#29 全滅
「ヒャッハーァハハハッ!!」
リスキーマウスの毒を完全に無力化しやがった狼の獣人、ハイドが猛スピードで飛んでくる。
振りかぶるその拳は、硬いだけじゃねぇ――『闇の魔法』を纏ってる。
「……!」
だから、ほとんど防ぎようがねぇことは承知してたが……俺は毒がもう口の辺りまで回ってきてて、素早く動くこともできん。
とりあえず鉄製の盾を生み出してドッシリ構えてみたものの、
「クソっ、どあぁあッ!!」
ハイドのパンチ一発で盾は粉々に砕け、そのまま俺も殴り飛ばされた。
地面を転がる俺には、追撃のため走ってくるハイドが見えたんで、
「おらっ!!」
転がりながらも剣を生み出してカウンターを狙うが、
「ヒャッハー!」
振るう刃は簡単にハイドの腕に薙ぎ払われ、ぶっ飛ばされた剣は消滅。
俺は、
「ぼおッ……!」
腹に追加の蹴りをくらう。
内蔵がかき回されるような感覚、吐きそうだった。
すると、
「オオ……おい、ごら……マコ"トの親分に……手ぇ出してんじゃ、ねぇぞ……不届きな犬野郎がよ」
「ッ!? まだ生きてた、まだ生きてた! ザコBランク! ザコザコBランク!」
「子分、たち……全員、こっ、殺してくれやがってぇぇこの野郎が!!」
俺にトドメを刺そうとしてたハイドの真後ろに、さっき吹き飛ばされて戦闘不能になってたはずのブラッドが突然現れた。
いや、ブラッドは白目剥いてんな……ありゃほぼ無意識なんじゃねぇか。
それでもあいつは俺のために、大ナタを振り上げ、
「死ねぇぇぇ!!」
振り返るハイドの首に刃を叩きつけるが、
「な、なぁっ!?」
逆に大ナタの刃が砕け折れちまった。対してハイドは無傷で、
「……かゆい! かゆい!」
「グゥオ!?」
ブラッドの腹に重いパンチを入れ、
「ごあああァあ!!!」
跳び上がって強力なキックを横顔におみまいし、ブラッドはあっけなくダウン。
「ブラッド……! お前でもダメなのかよ……」
――こりゃマズいな。
――ハイドに勝てるビジョンが見えん。
せめて。せめて俺の毒さえ何とかなってくれりゃいいのに。
それでも勝てるか微妙だが、状況は今よりかだいぶマシになるだろ。
「ゼイン、プラム……お前らが鍵だぞ!」
「ヒャッハハハー! 楽勝! 楽勝! マコト・エイロネイアーもザコ!」
俺たちは互いに拳の乱打を始める。
白いオーラを纏った俺のパンチと、黒いオーラを纏ったハイドのパンチが、交錯したり、ぶつかり合ったりしまくる。
火花が出そうなほどの、猛烈な応酬だ。
その合間を縫って俺は、ポーション屋の方を追ってもらったゼインたちの様子を見る。
「……いけっ!!」
どうやらゼインは、逃げ去ってく馬車に向かってナイフを遠投したみてぇだな。
かなり高い位置で放物線を描いてったナイフは、
「ぎぇえええ!?!?」
馬車を操っていたポーション屋のヒゲ野郎の、肩にぶっ刺さった。すげぇな……
軽くガッツポーズしたゼインは、馬車から転がり落ちたポーション屋に駆け寄ってく。
「おいコラ、悪党! マコトの親分には『解毒』のポーションが必要なんだ、どれなのか教えやがれ!」
「……うぐ……!」
ナイフが肩に刺さったままのポーション屋の胸ぐらを掴み、ゼインは問い詰める。
自力で起き上がることもままならないポーション屋だが、口を割りそうにもねぇ。
それどころか、
「……はは……ははは……!」
「何が可笑しい!? さっさとポーションを渡せば命は助けてやる!」
「嘘をつけ……渡しても、どうせ殺すさ……」
不気味に笑うポーション屋。
仲間たちを全員殺され、ボスであるブラッドの敗北まで見せつけられ、荒んでるはずのゼイン。
ポーション屋の命を助けるなんて、もちろん嘘に決まってる。簡単に見抜かれちまったな。
そして、
「さっきの『ゾンビ』のポーションの件だが……哀れな冒険者どもよ」
「は!?」
「死体が墓地にしか無いと思うなよ……まだ世界に文明が発達していない頃を考えろ……どこでだって狩りや、殺し合いがあったはずさ……今では考えられないほどになぁ……」
「お、おい――まさか!?」
ゼインは動揺してポーション屋から手を離し、後方へ振り返った。
もしや――さっき投げたゾンビポーション、ちゃんと効くってのか!? 太古の昔の死体に!?
「……え? わぁ〜っ!?」
俺も、ゼインも、背筋が凍った。
今の自分の置かれた状況も考えず、叫んじまう。
「嘘だろ……プラム!!!」
「プラムちゃん!!?」
ゼインに追いつこうと走っていたプラムの下の地面から、ゾンビの手が飛び出したから。
――墓地じゃねぇから地面のすぐ下には死体が無くても、もっと地の底に死体は眠ってるから、時間差で効いてきたってことか!?
俺は攻撃を中断。
そのせいでハイドにボコボコに殴られてるが、それでも拳銃を生み出し、プラムを助けようとする。
でも……ダメだった。間に合わなかった。
……腐った手は、プラムの華奢な足を捕まえて。
「ア"ァー!」
「わああっ!? いたぁぁぁ〜〜〜!!」
地面を突き破って現れた大柄なゾンビが、プラムの太ももに噛みつきやがった。
泣き叫びながらもゾンビの顔を掴んで抵抗しようとしたプラムだが、力の差で無理だったらしい。
気味の悪い歯が、柔らかな肌に食い込む。
少女の鮮血が飛び散る。
――その直後、俺の撃った銃弾がゾンビの頭を貫いた。遅すぎたんだ。
「あぁ……そ、そんな……プラム……お前……」
黒いタイツみたいなのを履いてるプラムだが、それでもはっきり見えるほど、左の太ももから血が滴ってる。
ゾンビに噛まれたら、ゾンビになる――それはこの世界でも同じなんだよな?
「うぅ、マコト……? どうしよ……」
自分でもわかってるプラムは、ほとんど放心状態で俺の名前を呼んだ。
――放心状態なのは俺も、そしてプラムのことが大好きなゼインも同じことで、
「プラム……ちゃん……?」
ゼインは、悪党のポーション屋が後ろにいることを完全に忘れていた。
「……油断しましたな、お客様」
「は?」
――バリン!!
ポーション屋は背後から、ゼインの後頭部にフラスコを叩きつけた。
割れたフラスコからは紫色の液体が流れてる。ゼインは頭からそれを被ったことになる。
「こちらの紫色のは『毒』のポーションです……お前らがくれたリスキーマウスの尻尾のおかげで、作ることができたよ。ありがとな」
「――ギャアアア〜〜〜〜!!!」
脳天から紫色の毒が広がり、頭を抱えたゼインは苦しそうに叫びながら跪く。
材料がただの尻尾だから即死には至らないようだが、かなり痛いんだろう。
「ヒャッハーハハハッ!! 全滅! 全滅!!」
「ぐえっ……」
ハイドに殴られまくった俺も、地面に倒されて取り押さえられる。もう動けねぇ。
俺の毒は、鼻のとこまで到達しかけてる。目まで到達したら失明は免れねぇだろう。
こいつには毒が効かねぇから相討ちにもならん。
楽しそうに笑うハイドの言う通り。
――全滅、しちまう。




