#59 混迷極めしダンジョン
主人公があんな状態なので、シリーズ初の三人称です。
──マコト・エイロネイアーがあっけなく死亡した後。
まだダンジョン内で生き残っている者たちは、混乱していた。
「……マコト、さん?」
再会早々に彼を失ってしまったルークは、危機的状況だというのに悲しみを隠せない。
「そんな……僕は、僕が、あなたと距離を置いていたのは……失わないためだったのに……」
「ルークさんっ!!」
「え? ……うっ」
スライム状の何かに体当たりされた後、大きな衝撃が響く。
巨大な拳が、すぐ真横に落ちてきていた。
「ギゴゴ……」
マコトの血溜まりの上に鎮座する、超巨大な魔物──80メートル以上の体。
そんな大きさを誇りながらも『それ』は機敏に跳び上がり、天井を突き破っていった──
▽ ▽
混迷を極めているのは、偶然にも、マコトの死を知っている者だけに限らなかった。
「はー、はー……! マコトがどこ行ったか知らねーが……ブラックビアードは放置しちゃいけねー気がする……!」
ジャイロ・ホフマンは騎士団の団長として、倒すべき敵を定めようとしていた。
背負っている気絶中のアバルドをできるだけ安定させながら走っている。
ダンジョンのボスを倒すのももちろん大事だが、ダンジョンが消滅したところで盗賊は消えないのだ。
そう。
ボスの正体がもし、憎き『宿敵』だったとしても──
「ん!? 何だぁー!?」
その時、走っていたジャイロの後方から爆発音のようなもの。
振り返ると、超巨大な魔物らしき物体が、下の階から上の階へ跳び上がっている最中だった。
▽ ▽
「はっ……はっ……」
とある人物もまた、ダンジョンの最奥を目指して進んでいた。
その途中、
「あ……ウェンディちゃん!!」
「ラムゼイ……ネムネムも……」
二人の新人騎士と再会したウェンディは安堵を覚えた。
新人だというのに、団長補佐という上司であるウェンディを『ちゃん』付けしてくるラムゼイの生意気さには、何も感じないわけではないのだが。
しかも、
「マジで無事で良かったすよぉ!!」
「う……ラムゼイ……?」
ラムゼイは遠慮なく抱きしめてきた。
かろうじてマコトの上着を一枚羽織っているだけで、ほぼ下着姿のウェンディを、だ。
「あのな……」
「え? なんすか? 俺悪いことしてます?」
「……私は理由あって裸同然なのだが……」
「俺のために脱いでくれたのかと思いまして!」
普段からラムゼイは、ウェンディに対してスキンシップが多い。やたら多い。異常なほど。
「……」
ネムネムも見飽きたといった感じで、無言で呆れていた。
抱きしめたのを離さないまま、ラムゼイはウェンディに話しかける。
「その上着、見たことあるような……もしかしてマコトさんのですか? あのおっさんに……何か卑猥なことされました!?」
「スライムに鎧を溶かされてしまってな……貸してもらった」
「あ、あぁ、スライム……チッ、機会を逃したか。……あ〜〜俺たちもジャイロ団長やアバルド小隊長とはぐれちゃったんですけどね」
「一緒にいたのか! 無事ならば早く合流を──」
「まぁまぁ慌てないでくださいよぉ。とりあえず俺が『絶対に安全な部屋』を見つけたんで、ウェンディちゃん案内したくて!」
「は? いや、それよりも──」
「こっちです。来てください」
ハグをやめたと思ったら、今度は有無を言わせずウェンディの手を握り、安全な部屋とやらへ引っ張っていく。
が、
────ボコォオッ!!
ずかずか進むラムゼイのすぐ背後、呆れているネムネムの正面。
二人の間でされるがままだったウェンディに、危機が迫る。
巨大な手が地面から飛び出し、ウェンディの全身を包んだ。
「な……っ?」
「ウ、ウェンディちゃんっ!!?」
すっぽりと収まったウェンディの体が──グチャリ、と潰されてしまった。
明らかに即死だ。
握られた拳から血が滴る。
拳の持ち主が、超巨大な体躯を地面から這い出させる。
「『ゴーレム』め……この出来損ないがァァァァ!!!」
ラムゼイが激昂する。
その名こそが、異世界でも上位の強さを持つはずのマコトやウェンディの命を奪った、巨大な魔物の正体だ。
▽ ▽
「さっきから変だ……異様に揺れていないか? ダンジョン」
メイド服の殺し屋ジキルが、刀でホブゴブリンを斬り殺して質問する。
「デカイ魔物! デカイ魔物! どっかで暴れてる!!」
狼獣人の殺し屋ハイドは、ミニゴーレムをバラバラに破壊しながら答えた。
「……本当に良かったのか? ウェンディを逃がしたが」
「報酬なくなるヤダ! ヤダ!」
「……そういうこと、よね」
丸くなったように見えるハイドだが、やはり脅しが効いているだけのようだと、ジキルは納得。
殺し屋コンビが辿り着いたのは、妙に広大な空間だった……
▽ ▽
「あ〜〜……いでで……ん?」
「キャプテン!」
「お目覚めで!?」
マコトに派手にぶっ飛ばされたキャプテン・ブラック・ビアードは、部下に見守られながら目を覚ます。
しかし、
「おい何だコイツは!? マコト・エイロネイアーの仲間じゃねぇか、どうして近づかせてんだぁ!?」
ローブを深く被った男が、ブラックビアードのすぐ目の前に腰を下ろしている。
確か土魔法の使い手のようだったが、よく見ると──
「い、いやぁ……」
「俺たちのことも治療してくれて、キャプテンも……」
「どういう風の吹き回しだぁ〜〜!?」
土の魔術師は、ブラックビアードの体に回復魔法を掛けてくれているようなのだ。
「そうカッカすんなヨ、キャプテン。助けてやってるだけダ」
「だから急にそんなことしやがって、怪しさしか無ぇってんだよ!」
「俺はバートン。これには理由があってナ」
回復魔法を終えたバートンは、指を二本立てて説明する。
「一つ目、あんたの魔法操作技術に惚れタ。あの『強制支配魔法』。ダンジョン限定だと言っていたが、あれは極めれば確実に地上でも使える素晴らしい技術ダ! 教えて欲しい!」
「あぁ〜ん!? マコトとつるんでるような奴に教えるわけ──」
「二つ目、俺はマコトの仲間じゃねぇ。逆に敵なんダ。知ってるだろ、半年前のあいつと魔王軍との戦いをヨ。俺は魔王軍側で敗けた今、理不尽に働かされてんダ……手を組んで一緒にマコトを殺さねぇカ?」
「ほぉ……そんな事情が?」
筋の通った理由だ、とブラックビアードは自身のヒゲを撫でつつ思案して──
「ウ" ウ"ゥ……!」
「ん?」
彼の耳に飛び込んできたのは聞いたこともない、まるで魔物のような唸り声……しかし振り返ってみれば、
「あれは女……ガキ? の、……ゾ、ゾンビか!? ダンジョンの中には実在したのか……!」
「ひー!」
「こえー!」
バートンも気づく。
フラフラと歩いてくるアレこそが、マコトがダンジョンにやって来た目的の少女プラムだ。
しかも半年前、バートンのことを倒してきたのも同じく少女プラム。
憎き相手だ。
「なぁキャプテン?」
バートンは、ブラックビアードに耳打ちをする。
「檻か何か持ってねぇカ? ゾンビだぞ、捕らえて見世物にすりゃいい金になるゼ」
「……なるほど! いい提案だバートン! 俺様お前のこと気に入ってきたぜぇ〜!?」
それぞれ杖と剣を構え、プラムゾンビとの戦闘が始まる。
────様々な勢力が集まり、思惑が交錯するダンジョン。
まだ『ボス』も『お宝』も正体不明の中、いったい、どうなってしまうのか────




