#23 魔術師団の二番手
――私はジキル。
アルドワイン・ベルク様よりマコト・エイロネイアー抹殺任務を受けた、ベルク家のメイド長だ。
せっかく雇った殺し屋の獣人二人組、ベアヘルムとハイドに、置いていかれてしまった。
彼らが思ったよりも脳筋っぽかったため、私だけは知恵を絞るとしよう。
無いとは思うが、彼らが万が一、マコト・エイロネイアーに敗北した時のため……
「メイドよ、人質になってもらおう」
奴の新居だというボロ家を掃除している、ミーナとか呼ばれてたあのメイド。
いざという時の人質にしよう。
もし必要なくなったら?
問題ない――人知れず消すだけだ。
「こんにちは。そこのあなた」
布を持つ両手を背に隠し、私は挨拶をして堂々とミーナに近づく。
もちろん、笑顔は自然に。
大丈夫、今この通りは人の少ない時間帯。
その中でも、ちょうど全く人がいなくなった瞬間に私は行動を開始した。
「あ、はい。こんにちは。そちらも服装が……メイド、でしょうか?」
「そうだよ。あとミーナ、あなたには少しばかり眠ってもらうけど、許してほしい」
「え?」
隠した布には薬品を染み込ませてある。
口や鼻を覆えば、一瞬で人を眠らせる作用を持つ、強力な薬品。
副作用でちょっと体調が悪くなったり、もしかしたら死んでしまったりするかもしれないけど、まぁその時はその時だ。
「あの、私に何の用でしょう?」
どんどん近づく私に困惑している様子のミーナに向かって、私は背後に隠していた手を素早く、
「――ッ!」
「きゃっ!?」
何だ!?
いきなりミーナと私の間の地面から……『氷のトゲ』のようなものが生えてきて、私を串刺しにしようとしてきた。
間一髪、飛び退いて避けたものの、
「何者だ……!」
反応からして目の前のミーナが魔法を使ったわけではないようだ。
氷の魔法――水属性の応用か。正確な魔法だ、相手は只者ではない……
「『何者だ』とは、僕の台詞でしょう? 面白いことを仰らないでほしいですね」
声がした。若い男の声。
見上げると、ボロ家の屋根に人影。
細身で長身。髪は青くてキノコのような髪型。手には巨大な魔法の杖。
男が軽やかに飛び降りてくるのを、私はもう一度飛び退いて避ける。
知っているぞ。
あの男もまた、有名人だから。
「魔術師団の二番手、ルーク……あなたがこんな所で何をしている?」
「だから、それも僕の台詞ですってば……ベルク家のメイド長、ジキルさん」
「私を知っているとは。光栄」
「ご冗談を、ジキルさん。マコトさんやプラムのように能天気な人でもなければ、結構知られている方ですよ、あなたも――裏の世界でですが」
言ってくれる。
裏の世界というのは、まぁ新聞にも載せられないような、闇と金と暴力の世界だろう。
文字通り、薄暗い路地裏のような世界。
「ルーク……あなたがマコト・エイロネイアーと親しい関係である、というのは単なる噂かと思ったが、案外そうでもないようだ」
「噂? いいえ、事実として広まっているはずです。共に魔王軍を倒したこと」
「ええ、表面上は」
「……はぁ。ベルク家の人々は、もう少し他人を信用した方が良いかと思いますね、僕は」
ため息を吐かれても困る。
アルドワイン様が信じていないんだ、私が信じていたら反逆も同じ――それがアルドワイン様の考え方だ。
処刑は、されたくない。
「ル、ルルルーク様ぁ!? ど、どどどどどうしてこんな所にいらっしゃるのでふか!? こ、こんな、私のような一介のメイドのために!?」
「ミーナさん。職業も立ち場も関係ありません。大事な人を守ることには、理由すら不要です」
「はわっ、わっ……」
なぜか異様に取り乱しているミーナに端的に答え、ルークは杖を構えて私を見てくる。
「新聞なら読了済みです、ジキルさん。やはりベルク家はマコトさんの命を狙っているのですね」
「……どうだろう」
「でなければ、こんな罪の無いメイドさんを狙う理由がないでしょう。卑怯なことを考えたものです」
「は、言いたい放題だ」
「すみません。マコトさんの言いたい放題が、とうとう僕にも感染してしまったようでして……彼に『相棒』と呼ばれる身として――」
ルークは周囲の空中に、いくつもの氷塊を生み出して、
「あなたに、好き勝手なことはさせない!!」
叫び、杖を振るう。
無数の氷塊が私に向かって発射され、私は後方へ宙返りしてそれを避けた。
空中で逆さのまま、
「私としても今は引き下がれない……あなたのような有名人に見られてしまっては」
両手のそれぞれの指に小型の凶器を挟んで、反撃の準備をする。
――ルークは、今ここで消さねば。
ルークの方も私の次の手を読んだらしく、氷塊をさらに増やして再び飛ばしてくる。
私は片手の指に挟んでいた四枚の刃物を空中で飛ばし、飛んできた氷塊を正面から破壊。
「何ですかその武器は……マコトさんが生み出していた『手裏剣』に似ていますが、違いますね」
――四角く、小さく、薄い、まるで紙片のような、金属のプレート。
四つの辺が全て鋭い刃になっている。投げる者の技量によっては、一撃で相手を斬り裂き、殺すのも可能。首なんかを狙えば容易いことだ。
「この武器に名前など無い」
ふわりと着地した私は、さらにもう片方の手にあった四枚をルークに向けて飛ばす。
ルークは杖を上から下に振り、風の魔法で四枚ともの勢いを殺し、追加で起こした風によって四枚の刃をクルクルと回転させ、
「はっ!」
逆に私に向かって飛ばしてくる。
まさか打ち返してくるとは、斬新な。
しかも私の立っている周囲の地面が盛り上がってきて、次々と氷柱が顔を出してきた。
私は飛び上がってそれを躱し、
「ふっ……」
懐から鎖を取り出す。
さっきから使っている刃物と同様のものが無数に括り付けてある、特製の殺人鎖だ。
それを振り回し、飛んできた刃物と氷塊を全て破壊してやった。
すると、
「はああっ!」
飛び上がっていた私よりもっと高い上空から、杖の先端を氷の槍のように変化させたルークが降ってくる。
「くっ」
とにかく私は鎖をしならせてその槍を防御する。
空中での攻防戦。鎖は杖に絡みつき、確実にルークの首に刃物が迫っていく――が、
「ジキルさん、加速しますよ」
「なっ……」
刃がルークの首を捉える直前、ルークは彼自身の背中から風魔法を放出し、高速で急降下。
「ぐぅッ!!」
下側になっている私は当然、地面に背中を強打させられる。
なかなか効いたが――それよりも危なかったのは氷の槍の方だ。私が鎖を手放していたら、今度こそ腹を串刺しにされていた。
鎖を持つ私と、槍を刺そうとするルークの力が拮抗している。
そんな中、またも地面が盛り上がってくる。ルークの背後にもまた無数の氷塊。
ああ、クソったれ。
「卑怯なのは魔術師の方じゃないか!」
叫びながら、私は戦闘中に口の中に仕込んでおいた煙玉を横に吐き出し、それが地面に着いた瞬間に辺りが黒煙に包まれた。
するするとルークの魔法の包囲を抜け、私は一目散に逃げ出した。
殺されては本当におしまいだ。私がルークに殺された死体でも見つかってしまえば、ベルク家は言い逃れもできなくなる。
潔さも肝心、ということだ。
ルークの魔法が爆発した音が聞こえる。そして、
「卑怯ですか。まぁ何とでも呼んでどうぞ――明らかな敵に、僕は優しくしません」
ルークの捨て台詞のようなものが聞こえ、
「きゃあぁぁぁ! ル、ルーク様ぁカッコいいぃぃぃぃぃ!!」
な、なんか、黄色い声援も聞こえたような……ミーナの声だった?




