#44 しつこすぎる追跡者
「――ぁぁぁあああっ! ……おうっ!?」
デカブツの魔物が掘ってきたんであろう穴を落ちてく俺だったが、案外すぐ着地。
「……おっ、う、おぉっ、おう……!」
普通に体を打って痛かったんだが、着地点は下り坂でゴロゴロとしばらく転がりまくる。
「う……止、まった……?」
ようやく平らな地面に到着したぜ。はぁ〜久々に目が回った回った。
頭を抱えながら起き上がり、気づく――この場には俺しかいない。一緒に落ちてたヤツら、上から続いて落ちてきてもおかしくねぇのにな。
「……呑気だった。落ちる場所によっちゃあ、死人だって出るかもしれねぇよな……」
みんな、どうなったんだろう。
俺は高いところに落ちたおかげで、ちょっと体が痛い程度だが……まぁ考えたってしょうがねぇかな。
そんで、
「ここが『ダンジョン』ってか?」
ゆっくり立ち上がって見回す。
うん、誰もがイメージする『洞窟』まんまって感じだな。暗くてジメジメしてて、上からは鍾乳石みたいなのがいくつも伸びてる。
気になる点は、
「ところどころに黒い結晶……黒っていうか紫か? この色で思い出すのは……」
『闇』の魔法か。
聞いたところによるとダンジョンは魔物を生成する機能があるらしいが、魔物は『闇属性の魔法』から生まれるんだったな。
天井や床、壁、あちこちに生えてるコイツが、魔物を生み出す元凶ってヤツなのかも。
まだわかんねぇが――
「……うっ!」
「ん?」
今のは?
ちょっと離れたとこから、女の声がした。もしかしたら騎士団の誰かかも。
足元に注意しながらその方向に進んでみると、
「お、ウェンディ! 大丈夫か!?」
空中でも近い距離にいた女騎士、ウェンディ。俺と同じく転がってきたみてぇだな。
見たところ大したケガは無さそうで、
「……うう……マコト? 良かった、互いに命あったようだな……さっきは貴様のおかげで――」
俺も駆け寄ろうとしたんだが、
――――ドスゥゥゥンッ!!!
背後からの異常な音に足を止める。
少し地面が揺れるほどの衝撃、バカでかい音。
まるで、転がり落ちたり抵抗したりせず、地上からここまで高速で墜落してきたみてぇな……
とても嫌な予感がした俺は、ウェンディよりも先に音の発生源を見に行く。
土埃の中に見えたシルエット。
「げえぇぇっ!?」
心の底からの嫌悪感を叫んだ俺は、無我夢中で逃げ出した。これ以上無いほどの最悪の展開だぜ。
間違いねぇ――数日前に死闘を繰り広げたばかりのオオカミ獣人、殺し屋ハイドだ!!
しかもたぶん、小脇にジキルも抱えてた!
あいつら……クソったれがよぉ! こんなとこまで追ってきやがったのか!
正直ちょっとトラウマだ。あのレベルの戦いをこんな短いペースで何度もやらされちゃ、体より先に精神がもたん。
「今の音……は? ど、どうした……マコ――」
「しーっ! しーっ! ハイド! 殺し屋! ハイド! 俺狙い!」
「なんだって……!?」
逃げてる途中にウェンディが俺の名前を呼ぼうとするんで、必死にジェスチャーする。
でも走りながらだから、あんまり説明できねぇ。
土埃が晴れると同時、俺は岩陰に隠れた。
「けほっ、けほ……ハイド! まさか飛び降りるとは……ちょ、ちょっと無茶しすぎだと思うが……!?」
「うるせぇ俺の勝手! 俺の勝手! それより『げぇっ』て声した! 声した! たぶんマコト・エイロネイアー近い!!」
やべぇぇぇッ!
あまりにも驚いちまって声出ちまったせいで、バレとるぅぅ!!
岩陰からチラ見すると、ウェンディが俺の方を見て大きく口を開けてる。
そうか、口パクで何か伝えようとしてくれてんだな?
(獣人は鼻が利く。時間を稼ぐ。逃げろ)
確かに見えたぞ。ウェンディはそう言った。
もし戦闘になっちまったら、恐らくウェンディ一人じゃ勝てねぇ――でもアルドワイン・ベルクなら俺が脅迫したからな。
ジキルを下ろしてズンズン進んでくハイドは、すぐにでもウェンディに遭遇しそうだが……さて、どう出る?
「おっ! そこにいるのはマコトっ……じゃない! じゃない!」
「……マコト? フン、何の話だ?」
「俺、マコト・エイロネイアー探してる! 探してる! 近くにいるはず! 知ってんだろ!? なぁ知ってんだろ!?」
「何奴だ、貴様ら? それになぜ、マコトが近くにいるなどと考える?」
「俺ハイド! さっき声した! 声した! あと匂いする! 最近嗅いだことある匂い! お前知ってるな!? どこにいる、言え!」
と、とりあえず、いきなり実力行使してくるワケじゃねぇようだ。
以前のハイドなら、誰彼構わずブチ殺すようなイカレ野郎だったはず。脅迫の効果アリか?
ってか早く離れねぇとな。しかしタイミングが……
「……マコトの場所? 知らぬな」
「あぁ!?」
「状況を見ろ。私だって今落ちてきたばかり。ほら、ボロボロだろう? 他の仲間たちがどこへ落ちたのかなど、見当もつかない」
「この女……しらばっくれんな!!」
「うッ!?」
やべ。ウェンディが首を掴まれて持ち上げられて、壁に押しつけられてる。
やっぱハイドとは意思疎通すら難しいか。思わず立ち上がっちまいそうになる俺だが、どうするべきだ。
「ちょっとハイド……あなたはもう忘れたの? マコト・エイロネイアー以外に危害を加えれば――」
「報酬ナシだろ!? 覚えてる! 覚えてる!」
「……しかもその女は、サンライト王国騎士団の団長補佐にして一番小隊長のウェンディだ。有名人だぞ」
「だがここで人知れず消しちまえば、全部ダンジョンのせいになる!! 俺悪くない!!」
「うーん……」
説得するジキルに、意外にもハイドは理論的な返答をしてやがる。
確かに、騎士団が公式にダンジョンに突入してんだ。
ひっそりハイドに殺されたのが死因だとしても……目撃者がいなきゃ、ダンジョンの魔物と戦って戦死した扱いになるだろうな。
「言え! 言え! 知ってるだろ居場所!?」
「う……ぐ……知らぬ、と言っている……」
「こんの……っ!!」
苦しそうに答えるウェンディに、じれったくなったんだろうハイドが拳を振りかぶる。
「生意気! 生意気! 殺すッ!!」
その拳に『闇』が集約されていき、
「おぉいハイドぉぉ! ――俺ならここだぁ!!」
はい、もうダメ。岩陰から飛び出した俺は自分でも驚くほどのスピードで迫る。
俺以外のヤツらに手ぇ出すなって、あれだけ言ってもまだわかんねぇか。
何でダメだと思う?
それ、俺が一番マジギレしちまうヤツだからだ。
「不意打ち〈大暴れ〉ッ!!」
「ぶぉッ――」
白いオーラを纏う俺の拳が――驚きながら振り返ってくるハイドの、鼻っ柱に着弾した。




