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#14 アルドワイン・ベルク



 ――コン、コン。


 まだ窓から日も差してこねぇ、早朝。

 部屋のドアをノックする音がした。


「ん……んぁ……?」


 おっさんだからな。俺は寝ぼけながらもなんとなーく起きていて、それが聞こえた。

 ――ここは魔術師団の寮。この部屋は俺とプラム、二人の部屋。


 二段ベッドの下の段で俺は起き上がり、上の段のプラムがまだ起きていないことを確認し、ドアの近くへ。


「……マコトだ。誰だ?」


 まだドアは開けず、小声で問う。


「……早くにすみませんマコト様。メイドのミーナです。プラム様は、まだ?」


「ぐっすりさ」


 ドアの向こうにいる相手は、どうやら魔術師団が雇っているメイドのミーナという女のようだ。

 彼女も――俺が異世界転移してきた初日に出会い、以来ずっと付き合いがある奴だ。


 互いに安心し、ドアを開ける。


「マゼンタ団長がお呼びですが、本当にこんな早朝で良かったので?」


「ああ、プラムには気づかれたくなくてな……逆に、お前に負担かけちまったか」


「私のことはお気になさらず。いつもこのぐらいの時間からお仕事を始めますから」


「……そうか」


 ありがちなメイド服。ショートの金髪にカチューシャ。そんなミーナは、親近感を湧かせてくれるタイプの心優しいメイドさんだ。

 寂しがり屋のプラムとの関係も、上下関係というより友達って感じ。


「むにゃ……むにゃ……」


 二段ベッドの上の段で、寝相悪く腹を出し、ヨダレを口から垂らしてるプラム。

 何にも知らず、幸せそうに寝てる。


「……プラムごめんな。またお前に隠し事だ、俺は」


「んぅ……」


 覗き込んだまま頬を撫でてやると、自然とプラムの小さな両手が俺の手を包んできた。

 やべ、起きてねぇよな?


「くかー……」


「すげぇイビキ。大丈夫だなこりゃ」


 俺は、さっさとプラムから離れてスーツを着て、ミーナと一緒に廊下へ。

 ドアをゆっくりと閉める。


「ふふ……それにしても、微笑ましいですね」


「え?」


「だって、マコト様とプラム様って……親子みたいで」


「…………」


 どうにも複雑な感情だな。


 ミーナは事情を知ってると思うが、プラムは父親を魔物に殺された経緯を持ってるそうだ。

 だから、真実はわからねぇが、俺をマジで父親に重ねてる可能性はあるんだよな。


 でもって……かくいう俺も日本では家庭を持っていて、妻と、それから娘がいたらしい。

 俺は妻子のことは全部記憶から消えてるし、妻子の方も俺の記憶は抜け落ちてるとか。


 父親を失ってるプラム。

 娘の記憶が無い、俺。


 ――変な関係になっちまったモンだ。



「ところでミーナ。マゼンタが俺を呼んだんだろ? 手配してくれたってことだよな」


「そのようです。物件が見つかったと」



 さっきから名前が上がってるマゼンタ団長、というのはもちろん魔術師団の団長のことだ。

 ――今日はまだ、学園のガーゴイル騒動の翌日。


 昨日のうち、マゼンタ・スウィーティー団長には色々と相談しておいたんだ。


 ベルク家っていう貴族家と一悶着ありそうだ、とかな。



▽▼▼▽



「あらあら。マコトさん、ちゃんと起きられたのね♡」


「まぁ、おっさんだからな……」


 ドアを開けると、いかにも会社の社長とかが座ってそうな荘厳なテーブルについている――彼女がマゼンタ・スウィーティー。

 とんがり帽子に銀髪、赤い豪華なドレスにブーツ。三十歳という歳で、四十歳ぐらいの俺に上から目線で自信満々な女だ。


「正直ダメ元で相談してみたんだが、マジであったのか? 使ってない物件みたいなの」


「私も探してみて驚いたのだけれど、何十年も前から魔術師団が所有している建物があったの。倉庫か何かとして使う予定だったみたいだけど……今はただのボロ家よ♡」


「へぇ……そこに俺が住んでいいのか?」


 マゼンタに相談してた内容ってのは……ベルク家が何してくるかわかったもんじゃないので、プラムや知り合いに危険が及ばないよう、新しい住処を探さないといけねぇ。

 もしかして物件余ってたりする? というもの。


 まさか、本当に提供してくれるとは。


「いいわよ。マコトさんは『救世主』だもの♡ 私に毎月、家賃を支払ってくれればね」


「タダとはいかねぇか……」


「あら本気? 世の中そう甘くないわ♡」


「だよな……とにかく助かったぜ、ありがとな」


 ただの強気な女に見えるが、こう見えて恐ろしいのは、たぶんこいつは今『サンライト王国で最強』ってことだ。


 魔法については火・水・風・土・光の五属性に適性を持っているらしい……つまり、闇の魔法以外は全部使えるってワケ。

 プラムやジャイロは火属性にしか適性が無い。魔術師団の二番手(マゼンタの次に強い)であるルークという男も、水と風の二属性のみ。

 って考えれば、五属性に適性持ってるというのがどんだけぶっ壊れかわかるだろ?



「それからマコトさん……()()()()もいかが?」


「は?」



 マゼンタがテーブルの上を滑らすように渡してきたのは――新聞?

 この世界にも新聞みてぇなのあるのか。半年もいたのに知らなかった。


「この世界で新聞は初めて見たかしら? まぁサンライト王国では『伝達鳥』という特殊な鳥が、いつも決まった人にしか届けないから仕方無いのよね♡」


「変なシステムだな……」


「あなたの世界の『シャシン?』という技術は無いから、絵と文字だけよ」


「いやぁ、充分だ。俺の顔が上手く描いてあるぜ……って、え!? なぜ俺の顔が!?」


 新聞に俺の顔が載ってるだと!? サングラスにスーツにネクタイ、顎髭にオールバック。完全に俺。

 救世主とは呼ばれるが、新聞には前から当然のように載ってたのか?


「見出しをよく見て。どう? 文字は読めるようになったのかしら」


「あぁ、プラム大先生のおかげで……なになに」


 日本語と異世界語は違うようで、人からの言葉は勝手に翻訳されて聞き取れるらしいが、最初は文字は全く読めなかった。

 どうにかプラムから教わって、


「よし。読める」


「マ、マコト様、私にも見せてくださいまし」


 新聞みたいな文字の羅列が凄まじいものでも、かなり正確に読めるレベルになったらしい。プラム様様だな。

 ミーナも覗き込んできて、興味津々。



『"殺人貴族"アルドワイン・ベルク、

"救世主"マコト・エイロネイアーを敵視!!! 

英雄の悪運もここまでか!?』



 ……おいおい、何だよこりゃ。

 優雅にコーヒーみてぇなのを飲んでるマゼンタを見るが、


「マコトさんの似顔絵の隣に描いてある絵が、ベルク家のトップ、アルドワイン・ベルクさんの似顔絵よ」


 マゼンタはいつものように何考えてんだかわからねぇ微笑みを向けてくるばかり。


 ――アルドワイン・ベルクってのは、つまりイジメっ子のアールの父親かな?

 あいつもアール・ベルクって名前だったワケだ。


「デカデカと書いてあんなぁおい……貴族に命狙われるとか、とんだ『救世主』がいたもんだぜ」


「あら、いいじゃない斬新で。悪い男はモテるわよ♡」


「別にモテなくていいんだが……」


 そして、フザケてるだけかと思ってたマゼンタの次の一言は、とんでもねぇものだった。



「あ。さっき『伝達鳥』のお話をしたけれど、今回ばっかりは記者たちが大興奮だから、王国のあちこちでこの新聞が出回っているの」


「は!?」


「だから隠したところですぐに全国民に知れ渡っちゃうわ。ルークや、もちろんプラムにもね♡」


「早起きの意味ねぇ!!!」



 こりゃすぐにプラムに怒られることになりそうだな、トホホ。

 ……まぁとにかく、新しい家のことだ。


 俺の考えをマゼンタも察したのか、



「そうね。これが新居までの道筋を書いた紙。そう遠くないし、ミーナちゃんを連れて行きなさい。気に入ったなら掃除してもらって、早く住んじゃいなさい♡」



 ボロ家なんだっけ。

 地図みたいなのを貰うが……どうもその家、嫌な予感がするんだよな。



▽▼▼▽


▽  ▽



「メイド長――――ジキルよ」


「はっ、ここに。アルドワイン様」



 私はベルク家に雇われたメイド長であり、戦闘員も兼ねている女、ジキル。

 アルドワイン様に頼まれて、『救世主』マコト・エイロネイアーを殺せる人物を手配した。



「殺し屋の手配は?」


「完了致しました」


「息子に恥をかかせた礼に……目にものを見せてやるぞ、嘘っぱちの救世主めが」



 暗い大広間にて、アルドワイン様は笑う。

 彼はマコト・エイロネイアーが魔王を討伐したというのを、最初から信じていなかったらしい。


 息子のアール様が泣き喚いたから……それだけの理由で、世間からも好かれているマコト・エイロネイアーを殺そうだなんて。


 ――秘密裏にいくつもの殺人を行い、有り余る権力と財力で揉み消してきたベルク家。世間からは完全にバレているが、暗黙の了解で許されている。

 記者から皮肉で『殺人貴族』と呼ばれるだけある。と私は思った。


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