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#32 隕石モドキ




『――あの、つかぬことを聞くんですが……マコトさんって、負けたことあるんですか?』


『ん? 何だよルーク、急に』


『いえ特に深い意味は無いんですが。僕、マコトさんが本当に負けたところって見たこと無い気がして』


『そんなことねぇさ……って否定しようと思ったが、言われてみると……異世界に来てからは数えるほども負けてねぇかもな』



 それは、あまり会わなくなってしまった僕とマコトさんの一番直近の会話だった。

 ――魔術師団の本部。そのバルコニーに出たマゼンタ団長に僕も続く。



『前にも言ったっけ? 俺は前の世界じゃダメダメだったんだ、ルーク』


『言われた気がします』


『嘘みてぇだよ……未だに、な。無能サラリーマンだった俺が、別の世界とはいえ"救世主"なんて呼ばれる日が来るとは。大して嬉しいワケじゃねぇが』


『人生、わからないものですね』


『ああ、ホントにな』



 マコトさんとの会話は楽しい。加えて、興味深くもある。

 だから一つ一つをよく覚えている。単純な会話でも、彼との思い出だ。


「……団長?」


「何かしら、ルーク」


 バルコニーの一番外側、手すりの上に立ったマゼンタ団長。

 長い銀髪が風に揺れ、とんがり帽子が飛ばないよう手で押さえている。


「……マコトさんは負けませんよ?」


「うふふ♡ 本当に仲良くなっちゃったわね、ルーク。わかっているつもりよ」


 負けたことがあるか聞いたとき。

 マコトさんは『騎士団の先代団長、エバーグリーン・ホフマンには完全敗北した』と言っていた。


 マコトさんだって絶対に勝てるわけじゃない。


 知ってる。


 でも……そういうことじゃないんだ。


「ハイドさんでしたっけ? そんなよくわからない相手に、マコトさんは絶対に負けません。あの人は『ぶっ飛んでる』んですから」


「……そうね。だけれど」


 僕に背中を向けたままのマゼンタ団長は、一度頷いたが、視線を変えることはない。



「私は彼を窮地に追い込んでしまったのよ……故意じゃないとはいえ、贖罪はしないとね」



▽  ▽


▽▼▼▽



 いよいよ毒が、体の芯まで効いてきた俺は、焦ってても早歩きが限界だった。


「ゼイン! おい、起きろ! 大丈夫か!?」


 早歩きしながら、離れた所から倒れてるゼインを呼びつける。

 極太ビームは馬車にだけ当たったようだが、あいつは生きてんだよな!?


 しかもこのクソ忙しい時に、



「解毒させねぇ! 解毒させねぇ! 死ね、マコト・エイロネイアー!!」



 闇の魔法の応用により極太ビームまで放ちやがった、名付けて『1人怪獣大戦争男』――狼の獣人、ハイドが全速力で追いかけてくる。

 やべぇぞあの速度。すぐ追いつかれちまう。


 だが、


「親……分……?」


 ただ吹っ飛んでただけらしいゼインが、ゆっくりと起き上がった。よかった。


「生きてたか! よく見えねぇが、お前の手に『解毒のポーション』はあるか!?」


「……あ、あるっス……」


「じゃあ思いっきり投げろ! この足じゃもう間に合わん!」


「……了、解」


 大丈夫さ。ナイフを遠投して、馬車で逃げるポーション屋の肩に寸分違わずブッ刺したようなゼインだ。

 きっとポーションのフラスコを投げても俺に当たるさ。


「……とりゃ! 親分……取ってくれっス!」


 黄色で半透明な、解毒のポーションがクルクルと回りながら放物線を描く。

 ピッタリ、俺がもうちょっと歩いてから手を伸ばせばキャッチできる、完璧なシチュエーション。


 と思ったが、


「……おうっ?」


 ガクッ、と俺の膝が言うことを聞かなくなる。

 両膝とも地面に着いちまって、俺はそのままうつ伏せに倒れた。


「あれ……? 何だこれ……体が動かねぇ」


「親分!!?」


 間違いねぇ。毒だ。

 本来なら生物を一瞬で殺すというリスキーマウスの毒が、とうとう本格的に俺の命を奪いにきたんだ。


 倒れたまま、俺は咳をし、血を吐いた。



「ヒャッハー!! 虫の息、虫の息! あとは俺がポーション奪えば、終わり! 終わり!!」



 宙を舞うポーションを奪おうと、ハイドが走ってくる音が聞こえる。

 何でだよ、何で……ここまで来て、そりゃねぇよ……


 さすがに死を覚悟したが、俺は気づく。



「ん……? なんか……飛んでくる……?」



 上から、いやに真っ赤な光が降り注いできてることに、気づいたんだ。

 うつ伏せながらも、俺はどうにか首を回して上空を見上げる。



「は? ……ありゃ、()()か??」



 意味、不明だ。

 どういうことなんだ。流星群と呼びたくなるほどの大量の隕石みてぇなのが、こっちに向かって落ちてきやがる。



「はぁぁ!? 魔法だ、魔法だ!! 見たことねぇすげぇ〜〜〜魔法!!」



 ハイドも走りながら気づいたようだ。

 あれ、魔法なのかよ……何なんだ、どうやればあんな魔法出せるんだよ??



▽▼▼▽


▽  ▽



 ――マゼンタ団長が振るった杖から、あまりにも強力すぎる、火属性と土属性の複合魔法が飛び出す。




「降り注ぎ、悪を沈めよ……〈メテオラ〉!!」




 こんなサンライト王国の中心からは、外壁までも遠いというのに――その遥か先の、東の墓地の付近まで強引に届かせるという。

 相変わらず『大自然』の如きマゼンタ団長の魔法に、僕は圧倒されるばかりだった。



▽  ▽


▽▼▼▽



 隕石じゃなく、あくまで魔法ってことは、アレは『炎を纏ったバカでかい岩』ってことだな?

 それが、続々と降ってきやがる。


 もう終わりかと思ったが――どうやら照準は俺じゃなくて、



「ヒャハ!? クソッ、〈大災害(ディザスター)・ブレ……」



 全ての隕石が、どう考えてもハイドだけを狙っていた。



「ギエァァァアアァァァ〜〜〜〜ッ!!!!」



 ハイドは地面と隕石魔法にサンドイッチにされ、周囲が爆炎に包まれる。

 隕石はどんどん降ってくるんで、言い表せねぇけど、もはや大フィーバー状態だぜ。


 かくいう俺も爆風に巻き込まれ、


「のわぁあ!?」


 転がっちまったが、



 ――バリン!!



 転がった先で、顔面にフラスコが当たり、割れる。黄色い液体が俺の顔に、体に広がっていった。


 ああ、この瞬間を待ってたぜ。


 やっと毒から解放された。

 どこの誰だか存じ上げねぇが――隕石魔法を撃ってくれたヤツには感謝しねぇと。


「やったぜ、親分! これ青色の『回復』のポーションっス!」


「……サンキュー!」


 立ち上がった俺は、ゼインが投げてきたポーションをノールックでキャッチ。

 一気に飲み干した。


 毒の疲労が、体の傷が、綺麗サッパリなくなっていく気がするぜ!


 俺が空になったフラスコを投げ捨てると、



「うぐぐ……ぐぅ……!」



 隕石群が爆発してクレーターみたいになってる地面から、かなり疲弊したハイドが這い出してきた。


 ……いやはや、呆れたな。

 あいつ体燃えてるぞ。謎耐久もいいとこだ。


 ここまでくると、あいつこそゾンビだろ……



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