#64 氷の悪魔
くっそ……ポンプとアバルドが脱落か。
頭を使う感じと思いきや単純すぎるシステム、と思いきや抵抗もままならねぇ運ゲーときてやがる。
それに、
「おいバートン……このゲーム、どうやったら終わるんだ!? お前も知ってるだろうが、俺たちは遊んでる場合じゃねぇんだよ!」
「うるせぇナぁ、もう少しゆっくりしてけヨ」
「だ、だからお前……」
「話は後ダ。見ろ、次の犠牲者が決まったゾ」
全然話が通じねぇ!
確かにルーレットが止まり、よくわからん名前を指してるが……
俺が気になったのはルークの様子だ。
国民から『天才』とも呼ばれる魔術師団のナンバー2の男、何も考えてないワケがねぇと思ったからな。
「……」
あいつも土塊の足場の上で身動きが取れてねぇが、一番近くの壁にある『土の結晶』を凝視してる。
やっぱ、何か考えてそうだな。
「え〜!? 俺かよぉ!」
そういやルーレットでプレイヤー決められてたか。選ばれたのは盗賊の三下だな。
選ばれたヤツも、周りの盗賊仲間もパニックになってる。
選ばれたヤツが岩の塔の上部を指差し、
「じ、じゃあ①だ! 一番上のやつだ! 別にそれだって良いんだろ!?」
「ああ、もちろんダ」
バートンがまた指を動かして①と彫られた、一番上の岩を引き抜こうとする。
でも、その岩の側面から蜘蛛の足みてぇなのが生えてきたぞ!?
────ガシャァンッ!!
引き抜かれる直前、変な足が大暴れして、下に広がる岩の塔を崩した。
まさかこれもゲームオーバー……?
「ということでお前も処刑だナ」
「ふ、ふざけんな理不尽すぎるだろ! や、やめっ、嫌だぁぁぁ──グフッ!!」
えげつねぇ。
盗賊はトゲに全身を貫かれ、力無くアリ地獄へ落ちてった。ありゃ死んだよな。
「次はお前ダ。早く選べヨ」
いつの間にか回り、止まっていたルーレットが指したのは、またしてもモブ盗賊。
「え、え〜っと、え〜〜っ……と……!」
「残り3秒」
「ちょ、ちょい待って!」
「時間切れ」
「ぎゃあああ〜〜ッ!!」
他の仲間がやられてるのを見てプレッシャーを感じたんだろう、10秒以内に選べなかったんだ。
クソ、時間切れでも全身串刺しの刑かよ。
「彼らが悪党なのは察せますが……ひどい。胸糞悪い空間ですね」
「いくら何でも、な……」
ルークが『土の結晶』を凝視しつつも愚痴ったんで、俺も同調する。
敵だし俺の手で殺すことだって考えられた盗賊どもだが、何かバートンが一方的にイジメてる現場を見てるみたいで、気持ちの良い光景じゃねぇんだよな。
だが、その後も。
次から次に、名も知らねぇモブ盗賊がルーレットに当てられていく。
ある者は不正解の岩を引き。
ある者は崩れる塔に巻き込まれ。
またある者は時間切れで。
次々、死んでいく……誰も、一つも抵抗できねぇバートンの独壇場の上でな。
この所業を見て、黙っていない男がいた。
「バートン!! お前、どういうつもりだぁ!? さっきから俺様の部下ばっかり選びやがってぇぇ〜〜〜!!」
「おいおい〈運命の回転盤〉が見えねぇのカ? 偶然が続くことだってあるサ」
「にしても出来すぎだろうがァ!! 一度は信用したってのにぃぃ〜〜〜!!」
盗賊の長、キャプテン・ブラック・ビアードが声を張り上げる。相当怒ってんな。
対するバートンは変わらず飄々としてるが。マジであいつ何考えてんだ。
俺には疑問があった。
「待てよブラックビアード、落ち着け! 確かに今はお前の部下ばっかりだ。だがこのゲームどうやってクリアすんだよ! このまま終わらずにルーレット回り続けたら、いずれ全滅だぞ!?」
「んん? た、確かに……!」
「そこんとこどうなんだよバートン!? どうせ抵抗できねぇんだ、そろそろ教えてくれたっていいだろ!?」
「……」
俺も怒鳴るようにバートンに聞いてみる。あいつはしばらく俺を見下ろし、無言だったが……
口を開いた。
「その通り──全員死ぬまで終わらねぇヨ」
「「「ッ!!!?」」」
言ってる途中で、もしかして岩を全部安全に引き抜いたら……とか思ったが、とんだ肩透かし。
全滅がクリアだってよ。
俺は拳を握りしめる。
「ふざけやがって……!」
要するにこりゃただの殺戮だ。
ゲームという見た目、体裁を得ただけのな。
「どうせ、そうだろうと思いました」
完全にバートンに失望しているルークは、まだ『土の結晶』を凝視し続けてる。
顔に若干の汗もかいてるが……状況に焦ってるようにも見えねぇんだよな……
「──ぎえアアアアッ!!」
「畜生、畜生……俺様の……盗賊団が……」
今、モブ盗賊の最後の一人がミスって、無惨にも葬られた。
声を震わせたブラックビアードが、さすがに頭を抱えてる。一人じゃもうキャプテンとも名乗れねぇだろう。
──皮肉にもバートンに『強制支配魔法』とやらのコツを教えたのはブラックビアードとか言ってたよな。
一度は手を組んだヤツに裏切られ、全滅寸前まで追い込まれる、か。
バートンの野郎は最初からこうするつもりだったんだろうか?
ま、あんなクズどもに興味なんか無ぇが。
「よっし、気を取り直して次の犠牲者に行こうカ」
盗賊団がほぼ全滅してもやっぱりゲームは終わらず、バートンも意気揚々とルーレットを回しやがる。
止まった。
「ん?」
おもむろに盤面を見る。
書いてある名前には、心当たりが……!
『プラム』
ちょっと……ちょっと待てよ?
ヤバい……!
「嬢ちゃん……こりゃ、いかん!!」
「プラムちゃん!?」
レオンが、アーノルドが。
「ッ!! そんな……っ!」
ルークが。
「プラム……忘れてた! このゲーム、今のお前が一番当たっちゃいけねぇヤツだったんだっ!!」
そして俺が。
戦慄する。最悪の状況だった。
「ウ"ゥウゥゥゥ! オ"ゥ"ゥウッ!」
プラムは今、この有り様だ。
ゾンビ状態のあいつは、ご覧のように、喋ることすらできねぇ。
「バートン!! ナシだナシ!! もう一回ルーレット回してくれ!」
「あ?」
「見りゃわかるだろ!? 今のプラムは喋れねぇし岩を選ぶこともできねぇ! 参加資格が無ぇってことだよ!」
「……」
「ダメならわかった、俺にしてくれ! 代わりに俺がプレイヤーになるよ!」
「……悪いが〈運命の回転盤〉は絶対なんでネ」
「お前ぇぇぇッ!! 動けりゃ今すぐ粉微塵にしてやる!! 銃生み出せりゃ蜂の巣だ、この野郎!!」
ヘラヘラと笑ってやがるバートン。
どうやら唸り声を上げることしかできねぇプラムにも、救済措置すら与えてくれねぇらしい。
じゃあもう、今ここで死ぬしかねぇじゃねぇかよ!!
ゾンビだから串刺しにされてもすぐ死なねぇかもしれんが、傷が再生するワケじゃねぇはずだ。
穴だらけのまま元のプラムに戻したら……その瞬間に死ぬだろう。想像もしたくねぇ!
何だよ、クソ……
俺より先にプラムが死ぬなんて……
残り時間、7秒。
「……マコトさん」
「ルーク?」
「本当に、良いんですね?」
「は?」
「最初、あなたが僕に言ったことです」
「……っ!」
残り時間、4秒。
ルークの質問に俺は頷く。
「ようやく掴みました────!!」
その瞬間。
ルークがずっと凝視していた『土の結晶』が、たった一つ、茶色から青色にボワンとカラーチェンジ。
俺にも直感でわかった。
あれは『水の結晶』だろう。
ルークが自分の水属性で、結晶をさらに上書きしたんだ。
すげぇ。バートンと違って誰かからコツを教えてもらったワケでもねぇのに。
あいつ、ずっとこれを狙ってたのかよ。
「何ぃっ!? だが残り時間僅かダ! 半年前に俺をコケにしたガキ、復讐してやるゼぇ!」
狼狽えるバートンだが、タイマーの残り時間はあと2秒。
結晶を一つ自分のものにしたことでルークは体の自由を少し取り戻す。
「もうマコトさんしか間に合いませんっ!!」
ルークが撃ち出した氷柱が、俺の足元の土塊を破壊する。あいつとプラムの間に俺がいる感じだし、俺を狙うしかなかったんだろう。
俺は飛ぶ。プラムはすぐ隣だ!
「誰か、受け取れっ!!」
白いポーションが入った小瓶を、誰にともなくブン投げた。
俺が死ぬ前にトゲで粉々になったら、復活してくれるかわからねぇからな。ゴーレムに潰された時はガチ即死だったし。
「プラムっ!!」
飛びかかり、軽くプラムの顔を殴って大きく仰け反らせる。
結果、
「ッ、ごふっ……おぅ……!!」
胸を、腹を、腕を、腿を、足首を。
ぶっといトゲで、四方八方から串刺しにされまくった俺は血反吐を吐く。
「プラ……ム……お前が、無事……で……よかっ……グッ、グフッ、オェ……!」
「カ"ァッ、アア"ァッ!」
「安心……しろよ? ルーク、が……何かを、掴んだってよ……あとはあいつ……に、まかせろ……」
言葉を理解すらしてねぇプラムゾンビに、俺は安心させるように話す。
頭おかしいよな。
意識が……遠のいてきた……
あぁ……何だろうな、ちょっと寒ぃな……
ははは。
▽▼▼▽
▽ ▽
私はジキル。
思えばマコト・エイロネイアーを殺すためだけにダンジョンに入ったのに。
どうしてこんな目に遭わなければ……
「んっ?」
──パシッ。
飛んできた小さな何かを、反射だけで掴む。手のひらに収まったのは、
「小瓶? 白い液体が入っている……あ」
今まで岩の塔に気を取られていたが、
「マコトっ!!?」
たった今、マコト・エイロネイアーが処刑されたらしい。
向こう側だからよく見えない。『るーれっと』とやらで選ばれたのは奴ではなかった気がするが……
何だか魔術師ルークの様子がおかしいな。奴が何かをした結果、マコトが死んだのだろうか。
ということは仲間割れか。
「クソ、『天才魔術師』ルークを侮りすぎていたナ……! だがゾンビのガキは死ななくても、マコトに復讐してやったゾ!」
「……バートンさん……!」
私たちの遥か上で、バートンという土の魔術師が高笑いしている。
それを憎たらしげに睨むルーク──奴の周りの魔結晶だけ、徐々に青色に変化していくが……?
「あなたは……やりすぎ、ました……!」
「あぁ? お前が俺を信用しすぎたんだヨ」
「ヒ……ヒヒ……」
あの不気味な笑い声は、ルークのもの……としか思えない。本格的に様子がおかしい。
「な……何ダ!? 俺の〈強制支配魔法〉が……今にも覆されそうダ!! せめて最後にもう一人……!」
ルークの状態、次々に青色に変わっていく結晶に恐れをなしたバートンが、大慌てで『るーれっと』を回した。
示されたのは、
「え……俺? 俺!? 今さら!?」
「ハイド……」
ハイドが選ばれた。すっかり空気だった私たちの方にも矛先が向いてしまったか。
「ハイド! 残り時間の10秒は間に合わないが、その直後に状況がひっくり返りそうだ! 慎重に岩を選んで!」
「わかった! わかった! ㉜の岩だ!!」
「……え?」
さんじゅう……に? って言った?
すんごい下の方なんだけど……こいつバカなの? あ、そういえばバカだった。忘れてた。
「よし抜くゾ、後悔すんなヨ!」
────ガシャンッ!!
結果。
何の罠も無かったが、抜いた後に落下する岩の数が多すぎて普通に崩れた。
いやホント、このバカ獣人……
「ンギャアァァァァ────ッッ!!?」
ハイドの足元から無数のトゲが飛び出し、足や腹を貫通。そのまま流砂へと落ちていってしまった。
普通の人なら死ぬがハイドは……あれぐらいで死なない、はず?
って、
「ちょっと! 塔がっ!? よりにもよって私の方に倒れてくるんだけど!?」
ゴゴゴゴ……と音を立てて、大量の岩の柱が私目掛けて倒れかかってくる。
ああ、終わりだ……そんな私が最後に目にした光景は、
「──ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
あの壊れそうなほどに笑っている不気味な生物は、何だ?
あそこにいたのは確かルークだったはず。
だが今あそこにいるのは──全身を氷のようなもので覆い、目は虚ろで、口には牙が並び、頭には角があり、尻尾も……
まるで『氷の悪魔』のようだが。
あの悪魔を中心にして、部屋内に猛吹雪が広がり、
「うぉおおッ!?」
悪魔が猛然と吐き出す氷の息吹が、バートンを狙う。
しかし〈強制支配魔法〉とやらの力でバートンは見えない防壁のようなものに包まれていたらしく届くことはない。
そこへ、
「おらぁーっ! マコトどこだー!」
壁を破壊して乱入してきたのは──あの赤髪の男は騎士団の団長、ジャイロ・ホフマンのようだ。
やはりマコトとはズブズブの関係なんだな。
さらに壁は大きく破壊され、
「ギゴゴ……!」
「ぬあああぁ!!」
あれはまさか……『ダンジョンの番人』ゴーレムか!? いやあの巨体、そうとしか考えられない!
それと戦っているもう一人の巨人は……騎士のウェンディじゃないか!? なぜあんなに大きくなった!?
「どっ、どうなってんダぁぁ〜〜〜!?」
岩の塔や、壁から生えていた魔結晶たちが、ジャイロの炎に、ゴーレムの巨大な背中に、ウェンディが振るう巨大な氷の剣に破壊され……
そして何よりも『氷の悪魔』の、この世のものとは思えない絶大な魔力に……
バートンの〈尖った岩と死の遊戯〉は、完全崩壊を喫した。
そして私は、
「いやぁああぁ〜〜〜……」
岩の崩落に巻き込まれ、流砂に飲み込まれ、結局ハイドと運命を共にしてしまうらしかった……




