#49 チーズスナックの半額セール
「……そうだ、ポーションの小瓶はっ!?」
ふるふると震えながら座っている下着姿のウェンディをよそに、俺は懐に入れていた超大事な物のことを思い出した。
スーツが溶かされちまったが、プラムゾンビを治すための白いポーションが――
「あぁ、あった!! はぁ〜良かったぜ……」
すぐ近くに、ちょこんと落ちてた。
スライムに溶かされてたら終わりだった――こうも初っ端から壮絶だと忘れちまいそうだが、俺の目的は『プラムの救出』だけなんだからな。
あと今心配なのはポンプだ。部屋の真ん中で大の字に倒れてるが……
「おいポンプ! 死んじゃいねぇよな!? スライムは吐き出したんだ、もう大丈夫なんだぞ!」
「……あぁ……ブラストもやられてしまって……このままでは新人が二人も……!」
白い髪で両目が隠れた――今ウェンディの発言でわかったが新人騎士のポンプ。
俺は、微動だにしない彼女の頬を必死に叩いた。
「――ん?」
と、ここで気づいた。
俺の周り――いや、部屋全体に黒い塵のようなものが舞ってるんだ。
目を凝らすと、どうやら出どころは部屋じゅうの『闇の結晶』らしい。
全部壊しちゃいるんだが、
(考えてみると……ダンジョンに入ってきた最初の頃から……なんか息苦しかったような……?)
こんだけ無数の『闇の結晶』が蔓延ってるダンジョン内だ。
もしかすると気づいてなかっただけで、この状態がずっとデフォルトだったのかもしれん。
あんなデカいスライムは地上で見たことねぇしなぁ、俺の知識が狭いのか……あるいは、この『闇の塵』の影響かもな。
「……は? っておい、ちょっと待て!」
「どうしたのだ……マコト?」
だが話はこれで終わりじゃなかった。
空気中の『闇の塵』が妙な動きをして、まるで魚の群れみてぇな一体感を出し、そのまま――
「何する気だ!?」
ポンプの体に入り込んでいった!?
ウェンディには見えてねぇようでポカンとしてるが――
「ん……ウェンディ……小隊長……?」
「ポンプ! 目を覚ましたか!」
あれ?
隠れちゃってるから見えねぇが、きっと目を開けたんだろうポンプが、案外普通に起き上がってウェンディと感動の再会しちゃってる。
……俺の幻覚だったのか??
「マコト、紹介していなかったな。此奴はポンプ。新人で――私が率いる『一番小隊』の隊員だ」
「まぁ話の流れで大体わかってたが……ウェンディお前って『団長補佐』じゃねぇの?」
「その通り『団長補佐』であり、『一番小隊』も任されているのだ」
「へー」
確か学園でガーゴイル相手に共闘したアバルドが『二番小隊』の隊長って話だったよな。
前の騎士団にそういうの無かった気がするが――ジャイロのヤツも色々考えてんのかね。
「あ、あの……小隊長……」
「どうした? ポンプ、どこか痛む所――」
「す、すごく、その、刺激的な格好ですね……」
「ッ、言うなッ!!」
「私は……良い趣味だと思います」
「違うッッ!!」
すっかり自分の状態を忘れてたらしいウェンディが、また顔を真っ赤にしてモジモジしてる。
つい笑っちまいそうになる俺だが、
「そちらの方も……エッッッ!?」
「あ、俺もパンイチだった。ごめんな、こんな姿のおっさん見せちまって」
鎧を溶かされたはずのウェンディには、なぜか火傷が無いようで良かったんだが(ただのエロスライムだったのか?)……
俺はスーツ溶かされたままガチの高熱浴び続けたからな。全身焼かれて日焼けサロン行った人みたいになってる。
パンツが水着だったらただのサーファーだなこりゃ。
「それにしても……マ、マコト……何なのだ、その奇怪な模様は……?」
「え? これ? これは『ハート柄のパンツ』じゃんか。お約束だろ、こういう時の」
「そんな約束聞いたこと無いが……そもそも貴様も私もなぜ、下着は無事なのだ?」
「それは『ご都合』『大人の事情』ってヤツよ」
「……貴様……詳しいの、だな……」
俺のハート柄をチラチラ見たり見なかったりしながらのウェンディが、顔の赤さを増しながら色々聞いてくる。
この辺はもう触れないでおくぞ――ちなみにウェンディのは上下ともに黒だ。
「も……もしかして……あなたって……」
「え?」
ずい、とポンプが急に顔を近づけてきた。どうしたんだ? まさか疑われてるのか、こんな格好だが変態じゃねぇぞ。
ウェンディが困ったような顔をしながらも、
「……マコト。ずっと貴様に紹介したかったのだが、ポンプは――」
「マコト・エイロネイアー様ぁぁぁぁ!?!?」
「うぉ!?」
両目隠れてっけど、絶対両目をキラキラさせてるのが伝わってくる。
それほどポンプの熱量はすごい。
「夢にまで見た! 夢にまで見たっ!! この世界の救世主様っ! 私の憧れ!!」
「……え!?」
「あなた様を目指して……欲を言えばジャイロ団長やウェンディ小隊長と仲良くなってあなた様に会うために!! 騎士になったと言っても過言ではないんですぅぅぅ!!」
「えぇぇぇ!?」
いや最後のとこ騎士団側に失礼すぎだろ!?
つまりポンプは……こんなどっからどう見ても普通なこの少女は………
「握手してくださぁい!! キャー! キャー!! どうしようヤバい! 興奮、ハァッ、止まらない!」
「俺の『ファン』ってことか!?」
「『大ふぁん』ですぅぅ!!!」
「もう使いこなしてる!?」
とりあえず握手してみたものの、何だよこの不思議な感覚。
俺ってこんな、尊敬されたり崇められるような人間だったっけ? 嘘だろ。
俺と握手した両手を自分の顔に擦りつけているポンプだが、
「ハァ、ハァ……じゅるる。まさかいきなりマコト様の『ぱんいち』なるお姿を拝めてヨダレが止まらないところではありますが……よ、よければ……こんなものを自作してまして……」
「え? そいつは……俺のいつもの服!? どうしてお前が作れたんだ、初対面だよな!?」
「マコト様にとっては初対面でしょうけどね……へ、へへ……へへへ……」
「こ〜わっ!? ストーカーかよ!!」
つい肩を抱いてしまう俺。
俺の『イヤ〜ン』な姿をジロジロ見て、荒い息を吐くポンプが差し出してきたものは、スーツにシャツ、ネクタイにベルトに革靴……さっきまで着てたヤツまんまだ。
普段からこいつに見られてたってのか? 見ただけで作れちまうのもブッ飛んでるし。
「あっ! 貴様っ! マコトだけずるいぞ! ポンプ、小隊長である私の服や鎧なんかは――」
「ありません」
「馬鹿者ぉぉぉ!! ならば貴様の鎧よこせ!」
「いやです」
よこせって追い剥ぎか。仮にも隊員に向かって。
素直にポンプから服を受け取ろうとした俺だが、ウェンディが「いっ……」と呟いたのを聞いちまった。
見てみると裸足の足裏からちょっと出血がある。
――この『スライムの部屋』、扉の向こうと比べると多少は洞窟っぽさが薄れた部屋なんだが。
でもやっぱ地面ゴツゴツしてんだよな。
「なぁポンプ……それウェンディにやってくれよ。服のサイズ合わなくても、せめて靴や上着だけでも」
「キャーーー優しい!! 解釈一致すぎる!! そして眩しすぎるッ! さすがマコト様ぁ! 感激の涙止まらないぃぃぃ〜〜……」
「うるせぇな!?」
ちょっとこいつのノリついていけねぇって。いいから無言で渡せっての。
ウェンディは申し訳無さそうにしてる。
「マコト……すまぬな」
「まぁ上着羽織っちゃったりすると戦闘時の『ぷるん』が見えづらくなって寂しくなるが――」
「成敗ッッッ!!!」
「べふぅ!!」
ものすごい勢いで顔面ぶん殴られ、俺は久々に吹っ飛んだ。
――いや〜それにしてもポンプの件は驚いた。まさか助けたヤツが俺のファンだなんてな。初めてだぜ、こんなの。
アンチがいれば信者もいるってワケか。俺も有名になったモンだな。
「ずっと貴様に紹介してやりたかったのだ、マコト。ポンプは憧れの人物に会えて当然嬉しいだろうが――貴様も嬉しいだろう?」
後ろでポンプが喜びのあまり転がり回っている中、革靴を履いたウェンディが近づいてきた。
大の字に倒れて天井を見てる俺だが、ゆっくりと起き上がりながら答える。
「俺は……別に。そこまで思わん。変なヤツに好かれちまったなぁって……そんだけの感想だ」
「……」
「ただ、まぁ……」
「……?」
「チーズスナックの半額セールくらいには……嬉しいかもな……」
ウェンディが首を傾げようとした、その時。
「っ!?」
突然に出口が現れた。その先がどうなってるのかよく見えねぇが……
同時に反対側で、入ってきた扉もバァ〜ンと解放された。
「え?」
扉のすぐ向こうで――殺し屋ハイドが、メイドのジキルの脇腹に回復魔法をかけていた。
二人とも俺らに気づき、
「「「「「あっ」」」」」
五人分の声が重なった。




