#5 お酒と愚痴
――このオレ、団長であるジャイロ・ホフマン率いる騎士団。
今オレたちは臨時任務中。上空に広がるガーゴイルの群れどもを馬に乗って追いかけてんだ。
「くっ……速い!」
「やはり、まっすぐ『学園』に向かっています!」
部下たちが空を見上げながら声を掛け合う。
オレもガーゴイルどもを見るが、
「妙だぜ……まるで『学園』に引き寄せられてるみてーに、まっしぐらだな……」
▽ ▽
▽▼▼▽
ったく……どうすりゃいいんだ。リリーのこと。悩んでるのは当然俺だけじゃなく、
「まさか、リリーもあんなことになるなんて」
「……あぁ、お前もこの『学園』に通ってる時期はあったんだっけ。プラム」
異世界に来た初日の夜に、プラムが話してきたことだったな。
プラムは柄にも無く下を向いて、
「うん。少しだけね。イジメとまではいかないけど、嫌われてて友達はいなかった……リリーは私とは正反対なのになあ」
リリーのことが本当に大事だから、心を痛めてるみたいだ。友達思いじゃねぇか。
「まぉお前は生意気なクソガキで、リリーは優しくて真面目で頭良くて可愛くて清潔感あってトーク力あって楽しくてオタクに優しくて笑顔が素敵でトリプルアクセルができて弓矢も上手くて優しくて真面目な優等生って感じだもんな」
「もう意味わかんないんだけど! 頭が混乱するし! 殴っていい!?」
「殴っていいわけ……お、おいやめろ、マジで殴るな痛ぇ痛ぇ!」
元気出させようと冗談言っただけなんだが、プラムは割とマジで殴ってくる。何発も。痛ぇ。
でもそれは俺に怒ってるわけじゃなくて、
「あいつらっ、ほんとムカつく!!」
「いで、いでで! おいバカ、俺でストレス発散すんな! あいつらに攻撃すりゃ良かっただろ!」
「バカぁ! マコトだってリリーの気持ち知ったらどうしたらいいかわかんなくなったクセに! それと同じだよ!」
「うぐっ!」
「ねぇ見た!? リリーの体! 首には絞めた痕みたいのあったし、腕にはアザあったよ!?」
「な、マジで言ってんのか……!? やり過ぎだろあいつら……!」
「嘘なんかつかないー!!」
「待てプラム」
ちょっと泣きそうになっているプラムの細い両腕を、俺は両手で掴む。
そして立ち上がり、プラムをぶらんぶらんと宙に浮かせて、
「……任せろ。俺がどうにかしてやる」
彼女の目を見て、そう宣言する。殴られて逆に考えがまとまった気がする。
と言っても俺流――つまり脳筋作戦だが。
こうなりゃ特別講義とかそっちのけでイジメ問題を解決してやろう。
そう決意した瞬間、
「ん〜? その声ぇ〜、マコトさん〜?? 『異世界から来た救世主』様のぉ〜? それとも特別講師のぉ〜? ひっく!」
「……あ?」
すぐ近くの部屋、『用具室』から俺を呼ぶ声が響いてきた。
突然でビビったが、スライド式のドアをちょっと開けて中を覗いてみると、
「うおッ!?!?」
「……どしたのマコト?」
いかん。驚きすぎて声が出ちまった。すぐにドアを閉める。
心配してくる(っつーか部屋の中身に興味津々って感じの)プラムに、
「お前、先に教室戻ってろ……」
「え? なんで?」
「いいから。すぐ戻るから……」
「わ、わかったけど」
俺はたぶん今、微妙な表情をしてる。けどまぁプラムは従ってくれて、歩いてった。
さて、こっちの問題を解決しねぇとな。
「おいおい……こんな所で教師が何してんだよ。フィー先生?」
「うぃ〜……うるひゃい! あんたにぃ、関係にゃいにゃい!」
「あるだろ!!」
手に、酒のボトルを持ったフィー先生。
水色の髪を振り乱し、上半身はブラジャーのみで、顔は赤らみ、完全なる酔っぱらい。
こりゃ、ひでぇな。
刺激が強すぎてガキには見せられんぞ。
「休み時間増えたからって、めちゃくちゃに飲みまくったんだろお前。何やってんだよ……」
「あんたのせい、れすよぉ!?」
「ほらやっぱ関係あるんじゃねぇか……っておい近い近い近い! 服着ろ!」
ブラジャーのみの上半身が、躊躇いもなく俺に迫ってきた。歳上に挑戦的な態度取りやがるぜ、最近の若いのは。
けっこう胸デカいのな……気づかなかった。着痩せするタイプらしい。
「教師ってホント、大変なんれすよぉ!? なのに、なのになのにぃ、あんたが来て、余計な疲労が溜まる溜まる! うぃっ、メーワクすぎ!」
ちょっとイジりすぎちまったか。ハサミで髪切ったりとか、ちょっと悪ふざけが過ぎたな。
「あぁ悪かったよ……ちょっと、そろそろ離れろって……」
「いやれす!!」
「何で!?」
「ん〜〜〜〜〜〜もうっ!」
身長差的にフィー先生の頭が、俺の胸にうずまってくる感じで、それプラス両手でバタバタとパンチしてくる。
いや、どういう状況なんだよ。
「ん〜……あのチョー元気な子供たちを、まとめるだけでも大変なのにぃ……あんたひゃ、あんたが色々言って、あたひがぁ……あたひがツッコミを入れてぇ……!」
俺が来る前からずいぶんストレス溜まってそうだが、とにかく今回のことは俺が悪ぃか。
「ああ、わかったわかった。すまなかったよフィー先生――じゃなくて、フィーナン」
「ひくっ!?」
胸の中にあるフィーナンの小さな体を、俺は抱きしめてやった。
不思議と彼女は大人しくなる。
「……酔いが醒めました。ど、どういうつもり、なんですか……マコトさん?」
数秒後、講義中のフィー先生と同じ声に戻ってやがる。早ぇな。
「今回のことは俺が悪かった。だからお詫びに、人肌ほどの温もりをプレゼントだ」
「意味……わかりません……」
「気を悪くしたなら、すまん。何だか寂しそうに見えたんだ。お前が」
「……否定、しませんけど……あの」
「ん?」
フィーナンは冷静な声のまま。でも頭を俺の胸にスリスリしてくる。
くすぐったいぞ。いい匂いするけど。
「マコトさんの心臓って、その、不思議な音がするんですね」
「は? ワケわからんこと言うな……なぁフィーナン、聞きたいんだが」
「何ですか?」
「リリーって生徒、知ってるか」
「あ、はい……良い子ですよね。彼女がどうかしたんですか?」
知らねぇ素振りをしてるが、たぶん嘘だ。
「知ってんだろ。お前んとこのアールが、あの子を目の敵にしてイジメてること」
「っ!」
フィーナンの息を呑む音が、確かに聞こえた。
ほらやっぱりな。
「でもアールが貴族の息子だから先生たちは何もできねぇんだろ。気持ちはわかるが、リリーは俺とプラムのダチなもんでね――俺がこの一件を解決することにした」
「っ、そ、それはいけません……学園長が何と言うか……」
学園長ねぇ。学園のボスってワケだ。
うん、確かに言うことを聞かなきゃいけない気がするよな。だが、
「忘れんなよ。俺は『救世主』だぜ? 世界を救ったんだ。一人の女の子や一人の先生、たった一つの『学園』救うぐらい、朝飯前ってヤツさ」
黙りこくったフィーナンに「服着ろよ」と注意してから用具室を出た俺は、特別講義に少し遅れることを伝えた。
彼女は頷かなかったが、まぁわかってくれるだろう。
――だが、俺は気づいてなかった。
イジメだの特別講義だの関係なく、チャイムが鳴る気配が全く無いってことに。