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#46 スライムの部屋


「ぺち❗ ぺちっ❗」


「……」


 一般的な大きさ――だいたい50cmくらいの青い半透明のスライムが、俺の脛に体当たりしてくる。

 全然痛くねぇ。ひたすら健気で、なんか可愛く見えてきた。


 そういやぁスライムはバイクで轢いたことあるぐらいで、面と向かって戦ったことは一度もねぇか。


 こんなザコ、今さら殺さなくてもいい気がするが……魔物は魔物だしな。やっぱリスクマネジメントしとくか?

 ちょっと迷ってたが、


「グシャ!!」


「あ……」


 横からスライムを踏み潰したのは、先にこの部屋に入ってて扉を閉じてくれた男の騎士だった。

 ウェンディと同じく顔を除いてフルプレートなんだが、


「マコト・エイロネイアーだな? 『異世界の救世主』とか呼ばれてる……」


 俺の名を確かめるその表情は、あんまり良い気分とは言えなさそうなモンで。


「お、おう。よろしく――」


「ふざけんなよ? あんたがダンジョンと無関係な敵に追われて厄介事を招いたせいで、詳細不明の部屋に閉じ込められちまった! ダンジョンというもの自体が詳細不明なのに、どれだけ危険な状況か!」


「あぁ、そうだな確かに……それは悪かっ――」


「だいたい納得いかないんだよ。ジャイロ団長や先代騎士団長のエバーグリーンさんを差し置いて、あんたみたいなのが『英雄』と呼ばれてるのがな! 見ろよ、とんだ疫病神だ!」


「いやマジでハイド連れてきちまったのは反省してるが……今は肩書き関係無くねぇ? あと『救世主』だの『英雄』だのって、別に俺から名乗ったワケでもねぇし……」


 また出たよ『俺アンチ』。騎士団にも普通にいるんだなぁ、有名人も楽じゃねぇ。


 しかも俺が魔王を倒した事実って――遡ると、皆に広めたのは他でもねぇジャイロなんだけどな。

 騎士団の広場で『救世主』と紹介されてスピーチさせられて……うわ〜懐かしい。


「おい、ブラスト。無礼だぞ。謝罪するんだ」


 見かねたウェンディが注意した。でも俺アンチの騎士――ブラストは何も感じていない様子。


「何でですかウェンディさん? 今、あなただって危険な目に遭わされたんですよね」


「確かにマコトを狙った殺し屋ではあるが、彼が呼んだわけではない」


「こいつがダンジョンに来なけりゃ良かっただけの話です。俺は許せませんね」


「彼は友人を救いに来たのだぞ!」


 決して言い負けないブラストだが、ウェンディは台詞よりもその態度にカチンときてるみたいだったんで、


「――いいよ、ウェンディ」


 俺は感謝も含めて、彼女を優しく制した。


「しかし……」


「ブラストの言うことも正しい。プラムが心配で来たが、まぁお前とかジャイロ、ルークたちに任せるって選択肢もあったんだからな。巻き込んじまってすまん」


「う……」


 もっと言葉を足すこともできたが、とりあえず、つまらねぇ議論はここまでとしよう。

 ブラストも「話はわかるようだな」とか呟いてるし。


 ――お?

 気づくと周囲に、スライムがわんさか居やがる。やっぱり壁の結晶付近から生み出されてきてるな。

 ものすごい数だが、ぴちゃぴちゃ移動するばかりで全く脅威を感じねぇ。


「――おっさん、良かったな。どうやらこの部屋は危険じゃないみたいだ」


 皮肉っぽいことを言ったブラストは、スライムを一体一体踏み潰していく。

 もはやそれすら不要な気もするが。


「ブラスト……貴様も言ったように『ダンジョン』そのものが詳細不明なのだ。油断はするな」


「スライムごときにビビる必要ありませんって、ウェンディさん! さっさと出口を探しましょう」


「……まったく」


 ウェンディは露骨に落ち込む。

 出口探そうとか言いながらスライムを踏み潰すのを楽しんでるっぽいブラストに、俺は……



「おい、ブラスト。俺を嫌うのは自由だが――上司の忠告はちゃんと聞けよ?」


「……」



 無視されちまったな。

 

 ウェンディは『さん』付けで呼ばれている通り、確か『団長補佐』っていう実質の副団長というか、騎士団のナンバー2のポジションにいるヤツだ。

 そいつに「油断するな」って言われたんだから、もう油断するなよ。と思ったんだがな。


 一層悲しそうに肩を落としたウェンディが俺に近寄ってきて、小さな声で話してくる。


「ブラストがすまぬ……マコト。まだ新人なのだが」


「いいって」


「それに『上司』と呼ばれて思い出した――私には団長補佐としての威厳が足りないな」


「今はそうかもな。だが『いいヤツ』であり続ければ、そのうち部下にだって伝わるさ」


「……ありがとう」


 優しさ、厳しさ。態度や、努力すること――『いいヤツ』って言葉には色んな意味を込めた。

 俺から見るとウェンディは『すごくいいヤツ』だ。初対面では気づかなかったけど……


「ところでダンジョンってのは何なんだ? 詳細不明って割には、ウェンディお前、数日前に色々説明してくれただろ」


「ああ。騎士団所有の古い文献に、ダンジョンという存在が記されていたからな」


「入り口が見つかったの自体が数日前らしいが……どうして突然こんなのができたんだろうな?」


「わからぬ。魔王がいなくなり、この世界が不安定になっているのと関係している可能性はあるが……」


 やっぱ、それだよな。

 ここんとこトラブル続きだが、どうもおかしい。魔王討伐から半年の間は平和だったのに。


「えっと……騎士団はどうして突入したんだっけ?」


「ダンジョンの最奥には『ボス』が待ち構えていて、それを討ち取ればダンジョンが消滅する、と記されていたからだ――ダンジョンの生成に関して『ボス』の魔物がキッカケとなった事例もあるらしい」


 いかん。数日前にも『ボス』のことは説明された記憶がある。あの時は発狂してて集中できなかったんだ許してくれ。


「『ボス』ね……ゲームみてぇだな。ん? そういえばお前、ジャイロが『ボス』について仮説を立てたとか――」


「おっと、あの時は説明できていなかったな。マコト、このダンジョンが生成された場所に心当たりがあるんじゃないか?」


「心当たり? ジャイロだけじゃなくて、俺も?」


「うむ。ちなみに私にもあった」


 ウェンディもかよ?

 まず王国を出て……東の墓地を越えて……しばらく走ったら洞穴があったんだっけ。

 心当たりなんて――――


「あ……? おい、まさか……!」


 記憶の糸を手繰り寄せて、半年前の印象的な出来事が思い浮かびそうになる。


 その時だった。



「キャアアア――――ッ!!」



 俺とウェンディの背後から響くのは――閉じられた扉を見ていた女騎士の悲鳴だった。

 何だありゃ!? 女騎士の足元からネバネバした半透明の物体が伸びて、触手みたいになって絡みついてやがる。


「あれもスライムってか!?」


 亜種とか上位種とか、聞いたことなかったがスライムにもあったのかもしれねぇな。

 助けに入ろうとしたが、



「……ブラスト!? 足元に気をつけろ!!」


「え?」



 異常事態だと考えたらしいウェンディは、ブラストの方にも危機が迫ってると察知する。

 俺も見てみると、確かに。ブラストが踏み潰した無数のスライムどもの残骸――挙動がおかしかった。


 ブルブルと震え始めた残骸たちが、その中心にいるブラストに向かって一斉に飛んでいった!?


「う、うあぁぁあ!?」


 驚くブラストが残骸たちに飲み込まれる。

 集まった残骸は一体の巨大なスライムへと変貌し、半透明な体の中にブラストの姿が見える。


「ごぼ、ごぼっ……!?」


 マジかよ!

 水の中と同じように呼吸ができねぇらしく、苦しそうにしてるぞ!?


 さらに追い打ちを掛けるように、


「うぇん……でぃ……しょうたいちょ……」


「ポンプ! 今助け――」


「ん……んぶっ!? うぅ、ぶ……!」


 触手スライムに捕まってる、両目が髪で隠れたポンプって女騎士だが――触手スライムが口の中に入り込んでいってる。

 何をする気だ……!?


「ポンプ、無事か!?」


 ウェンディが向かう中、かなりスライムを飲み込まされたポンプが解放され、地面に倒れる。

 ふらふらと起き上がるが、



「ニン、ゲン……コロ、ス……」



 明らかに様子がおかしいな。


「ブラスト、ポンプ……どうすれば……うぐッ!? 何なのだっ、鬱陶しい……!」


 おまけにウェンディまで、下から飛び出した触手スライムに捕まっちまった。

 ちょっと待てよ、おい。


「スライムってこんなヤバい魔物だったっけ!?」


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