#35 死闘の果てに……
「――――あったっス!! 白色のポーション! これならプラムちゃんのゾンビ化も、元に戻るかもしれないっス!」
壊れた馬車の荷台を漁ってたゼインが嬉しそうに掲げる手に、確かに握られたフラスコ。
あれでプラムが戻れるのか……?
「はぁ……はぁ……ゼイン……お頼み申しマウス!!! ぎゃあ〜〜〜はっはっ!」
「ヒャ……ヒャッハー……殺す……! マコト……エイロネイアー……!」
まだ発狂が継続してる俺も、異常なタフネスを誇る狼の獣人ハイドも。
さすがに息が荒いし、体も目に見えてボロボロ。
でも互いに倒れねぇんだから……やるしかねぇってことなのか。
「ア"ー……!」
原型も残ってないポーション屋のご遺体を殴るのにようやく飽きたらしく、プラムゾンビが立ち上がった。
そのタイミングでゼインは白いポーションを投げようと振りかぶる。
「くっ……欲を言っちまうと……プラムちゃんになら噛まれたかったっス!!」
「「何言ってんだお前!? ぎゃ〜〜〜〜はっはっはっはっはぁ!!!」」
口惜しげに言うロリコンゼインに、俺もハイドもドン引きしちまった。
が、あいつはちゃんとプラムを元に戻す気だ。
「さぁプラムちゃん、このポーションを――」
「カ"ァァァア"ァッ!」
「――んぼぅへぁぁぁぁい!?!?」
なのに、ポーションを投げようとしたゼインにプラムゾンビが回転しながら飛んでいって、蹴りを入れやがった――あんなアクロバティックなゾンビおかしいだろ。
ゼインの顔面にクリーンヒットだ。痛そ。
「ア"ー! ウ"ー!」
「がふっ、ま、待って……! プラムちゃ……」
ゼインを吹き飛ばしたプラムゾンビは突然、どこへともなく走り出した。
なかなか傷だらけになっているゼインは、プラムゾンビを追いかけられそうもねぇ。
マズい。見失っちまう。
「だはははっ、ぎゃはは! ……プラムっ!!!」
イヤだ。
お前と二度と会えねぇなんて。楽しくじゃれ合えねぇなんて……絶対にダメだ。
敵も無視してプラムを追いかけ始める俺。
「ヒャッハー! 勝負これから、勝負これから!」
笑いながら追いかけてくるハイドが、
「ギャッ……!?」
「……言っただろ? 親分の邪魔すんじゃねぇ」
半ばで折れた大ナタの刃に、背後から串刺しにされていた。
背中から腹にかけて刃に貫かれたそのハイドの体を軽々持ち上げるのは、
「ぎゃははは! ぶあ〜っはは!ブラッドお前生きてたんだな〜〜〜!!」
「もちろんですぜ……!」
Bランク冒険者の大男、ブラッド。
ハイドにコテンパンにやられちまってたから、生きてんのか心配だったんだが……とりあえず大丈夫そうだ。
まぁ元気そうかって言われると、ボロボロだし、かなり顔色も悪いけどな。
「離せお前! 離せお前!」
「誰が離すかこの野郎……てめぇは、マコトの親分の手をどこまで煩わす気だぁ!!?」
「ブヘーーーッ!?」
ドシンと音が鳴り響いたのは、串刺しのハイドをブラッドが地面に叩きつけたからだ。
――子分たち、やられちまったからな。あいつらの兄貴として、ブラッドも相当怒ってるだろうよ。
ドシン、ドシンと大地が揺れてるのを背にして、俺は爆笑しながら草原を駆け抜ける。
「親……分……プラムちゃんが……」
「ゼイン! うはははは!! お前マジで大手柄だぞ! ぎゃあはっはは! 交代だ休んでろ!」
とうとう倒れちまったゼインから白いポーションを受け取り、ひたすらプラムゾンビを追いかける。
相変わらず地面に火がつくほど猛烈な勢いで走るプラムゾンビだが、あいつの向かう先には――
「ふほほほはは!! ……ありゃ何だ〜!? ぐあっはっはっはっ! ……洞窟?」
地面からせり出した岩山……かと思ったが、どうやら巨大な穴が空いてやがる。
雰囲気としては『洞窟の入口』って感じ。
その穴から先はすぐに下へと続いている。踏み出したらすぐ地下に潜ることになるワケだ。
そんなとこにプラムゾンビは何故か向かってて、
「――ん? お、おい! 何者だ、ここは立ち入り禁止なんだぞ!」
「少女など、以ての外!」
洞窟入口付近にはフルプレートの騎士が数人いて、立ち入り禁止だと騒いでる。
騎士団だ。
間違いねぇ……また厄介事がニョキニョキと生えてきやがった。
「ウ"ァーッ!!」
「ギャア痛ぇぇっ!」
「うわ幼女強い」
当然、邪魔してきた騎士共をプラムゾンビは殴り飛ばし蹴散らし、洞窟の中へ入ってく。
マズい、マズい! どんだけ入り組んでるか知らんが、洞窟の中であいつを見つけられるのかどうか……
「今の少女は……待て、止まれ貴様!」
「んがぁっはっはっはぁ! 邪魔すんな、今の俺は騎士だろうとコッペパンのパンナコッタの――」
プラムゾンビを追いかける俺の腕を、一人の騎士が掴んできたんで、顔を殴り飛ばしてやろうとしたんだが、
「あれ……ウェンディか!? ふははは!」
「おお、マコトではないか! それは良いが貴様、なにゆえ笑っているのだ……?」
顔見知りというか、ウェンディも一緒に魔王軍と戦った仲間だ。
鋭い目つきにドスの効いた声。褐色の肌、紫髪のポニーテールが特徴の、クールな若き女騎士。
ま、クールなのは見た目だけで、実際はどうなのかよくわからねぇヤツだけど。
「マコト、もしや今の少女は……」
「そうだプラムだ! わ〜っはっは!! ヒー! ヒー! 色々あってゾンビにされちまっははは!」
「はぁ……意味不明だ。マコト、貴様は何と不運な男なのだ……」
俺の人生の波乱万丈さに頭を抱えるウェンディだが、
「いいからどいてくれウェンディ!」
こっちはそれどころじゃなく焦ってるワケなんだけどなぁ。
「いや待て。事情は把握したが、待つのだマコト」
しかしウェンディはどかない。そしてその理由を説明し始めた。
洞窟の入口を指差してな。
「この洞穴は昨日発見されたものだ。発見者はサンライト王国民の一般人で、運悪く転がり込んでしまったという――中は、危険な魔物がうじゃうじゃいたそうだ。迂闊に入るのは止しておけ」
「はぁ!?」
なーんか嫌なエネルギーを感じるとは思ってたが、中は魔物だらけなのか。
まさか、
「なははは! はは! 魔物の巣穴、とか言うつもりなのか!? だははっ!」
「……わからぬ。否定もできぬ。だが、団長のジャイロはある仮説を立てた」
「仮説ぅぅぅ!?!?」
「そこはそれほど驚くことでもないと思うが……」
許してくれよウェンディ。
今思うとこんなに長話するなら最初に説明しときゃ良かったが、色々面倒くさい事情があるんだからよ。
「……『迷宮』というものではないかと」
「ん『ダンジョン』んんん!? だははは」
「そうだ。これまでは伝説上の存在だと思われていたが……軽く偵察した結果、かなり特徴が一致するというのだ」
『ダンジョン』って言葉、どこか耳馴染みがあるような、ないような。
きっと元の世界でもある言葉なんだろう……さすがに日本に魔物がうじゃうじゃいる洞窟は無いと思うけどな……無いよな?
「もしそれが的中しているならば、プラムは行方不明にはならぬ。『ダンジョン』には出入口は一つしか無いのだ……つまりここだが」
「じゃあ騎士団ここ見張っててくれるか!? うぎゃ〜〜〜っははは!」
「言われなくても常時見張ることになっている――近々、ここは騎士団が大規模な突入作戦を決行することになっているのだから。それまでは立ち入り禁止だ」
「ガチィィィィ!?」
「……うむ。『ダンジョン』には必ず終わりがあり、そこには『ボス』が鎮座しているという話だ。それを倒せば『ダンジョン』は消滅する」
出入口は一つ。その出入口は騎士団が常時見張ってくれてる。
きっとウェンディが事情を説明してくれるから、プラムゾンビがどっか逃げ出しちまうリスクもこれで潰せるはず。
魔物の巣窟って話だが、プラムゾンビのあの強さならそう簡単には死にゃしねぇな。
クソ……もう、正直言って疲れた……おっさんにはキツいぜ……プラムには悪いけどな。
毒でキツかったのに、ハイドとあそこまでの死闘をするとは思ってなかった。
老体に鞭打って頑張ってたんだよ、こう見えて俺は。
このクソみたいなコンディションでプラムを取り戻しに『ダンジョン』に入ったら……どうなることか。
どんだけ危険な魔物がいるかわからねぇ。
立ち入り禁止を破るワケだから騎士団にも追っかけられる。
ポーションを失ったら一環の終わりだ。
途中で俺も倒れちまうかもしれねぇ。
それに子分たち……ブラッドも、ゼインも、まだくたばってねぇだろうハイドも。
全部、全部を放っていくことになっちまう……
「ああそうだ、マコト。もしこれが本当に『ダンジョン』であり『ボス』がいるならば、その『ボス』についてもジャイロが仮説を立てていて――」
プラムには悪いが……とりあえず大丈夫ってんなら、状況を整えてからまたここに来る必要がありそうだな。
待てよ?
騎士団が突入するって、ウェンディは言ったよな?
そんなら話は早いぜ。
「ぎゃははウェンディ、その突入に俺も参加――」
「ッ!? 伏せろッッ!!!」
なぜか突然焦りだしたウェンディの掛け声に俺は反応できず、
「おぼぁああああ――――――ッ!?」
「マコト!」
洞穴から飛び出してきた……大量の『蜘蛛の糸』? みてぇな白いネバネバした粘液の塊に、正面衝突。
すんげぇぇぇ吹き飛ばされてるナウ。
ああ〜〜〜……何の抵抗もできん。
粘液にまとわりつかれたまま、どうにか後ろを見ると、
「え!? 何スか親分それは……ギャアア!?」
起き上がってきたゼインが粘液に巻き込まれる。
さらにこの先には、
「どうして死なねぇんだオオカミ野郎!」
「お前こそ! お前こそ! みんなゾンビ耐久! ゾンビ耐久!」
元気にやり合ってるボロボロの二人、ブラッドとハイドも粘液に気づかず、
「ん? ……どわぁあっ!?」
「ヒャッハーッ!?」
全員まとめて粘液の餌食。
上昇気流に乗った俺たちは、高速でサンライト王国王都の外壁を越えて、
「くっ……〈漆黒・ボムバ〉!」
ハイドだけ両手を闇の魔法で爆発させて、粘液から逃れやがった。
そのままあいつは街へ落ちてく。空中でも俺たちを仕留められたとは思うが、さすがに疲れたのかね。
あ、ちなみに残された俺たちは、
「「「あああああああ!!!!!」」」
広場の真ん中にある噴水に、墜落しましたとさ。
めでたしめでたし。
いや、何もめでたくねぇ。




