#38 とあるバー
「ふぅ〜……」
ミーナやメイド達は魔術師団の領地へと戻っていった。
アホみたいに豪華な見た目になっちまったマイホームの前で、俺は星空を眺めながら夜風に当たっていた。
「ここでタバコでも吸ったら、渋いおっさんって感じでカッコいい気がするが……」
生憎と俺はタバコ吸わねぇし、酒も飲まねぇ。
それだけ言うと健康的みたいに思われるかもしれんが、残念なことに自発的に運動したりもしねぇし、大して健康的でもねぇ。
「あぁ、でも」
健康の話で思い出したが、
「異世界に来たばっかの頃は『腰が痛い』っていつも言ってたっけな」
そうだったんだが、最近は言うほどでもねぇかな。
まぁ痛ぇ時は痛ぇけど。
ふと――何か聞こえた。
「……?」
耳を澄ますと、足音っぽい。
こっちに一直線に向かってくる。暗くて見えん、殺し屋か? その割には派手なブーツみてぇな靴音だが、
「誰だ!?」
一応その人影に向かって聞いてみると、
「……あら、驚かせてしまったかしら? マコトさん、お疲れ様。あなたならここにいると思ったわ♡」
魔術師団の団長、マゼンタ。
とんがり帽子に派手な赤いドレス、ブーツ。やっぱり敵じゃなかったな。
「何でここにいると思ったんだ?」
「なんとなく、よ♡ あなたのような人なら、ミーナちゃんの掃除した家をすぐに使うだろうって」
笑顔のマゼンタ。
なるほど、鋭いじゃねぇか。
それはいいとして、
「何か用か?」
「いいえ、特別な用があるわけではないけれど……お酒でもどうかしら、と」
「酒? まぁ、いいが……」
「いいお店知ってる?」
「……一つ、知ってるな」
なぜか俺が先導して、夜中に酒を飲みに行くことになった。
え? こりゃ……デート、じゃ、ねぇよな。
▽▼▼▽
路地裏にポツンと、ひっそりと佇む小さな店。
洒落たドアを開けると、上品で控えめなベルの音が鳴って、
「いらっしゃいませ」
洒落たヒゲが特徴のマスターが、静かに出迎える。
入店した俺とマゼンタをな。
「……ここは?」
「たま〜〜〜にしか来てねぇけど、俺の唯一知ってる店だ」
「いい雰囲気ね♡ どうやって知ったの?」
マゼンタは意外そうな反応をした。俺が異世界の店を知ってるとは思わなかったんだろう。
とりあえず二人並んでカウンター席に座る。
俺が知ってんのはなぜかというと、
「……エバーグリーンだよ。ここはあいつの行きつけの店だったらしい」
「あら、エバーグリーンさんが……そうだったの。連れてきてもらったのね」
何度も名前が出てきちまうがエバーグリーン・ホフマン、それはサンライト王国騎士団の、前団長だ。
現団長のジャイロの父親だ……魔王に殺されちまったんだけど。
「お前はエバーグリーンと一緒に来たことねぇのか?」
「ええ」
マゼンタは魔術師団の団長。団長同士であるエバーグリーンとも親交は深かったようだが、店のことは知らなかったんだな。
ああ、故人の話すると、どうもしんみりしちまう。
「……ご注文は?」
「あー、そうだな……何かオススメのヤツくれよ。あんまり強くないヤツがいい」
異世界の酒ってのもよくわからん。俺が適当にそう言うと、マゼンタは「そこのワインを」と並んでるボトルを指差して言った。
マスターは無言で頷き、グラスとか取り出してる。
「エバーグリーンさんのこと、思い出しちゃったかしら?」
「まぁ、な。俺もだが……お前だってそうだろ」
さらに言うとマスターだって無言の無表情だが、思い出しちまってるに決まってる。
エバーグリーンは頑固オヤジの側面もあったが、『騎士王』『英雄』なんて呼ばれて、気高さや力強さは、いつだってサンライト王国民の憧れの的だった。
俺やマゼンタだってそう。あいつが好きだった。
「私は、もう憂いたりしないわ。だって、マコトさんがいるんだもの」
「は?」
出されたグラスを傾けて眺めながら、マゼンタはよくわからんことを言ってくる。
その意味は、
「エバーグリーンさんを殺した魔王を、あなたが殺したのよ? 仇を取った。しかもそれは国民、いえ、ひょっとすると世界中の人々が望んでいた『正義の鉄槌』……エバーグリーンさんも、報われたはずよ」
と、いうことらしい。
「…………」
俺は複雑な気分だった。
実は、その魔王ってのは、俺と同じで転移者だったんだ。
日本の高校生が、ラノベだか何だかに影響を受けて、女神様から奪った能力を悪用しまくって、魔王になって異世界を支配しようとした。
結局はギリギリの戦いの末に俺が勝ったんだが、
「十八歳かそこらの、若者だった。まだガキだったんだ。俺はそいつの心臓を一突きに……」
「辛かった、でしょうね……」
注がれたよくわからん酒。俺はグラスを一気に傾けて飲み込んだ。うん。悪くねぇ味。
目を細めるマゼンタは同情してくれたらしい。
あの魔王は確かに危険な思考回路を持ってたし、さんざん人を殺した。悪事を働きまくってた。
けど、ガキだぜ。女神様の授ける能力が無きゃ、ただのアホな高校生。それを俺が殺したんだ。
――本当は『救世主』なんて呼ばれたくねぇ。
今は慣れたが、最初そう呼ばれ始めた頃は、毎日吐きそうな気分だった。
現に、見ろよ。
今の俺だって、どこが『救世主』だ?
子分はオモチャみてぇに殺されて、プラムはゾンビになって彷徨ってる。
俺は、今だって無能なままだ。
「今日もまた、大変だったのよね?」
「……ん、あぁ、リスキーマウスに腕をやられたのからずっと忙しかったな」
そうだ、今日もひでぇ一日だったぜ。
右腕が猛毒にやられて、まずマゼンタに助けを求めに行ったんだよな。
「あの時、私はポーションの話をしたわね」
「あ、そうか、お前から聞いたんだったな……」
「ごめんなさい。まさか依頼主のポーション屋が悪党だったなんて知らなくて……案の定、マコトさんも酷い目に……」
そっか。
そんで殺し屋とポーション屋、ゾンビどもと戦うハメになったんだよな。
「まぁ実際そうだったが、最終的には『解毒のポーション』で解毒できたんだし結果オーライさ」
ポーション関係のことは、ほとんどがロリコン子分、ゼインのファインプレーに助けられたな。
しかし一つ気になってることがあって、
「隕石みてぇなものすごい魔法が降ってきたおかげで、ハイドの追跡が中断されたし、俺も吹っ飛ばされてポーションを浴びることができたんだ」
「……ちゃんと敵に当たっていたのね。良かったわ♡」
「やっぱお前か、マゼンタ。助かったよ。マジでありがとう」
サンライト王国側から飛んできてたんだよな、アレ。
それにあんな規格外の魔法、詳しくない俺でもわかるが、そうそう撃てるもんじゃねぇだろ。
マゼンタぐらいの魔術師でなきゃな。
「どうやって狙いをつけたんだよ? 王都からは肉眼じゃ見えなかったはずだ」
「私は『闇魔法』を感知できる、って知っているでしょ? それを頼りに撃っただけよ」
「いやそれスゴすぎんだろ……」
確かに、マゼンタやルークぐらい高レベルな魔術師だと、他人の魔法適性が見ただけでわかるだの、痕跡で誰の魔法かわかるだの、聞いたことあったな。
きっと遠くでも感知できる属性は、闇に限られるんだろうけどな。ありゃ特別な属性っぽいからな。
『闇』……か。
「ハイドは、マジで強かった。下手すると俺が戦った魔王と同じくらい、いやそれ以上に強かったかもしれん。何者なんだ、あいつ……?」
あんなバケモノみたいな強敵がまだ存在するのかって、背筋が寒くなるくらい強かった。
少しでも気を抜いたら本当に殺されそうだった。
マゼンタはワインを一口飲んで、
「……闇属性の魔法を使えるのはね、『魔王』か、『魔王軍幹部』か。それだけなのよ」
「……は?」
「今までの常識ならね」
彼女の言葉を俺は信じられなかった……ってか、信じたくなかった。
「魔王なら俺が殺したろ? 幹部ってのは……」
俺が殺した魔王が引き連れてたのは、これまた日本からの転移者の四人だった。
転移者だから魔法は使えねぇワケだが、全員が強力な能力を持ってた。
だが、
「幹部も、ルークやジャイロ筆頭にみんなでブチのめして、牢屋に入れた。魔王軍は壊滅したはずだ」
そして魔王も俺が継承してないワケだから、ここで途絶えたはず。
それでどうして今さら、闇属性魔法を使える輩が現れる?
「確証は無いけれど、私は一つ気になっていることがあるの……それはあなたが殺した魔王の、その先代の魔王のことよ」
「先代魔王? よく知らんが……そりゃエバーグリーンが封印したってヤツだろ?」
「ええ、そうよ。ギルバルト・アルデバラン……あの魔王も強かったけれど、何故か幹部を一人も連れていなかったの」
「んん……?」
「『魔王』そして『幹部』揃っていてこその『魔王軍』、それが常識だったの。しかし彼は違った……それが関係しているのかもしれないわ」
ちょっと難しい話だな。
つまり、そのギルバルトとかいう先代魔王が本来従えているべきだった幹部が、今の狼獣人ハイドである可能性があるってことか。
まぁ、ハイドの正体が何にせよ、
「また襲ってきたら、返り討ちにするだけだ……!」
ググッ、と拳を握りしめる。
子分たちを葬ってくれたこと、絶対に忘れねぇぞ。必ず仇を取ってやる。
「……冒険者の子分さん達のこと、それからプラムのこと……残念だったわね」
「おいおい、プラムは死んでねぇぞ」
「ええ。プラムのことはルークも気に掛けていたわ。妹分だものね……きっと彼もダンジョンについてきてくれるわよ」
「マジ? お前許可してくれんのかよ?」
「もちろんよ♡ プラムだって立派な団員なんだから」
でも突入を計画したのは騎士団だから、魔術師団として手柄を横取りするわけにはいかないけどね……とマゼンタは微笑みながら言う。
突入はジャイロが計画してんだよな。
マゼンタとしても、騎士団の若き現団長ジャイロ・ホフマンの成長は喜ばしいんだろう。
「ジャイロ、立派になったよな。前は能書きばっかで頼りなかったのによ……」
「ええ、ホントにね。でも、それはあなたもなのよ、マコトさん」
「え?」
マゼンタはワインの最後の一口を滑らせるように飲み干すと、
「色々大変だろうけど……頑張ってね♡」
俺の頬に軽く口付けして、金を置いて颯爽と帰っていった。早っ。
金は俺の分まで置いてあるらしい。畜生、奢られた。
「ってかマスター、今俺キスされた? ほっぺにチューされた?」
「……はい?」
いきなり話しかけられたヒゲのマスターは、俺の質問に困惑していた。




