビ。噛みつこうと口を開けてるから、カタナで防御する。
途轍もない力で後ろに押し倒されてしまった……まさか刃までは噛み砕かれないよね……
っていうかもう、動けないしどうしようこれ……ハイドは!? ハイドはどこ行った!!
「やだやだ噛まれるっ! たすけて! 助けて誰かぁぁ〜!!」
一対一での力の勝負になったら、ゾンビに勝てるわけがない。
しかもこの少女のゾンビ、そこらの魔物よりずっと強いような……本当に私の命が危うい。
「助けてぇ! 死にたくない〜〜〜!!」
「……おいおい。殺し屋が何言ってんだ?」
「あ……?」
そ、そうだ、取り乱しててすっかり忘れていた。すぐそこには私の殺害対象、マコト・エイロネイアーがいるんだった。
「た、たすけ……」
もう叫びまくってて、涙目で、立場もメンツもクソも無い。
ただ必死に助けを求めるが、
「……俺の命を取ろうとしてるヤツが、どの口で助け求めてんだよ。それだけならまだしも、お前『殺し』に慣れてんだろ。今まで何度も殺してきたんだろ。ご主人様もそんな感じだったもんなぁ?」
「う……」
「俺の家を掃除……いや魔改造してくれたメイド、ミーナを巻き込んだことも忘れてねぇぞ。あんな何の罪も戦闘力もない可愛いメイドに手を出すなんか、ゴミクズの所業だぜ」
「うぅ……っ」
こんな薄暗いダンジョンで、こんな命の危機的状況で、なぜか全身をキラキラ輝かせて腕組みする殺害対象に、説教されている……
わかってる……
わかってるよ、私が悪いことぐらい……
でも……
もう嫌だ、こんな世界……
「――とりあえず謝れよ、ジキル」
「う……え……?」
「謝んねぇと話になんねぇだろうが」
「ど、どういう……?」
え? 急に流れが変わった?
もしかして謝れば助けてくれるの?
「いや、俺も謝られたってお前のことなんか助けたくねぇよ?」
「え……え……?」
「でも俺が用あるのそいつなんだわ」
「……この……ゾンビに?」
今まさに私と力比べをしながら、歯を噛み鳴らして私を食べようとしているこのゾンビ。
何で? 何でゾンビに用がある? そうか、捕まえて見世物にでもする気なのか。
「そのゾンビとやり合うとなると、お前まで助けることになっちまう。だろ?」
「……」
「だからさっさと謝っといてくれ。気持ちが込もってないとしても、せめてそれぐらいしてくれねぇと、俺も気が乗らねぇからよ」
この男……無表情で偉そうに。
私がゾンビにすら勝てない人間だと、完全にナメきって……命乞いをしろと、そういう意味だろう?
ふざけてる。
私は腐ってもアルドワイン・ベルク様に仕えるメイド……その中でも最高位のメイド長!
気高い存在なんだ!!
だから私は!!
「……ごべんなざぁぁぁ〜〜〜い!! う、ううっ、だすけでくだざぁぁぁ〜〜いぃ!!!」
涙や鼻水でグッッッシャグシャの顔で、心の底から『謝罪』と『命乞い』をしてしまった。
流石のマコト・エイロネイアーも困惑した顔で首を傾げている。
「あれ? 何か……ずいぶん心込もってんな」
「う……うぅ……じにたぐない……」
「まぁいいか」
金色に輝くマコトは腕組みをやめて歩き出し、ズンズンと私たちに近づいてくる。
両腕を広げ、
「つ〜〜かま〜〜え」
「ッ」
「……た?」
ゾンビを抱きしめるように捕まえようとしたが、ゾンビは瞬間移動のようにパッと消えてしまい空振りだ。
マコト・エイロネイアーが背後へと振り向いた先、少し丘のようになっているところのてっぺんにゾンビが仁王立ちしている。
あの化け物め、どれだけ素早いんだ。
私を追いかけている時でも充分に速いと思っていたが……本気じゃなかったらしい。
「ずびび……」
とにかく私は鼻水を拭った。
「おいプラム――そろそろ潮時だろ。お遊びも大概にしろよ?」
「ウ"ァウッ」
マコト・エイロネイアーが指差して言うと、ゾンビも警戒するように低く構える。
私は目を丸くし、
「え? あなた……」
「何だよ」
「あのゾンビに目的があるって……名前まで知っているの?」
今の名前は聞いたことあるような気がしたが、正直もう忘れた。殺害対象以外を覚えている心の余裕など、無いから。
彼は不機嫌そうに眉根を寄せる。
「そうだっつってんだろ! うるせぇな泣き虫殺し屋女!」
「っ……」
ひどい言葉に刺され、黙るしかなかった。
いや『ひどい』なんて言葉……私が使っていい言葉じゃないか。
私はこの男や関係者たちに、それだけのことをしたんだから。紛れもなく……自分の、意思で……
「カ"ア"ァァァ――――ッ!!!」
ゾンビが天に向かって咆哮を上げる。
すると、あちこちから大量の魔物がゾロゾロと駆けつけてきた。
「魔物を……操ってんのか!? ゾンビだからか!?」
「いいえ。ゾンビはそもそも空想上の怪物とされていたし、魔物とは無関係のはず……だけどアレは厄介なことに、周辺の魔物を次々に打倒して、魔物たちの頂点に君臨している」
「すげぇ才能だなプラムめ……まぁゾンビなんてあからさまに禍々しい存在と、『闇属性魔法』から生まれる魔物で、馬が合ったのかね」
認識のすり合わせを済ませたところで、ゾンビが私たちを指し示す。
ゴブリンやスケルトン、オーク、ガーゴイル、オーガ等……50体程の多種多様な魔物たちが一斉に睨みつけてきて、ゾンビの掛け声により団結して向かってくる。
「あの量は……ちょいとキツいかな」
コキ、コキ……と金色のマコトが首の骨を鳴らしている。
こんな危機的状況でマコトに助けを求めてしまったからには、今は殺し合う必要は無い。
正直……味方に『救世主マコト・エイロネイアー』がいるという事実は、とても心強い。
私まで気が大きくなってしまいそうだが、本人も『キツい』と言っているし……やはり。
「共闘するべきね。マコト・エイロネイアー。では私は魔物の大群を――」
「ッ」
「えっ」
私が喋り出すとマコトは無言で飛び出して行き、魔物の大群に突っ込んでいく。
この流れ……ハイドと一緒にいる時とあまり変わらないような……奴も戦闘狂だったのか? そういう雰囲気じゃなかったが。
「あっ、そっちに行くのね。では私はゾンビの方を倒し――」
「ア"ァッ」
「――足止め! 足止めしておく!」
向こうもその気のようで、ゾンビが目にも止まらぬ速さで飛んできて対峙してきたものだから、倒す気など失せてしまう。
「カ"ア"ッ!」
立ち上がったゾンビは、その手に火の玉を握りしめている。
「うわ!」
私の顔に向かって投げられたそれをギリギリで避けるが、
「ぐっ! おうっ!?」
いつの間にか懐に入ってきていたゾンビに、胸と腹を連続で殴られる。
拳は炎を纏っていて、重みや衝撃だけでなく熱まで食らわされた。
お返しとばかりにカタナを振るが、余裕で躱される。小さな体でちょこまかと……
「ウ"ゥウオ"!!」
「あぁッが!?」
重いカタナを空振りしたその隙に、ゾンビは空中にてとんでもない動きで体を捻って私の顔面に蹴りを入れてきた。
痛い、熱い!!
そう叫ぶ暇も無く、吹っ飛ばされた私はゴツゴツした地面を転がった。
「くっ……」
全く力が及ばない。
足止めすらできないなんて、情けない。
起き上がったところで――またしても顔面に炎の拳が迫り、
「お〜いプラム〜! お取り込み中に悪ぃけどな、お前の順番回ってきたぞ〜!」
「「ッ!!?」」
「────俺にボコされる順番がな」
あまりにも堂々としたマコトの声に、ゾンビも攻撃を中断して振り返る。
『パン、パン』と手を叩いてひと仕事終えたような仕草をする彼を見て、私は。
「え〜〜〜〜〜!!?」
仰天、した。それはもう目玉が飛び出そうなぐらいに。
まだ数秒と経っていないのに50体程の魔物が――本当にボコボコにされて、彼の後ろで山積みになっている。
ゴブリンとかスケルトンぐらいならまだしも、リザードマンやオーガなんて手強い魔物も混じっているのに!?
見た目が黄金に変わっているのが伊達じゃないとしても……あんな片手間のように処理できるものか!?
「ウ"カ"ッ……ア"ア"アアッ!」
ゾンビの方も、動揺したように私から距離を取ってまた咆哮を上げる。
するとどこからともなく現れたのは、ホブゴブリン、エリートリザードマン、ボスオーガだった。
上位種……!?
このゾンビ、上位種まで打ち負かして子分のようにしているとは……恐ろしい。
「ッ」
だけどマコトは一切怯むこともなく、無言で駆け出していく。
「グゥギャアァ! ……アギャッ!!?」
ホブゴブリンの短剣を避けるように跳び上がって回転し、そのまま脳天に踵落としを命中させると、ホブゴブリンの小さな体が地面に沈む。
「ウォォオアアアア!!」
「うるせぇ」
「ウォッ……!?」
速度を緩めないマコトは、咆哮する巨大なボスオーガが振るうトゲ付き金棒を簡単に払いのけ、顔面を鷲掴みにして地面に叩きつけた。
「ジャアアアッ!!」
大きなトカゲのような魔物、エリートリザードマンの槍による突き攻撃も難なく避けて、
「ふんっ!」
「オォッ……?」
貫手で、文字通りエリートリザードマンの腹部を貫く。
背中から黄金の手が飛び出してる……それを戻す勢いで、
「ジャオッ……ォ……」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜!!!?」
私の目玉がまた飛び出そうになる。いや、今度は本当に飛び出したよ。
ズボッと抜いた手には、エリートリザードマンの内臓が握られている。
手を……ハラワタごと抜き取ったのか……
流れるように三体の上位種を始末したマコトは無言で進み続ける。
狙いは初めから言っていた通り、ゾンビだけなんだろう。
「……!」
ゾンビの方も最終決戦だと察したように、何も言わずゆっくりと歩いてく。
二人とも、私など眼中に無いらしい。当然か。
――――シャッ!!
――――シャッ!!
その瞬間。二人の姿が消えて、
「おおおおお」
「オ"オオ"オオ」
二人の姿が現れた瞬間に互いの拳がぶつかり合い、
ドオンッ
と巨大な音が鳴る――爆発音にしか聞こえなかった。
金色の拳と、赤い炎の拳。
威力は本当に爆発のようで、私は爆風に耐えきれず再び吹っ飛ばされてしまう。
殴られ、吹っ飛び、転がり、もう私の体は傷だらけだ。
周囲が化け物揃いで、やはり私の居ていい場所ではないと痛感する。
いったい、どうなってしまうのか。
ここまで関わってしまったのだから、何らかの因縁がありそうなこの戦い――決着ぐらいは拝みたい。
そう思って起き上がると、
「えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!??」
もう、終わってた。
私の目玉は飛び出して、それどころか飛び出した目玉が渦を巻きながら、目の前の光景を凝視することしかできない。
両手を上げて「カンカンカ〜ン! ゴング〜っ!!」なんてフザける黄金のマコト。
その後ろで無慈悲に殴られまくった少女のゾンビが、たんこぶだらけで目を回して倒れていた。
とんでもないものを見てしまった……




