#133 カラクリ
空中の要塞鯨の相手をしていたドラゴンが戻ってきた。
「――今『閃光のレオン』が奴の巨体に乗り、斬撃を与えているものの……要塞という名を冠するだけあって、体力と防御力が凄まじいな」
口惜しげに言うドラゴン。
確かにレオンが高速でクジラを斬りまくってるのが見えるが、倒し切るには時間が掛かりそうだ。
「手伝った方がいいか?」
「いいや……マコト、おぬしは魔王軍幹部どもに集中すべきだろう」
「そう、だよな。あぁドラゴン、俺の考えを決定づけるために、ちょっと相談が……」
「ッ、避けるぞ! グロロロォ!」
「お!?」
スーツの襟をドラゴンに咥えられ、そのまま空中へ連れてかれると、
【〈堕落退廃・死・ブレス〉ゥゥ!!】
――ドゴオオオオンッ!!
ゾンビドラゴンによるクソデカビームが飛んできて、今さっき俺らのいたところが焼け野原になった。
「あ、危ねぇ……すまんドラゴン。さすがにアレ食らったら死ぬわ」
「気にするな。して、相談というのは?」
背中に乗せてもらってるのは好都合。連れてってほしいのは、
「まずルークのとこに飛んでってくれ」
「了解」
▽▼▼▽
割りと高い位置にある『裂け目』へ向かい、向こう側にいるルークと再会。
いきなり質問なんだが、
「『アニマ』って魔法を聞いたことあるか?」
「えっと……古い本で読んだことは、あったかもしれません」
あいつらが変身するたびに唱える魔法のことについて、だ。
マゼンタに聞くのもいいと思ったが、復活したあいつは今……よく見えねぇがどうやら皆の援護射撃をしてくれてるらしい。取り込み中ってワケだ。
「俺の元いた世界にもある言葉でな。『アニメ』って面白いモンの語源で『魂を吹き込む』とかって意味もあった気がしたが……この世界だとどうやって書くんだ?」
「確か……こう書いたと思います」
「ありがとよ」
文字を書いてくれた紙切れをもらうが、異世界の言語に慣れた俺でも翻訳が難しい。古い本にしか書いてないからか。
ルークのもとから飛び去り、四方八方からの攻撃を避けながら飛行するドラゴンに聞く。
「これって日本語に訳すとどうなる?」
「『顕現』となるだろう」
「顕現……」
「隠していた本当の姿を現す、といった意味を持つ」
何か曖昧というか、滅茶苦茶になってきたな。『闇属性』は奇想天外な属性だから、説明がつかねぇのは仕方ねぇが……
真の意味として候補は二つ。
『魂を吹き込む』か、『真の姿』か。
でも……もしかするとこの二つが両立するかもしれねぇな。
どういうことかというと、
「あいつらがその魔法を唱えて変身する時……足元に黒い魔法陣が出てくるよな?」
「そうだったな」
「半年前に『召喚魔法』を見たんだが、アレと同じにしか見えねぇんだ」
「ほう」
魔物を呼び寄せ、地面の魔法陣から召喚する『闇属性』の魔法だ。
それを知ってる俺には変身……というよりも、召喚した鎧を纏ったようにも見えた。
極めつけに、
「俺がボコした『ハニー・スワンプ・モンスター』は体が治ってねぇし……見ろ、『阿修羅』の方もドラコに斬られた腕がそのままだ」
「……確かに。ということは、再生能力を有していないということか」
「普通にラムゼイやネムネムの、人間っぽい姿の時は傷なんか全部治ってやがったのにな」
「よく見れば『ゾンビドラゴン』も損傷はそのままだ。儂らは、攻撃しても無駄だと勝手にやる気を失ってしまっていたようだ」
ゾンビドラゴンなんて元から体がボロボロなワケで、よく考えたら再生してるかどうかなんて最初から判断がつかなかった。
「あぁ。もう一つ言うとネムネムは『闇属性』『風属性』のはずなのに、どう見ても土っぽい泥のモンスターになってるのも違和感だ」
「では、あやつらは……」
――完全に別の存在。
『顕現』を発動した時は変身してるようにしか見えなかったが、
「言うなれば今のあいつらは『巨大ロボットのコックピットに乗ってる』ような状況なんじゃねぇかな?」
「まぁ、ああいうのは体の真ん中辺りに操縦席があるのが多いし……ロボットと同化し痛みを共有するタイプもあるか」
こう考えれば納得がいく。
一応は疲れ具合とかも共有してて一心同体ではあるようだし。
よく考えると俺の世界のUMAや神だったりと別次元の存在でもあるっぽいし……まぁこれ以上考えても意味はない。
要するに、
「まずは、あのハリボテの鎧をブッ壊すことだよな。ビームだの泥だの鬱陶しくてしょうがねぇ」
「しかしゾンビドラゴンの巨体は厄介だな」
「こんだけ味方がいるんだ。皆で一斉にデカい攻撃ぶつければ何とかなるだろ」
総力を上げて――ゾンビドラゴンに集中攻撃したいところだ。
だがジャイロはエバーグリーンの相手をしてて、マゼンタやブラッドもハイドの相手をしてるようだ。
そう簡単にはいかねぇか……
▽▼▼▽
「おらー!」
「……」
何度も、何度も剣を交えるジャイロと偽エバーグリーン。ホフマン親子。
火花が散る。刃が重なるたび、空気が震える。とんでもねぇパワーのぶつかり合いだ。
息子が相手だからエバーグリーンの目の色も変わって――な〜んてことはなく、相変わらず無表情の無言だ。
やっぱ偽物でしかねぇな。強さだけは、なかなか再現度が高そうだが。
あと気になるのは……ジャイロの後ろで見てるリリーだな。
「っ……わぁっ!?」
「ヴアー」
死神だ! 鎌が容赦なくリリーに迫る。ジャイロも気づいてるが動ける状況じゃなく、
「〈愛の鼓動〉!!」
「ヴォオオッ!?」
リリーを常に気にかけてたプラムが助けてくれてるな。
様子をチラ見したジャイロは、
「お、おいガキ!? お前ホントに戦えねーのか!? 守りきれねーって!」
「……あっ、あの、えと……弓矢はあるんですが」
「じゃー、それ使え! 空飛ぶ奴らを撃ち落としてやれ!」
「えっ、えぇ!? でもこんなの通用しな――」
「いーんだよ! 強い弱いより、挑戦し続けることが大事なんだ!」
「……はいっ!」
激励されたリリーは弓矢を構え、死神どもを正確に射撃し始める。強い子だぜ。
まぁ確かにあんな学園で使うような弓矢、大した威力はねぇだろう。でも『やる』のと『やらない』のは全然違う。
プラムもいるし危なくはねぇか。
……ん?
「ッ、やべ」
「!!」
「どわーっ!!?」
リリーと話し終わってしばらく経ったのに、一瞬ジャイロの動きが止まり、その隙をエバーグリーンは逃さない。
たぶん今のは『適性』を奪われたことによるデバフの一端だろ。症状が軽いとはいえ、本調子なワケがねぇんだ。
ギリで防御したが、ジャイロは大きく吹き飛ばされた。その方向はちょうど……
「ぐえー!」
「ジャイロくん……」
「ジャイロ様!」
俺もさっき寄った、ルークとミーナのいる『裂け目』の近くに着地してる。
「ジ、ジャイロ様、お疲れのご様子ですが! 初めに私を助けてくれた後、もしかして王国内を駆け回っていたのでは……」
「まーな……ハァ……そりゃ国民は助けねーとだろ……ハァ……ハァ……さっきマゼンタさんが来てくれたから協力して、騒ぎは収まったけど」
姿が見えねぇと思ったら、俺たちの知らないところでジャイロも戦ってたらしい。そりゃ疲れてるわな。
この世界じゃ『火属性』も奪われてるしな。
さらにルークが、
「流石のあなたも辛いですか? お父さんと顔を突き合わせて戦うのは……」
「ハァ、ハァ……いーや? 親父とはしっかり決闘して勝ちてーと思ってた。生きてる間にはできなかったからな」
「まぁアレは偽物ですけど。僕は許せませんね。英雄への侮辱です、冒涜です」
ルークも確か、エバーグリーンへの尊敬は凄かったような。そりゃ敵に利用されてるなんて怒るわな。
「ってかお前さー、アレ何なのか知ってんのか? どーなってんだよ」
「『クローン』のようなものでしょう」
「は? まーた変な異世界の知識覚えやがって、何だよそれ?」
「僕はマコトさんの偽物にも会ったんですよ……ラムゼイさんは性格が悪いですから、自分を創った魔王を倒したエバーグリーンさんを、こちらへの当てつけに再現したんでしょう」
「わけわかんねー」
そういえば意味不明だったエバーグリーンの再登場だが、またクローンか?
俺の時と同じように、『魔人』を素体にして創った……ん? いや、何か違うな。
「しかし普通ではありませんね。彼からは生体反応を感じません。もしかするとクローンですらなく、単なる『闇属性魔法』で形成されているだけかも……」
今ルークの言ったことは、案外当たってるかもしれん。
そういやエバーグリーンが最初に俺の背後に現れる時、黒いアメーバみたいな姿だった。『魔人』にあんなことできるとは思えねぇ。
「ジャイロくん、一つ提案が。細かい説明は省きますが、あのエバーグリーンさんは『魔石』のような存在である可能性があります」
「マジで?」
「マジです。つまり――彼を触媒に『強制支配魔法』を発動できるかもしれません」
「何だっけそれ?」
「ダンジョンでやったでしょう? ほら、周りの魔結晶が赤くなって……」
「あー……あったな。やり方わかんねーけど」
よくわからんがルークが何かしらの作戦を立案してるらしい。
上手くいくといいが。
「まずは彼に勝つこと。大丈夫、あんなのは紛い物です! 頑張ってください」
「……おー! ありがとな!」
ルークとジャイロはお互い笑顔で、世界を跨いだグータッチを交わした。
▽▼▼▽
【ゴボロロ……!!】
ん? やべっ!
気づいたら下からネムネムの泥パンチが伸びてきてる!! ラムゼイに集中しすぎてた!
すぐドラゴンに言って避けてもら――
「おいてめぇ! 親分が何か考えてんだろ、邪魔してんじゃねぇぞ!」
【ッ、ボボバァァァ!!?】
ブラッドがデカい銃で、水属性っぽい魔法弾の援護をしてくれた。
泥の腕は弾け飛び、体が水に流されてネムネムも焦ったように叫んでる。
「スゥゥゥ〜〜〜……」
今度はハイドが俺に向かって極太ビームを構えてる……!
ブラッドがすぐに振り向いて走っていくが、発射に間に合うか? 俺も何かした方が……
「〈岩の牢獄〉」
そんな時、マゼンタが動いた。
チャージ中のハイドの四肢を挟んで動けなくするように、デカめな岩のトゲが飛んできて地面に刺さる。
直後ハイドの背中に、今度は細かい礫が刺さりまくって、
「ワォォ〜〜〜ン!!?」
ヤツは仰け反り、チャージが中断。そこへ、
「〈斬首刑執行〉ォ!!」
「ォォォォ〜〜!!!」
動けなくなったハイドの首に、ブラッドの大鉈が振り下ろされる。
血が噴き出しまくってるし、地面がヒビ割れるほどの威力だが、
「斬れねぇもんだなぁ……!」
「ワフッ」
刃も岩も振り払って、ハイドは逃げやがる。
タフさは健在か。
「――ごめんなさいねブラッドさん。援護はできなくもないのだけど、魔法がそちらの世界に入った瞬間、威力が落ちてしまうから……この程度の細かい攻撃しかできないの」
「おう姐御さん! 今のは充分助かったぜぇ、ありがとよ!」
申し訳なさそうにしてるマゼンタを、チンピラみてぇなブラッドが励ます。面白ぇ光景。
そして、
「ブラッドさん。その狼獣人さんにトドメを刺すのは、かなり苦労しそうよ――差し支えなければこちらに飛ばしてくれる?」
「……なるほど! 試しにやってみようか」
ブラッドもハイドのタフさには参ってるらしく、マゼンタの提案には嬉しそうだ。
――俺だけじゃ、あんなデカブツになっちまったラムゼイは牽制するので精一杯だ。
どうにかこうにか、このまま一斉攻撃の流れに繋げられるか……!?




