#131 SIDEミーナ:最後に愛は勝つ!
「……えぇっ!?」
驚愕の声が響く。
魔術師団のメイド、ミーナの叫びだった。
「魔術師団の領地も魔物たちに荒らされていたんですか!?」
「そうだよ!」
「国内に安全な所なんてもう無いよ!」
「う……確かに窓が割られていたり、血しぶきが飛び散ったりしていたり、団員もメイドも誰もいないなぁと思いましたが……!」
「何で気づかないの!? どう考えても荒らされてるじゃない!」
仲間のメイドたちから忠告を受け、こんな状況でもまだ能天気なミーナは呆れた目で見られていた。
だが、呑気なことを言っている場合ではなかった。
「私……なんてことを! 動けないルーク様に、本部の中で休んでもらっていて……!」
多少荒れている建物だったが、まぁ脅威は無いだろうと高を括っていたのだ。
迂闊だった。
「助けに行きます! マコト様からも、ルーク様の安全を任されているんですから!」
「え!?」
「危険です! 団員さんに言って――」
「団員は皆さん、戦闘能力の無い国民たちを守るのでいっぱいいっぱいのはずです! 私の失敗です。私が責任を取ります!」
「……!」
ミーナは自分の胸をドンドンと叩き、気合いを入れ直す。そして走り出す。
この地獄で、戦闘能力の無いただのメイドが単独行動をする――どんなに危険かは承知の上である。
でも、
(この半年の間に――マコト様に教えてもらった言葉で、私は……!)
ミーナにはとある『座右の銘』があった。
「や、やっぱり危険だよミーナ……!」
「戻って! 誰か強い人に助けてもら……」
「安心してください、皆さん!」
「え……!?」
不安そうに、心配げに、ミーナを止めようとするメイド仲間たち。
そこに、あり得ないほど明るい笑顔とサムズアップを返し、
「必ず最後に【愛】は勝つんです!!」
メイドたちは、黙るしかなかった。
そんな中、
「あ……一人いない新人の子、もしかしたら本部の中に残ってたりして……」
小声で呟いた者がいたのだが、走り出すミーナの背中には届かない。
▽ ▽
領地の扉(というか門というか)は開け放たれ、侵入し放題だ。
訓練施設を素通りし、ミーナは本部の入り口まで辿り着く。
「待っててルーク様……」
緊張の汗を拭って、深呼吸。
いつもの『お屋敷』のように見える仕事場が、どこか恐ろしいものに見える。
それでも足を踏み入れた。
驚くほど静かな建物内――ミーナも自然と息を殺して移動した。
壁に立て掛けてあった箒なんかを手に取ったりして。
ルークを休ませている部屋の前の、廊下まで到着すると、
「え? あなたは……」
「……あ……ミーナ先輩……!」
謎の状況が広がっていた。
なぜか廊下に仰向けで寝ているルークの横、泣きべそをかいた新人メイドが座り込んでいるではないか。
「に、に……逃げ遅れて……しまってぇ……皆さんいなくなっちゃってぇ……」
「ああ、そうなんですか! ちょうど良かった、私はそこのルーク様を救出に来まして……一緒に脱出しましょう!」
「怖かった……怖かったんです……」
「わかります! ですから一緒に」
「怖かったよぉぉおぉぉおぉおオオオオオオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「あの……?」
ただ恐怖で泣いているだけのように見えたが、喋り始めてから様子がおかしい。
「き、気持ち悪い……キモチ、ワルイ……」
「え……!?」
「オ……オオオ……ォ……!!」
声が人間離れした恐ろしいものに変わっていくと同時――彼女の体がボコボコと波打ち、肉が盛り上がっていく。
ミーナは見ていることしかできず、最終的には。
「ブモオオォォォォ――――ッッ!!!」
「……魔物……!?」
尻尾の先が鉄球のようになっていて、鋭い角を持ったゴツい牛の魔物。
『暴牛』に変身してしまったのだ。
「フシューッ……モォォウ」
暴牛はものすごい勢いで鼻息を噴出させてから、一番近くにいるルークに狙いを定めた。
前足を持ち上げ、彼を踏み潰そうとする。
「ルーク様! で、できれば起きてくださいませんか!? 今世紀最大の『ぴんち』到来でございますぅ!」
「……ぅ……ぅぅ……」
声に反応しているのか、苦しそうに呻くルーク。だいぶ体は休まってきているようだが、動けるようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。
であれば、
「とりゃあああああああ〜ッ!!」
飛び上がったミーナは箒を振り上げ、後ろを向いた暴牛の背中に振り下ろす。
「ブモッ」
「あっ」
ノーダメージ。
しかし魔物は爆速で振り返ってターゲットをミーナに変更した。
「いやああああああ」
「ブモォォオ〜〜〜〜ッ!!」
突進してくるのが目に見えてわかっていたのでダッシュするミーナだが、暴牛が動き出すとその差は一瞬で詰められてしまう。
「わあぁぁっ」
――ドゴオォォンッ!!
咄嗟に横方向へ飛び込むと、暴牛はすぐに方向転換できないらしく、そのまま壁に突っ込んだ。
角が刺さり、抜こうともがいている。
「……!」
壁を余裕で深々と刺している、あの角。もし避けなかったらミーナがどうなっていたかは明白である。
恐怖を覚えながらも、反撃準備をしなければならない。まだルークを救出できていないから。
(ルーク様を抱えて逃げるのは……無理無理、追いつかれてしまいます!)
ならば、と手に取ったのは。
「高価なのに……団長、申し訳ありませんっ!」
廊下に飾ってあった大きな壺。
それを抱えたミーナと、暴牛が対峙する。
「ブモォォォォ――――ッ!!!」
「っ」
また同じように突っ込んでくる。
ミーナは横方向へ避ける……だけでは終わらず、
「やぁっ」
「モッ」
すれ違いざま、頭に壺を被せてやる。一瞬で割れるかもと思っていたが、高価なだけあって頑丈だ。
「モォォッ! オオオ!!」
(今の内に……)
視界を失って無闇に暴れ回る牛から距離を取ろうとするものの、
「きゃああっ」
――ガシャァァン!!
「ブモオオオオ!!」
見えてはいないはずだが、鉄球のような尻尾を振り回し、周囲の骨董品や窓を割りつつ大暴れ。
ミーナも危うく頭を吹き飛ばされかけ、ルークに近づくことができない。
(こ、このぉ……!)
今のまま牛と距離を保てば、殺されることはないだろう。
しかし、ルークは動けない。遠からずあの鉄球の餌食になってしまう。
何とかしなければならない。
土壇場で一瞬の隙を見つけたミーナは、
「このっ、おバカ牛さんめぇぇ〜〜っ!!」
――ガゴォォ……ン。
箒を振り回してガツンと壺に当ててやる。
大きく振動する壺の中で轟音が響き、暴牛の脳を揺らす。
「ブモ……ッ?」
よろめいた魔物は、偶然にも近くにあった階段から転げ落ちる。
二階から一階へと落ちたが、そのおかげで頭の壺が割れてしまった。
ちょっと混乱したものの、屈強な暴牛には大したダメージは無い。
再び階段を上がろうとして――
「おねんねの時間です、牛さん!!」
「モ!? ブモォオ〜〜〜ッ!?」
――――バゴオオオオオンッ!!!
ミーナが持ってきた大きな柱時計が、階段を猛スピードで滑り落ちる。
先端が横腹に重く直撃した暴牛は、気絶してしまった。
「ああ、壺に柱時計に、窓に、その他多くの骨董品……マゼンタ団長なら許してくれますよね……それに、あの牛さんは……」
怖くて逃げられなかった新人メイドが、魔物にまで変身させられてボコボコにされるなんて、悲しすぎる。
「悪いことをしてしまいましたね……ちゃんと元に戻れば良いんですが……」
今、魔物の姿である彼女をどうすることもできない。
騒ぎが収まるまで気を失っていてくれるのを、祈るしかないのだ。
そして本来の目的――
「え!?」
廊下で寝ているルークの方を振り返ると、信じがたい光景。
割れた窓から静かに侵入したのだろう――彼の上で『死神』が鎌を振り上げているのだ。
「ヴアー……」
「そ、そんな、待って! やめてください!」
ちょうど死神が鎌を振り下ろすタイミングだった。
いくらルークが強くても、無防備な首に刃物を突き立てられては死は免れない。
彼も、まだ起きそうにない。
せっかく非戦闘員のミーナが持てる力を全て振り絞って、強力な魔物を撃退したところだったのに……
あまりにも無慈悲だ。
「ルーク様ああああああああっ!!!!」
ミーナには、泣き叫ぶことしか許されない。
魂の奥底からの慟哭を絞り出しながら、無意味に手を伸ばすことしか……
「ヴ?」
手を伸ばした時――手刀の部分から、何かピンク色の波動が飛んでいった。
彼女自身は気づいておらず、
「……え?」
死神の体が、上下真っ二つに斬られて――攻撃を中断するどころか、死亡してしまった。
何が起こったのか全くわからないものの、
「ルーク様! あぁ……良かった!」
駆け寄り、最愛の人を抱きしめる。
ミーナのせいで危険な場所に来てしまったルークだが、更なる傷を負わずに済んだ。
「私のような弱者は、もうマコト様たちを信じることしかできませんが……それだけ、マコト様たちが本当に強いということでもあります」
天を仰ぐ。
まだ空は暗いままだが、
「きっと……大丈夫です! ジャイロ様だって合流してくれるはずですし……彼は最初にラムゼイ様から私を助けてくれて、その後は姿が見えませんが……生きていますから!」
彼らが全員で力を合わせる時、この程度の危機、半年前に比べれば何てことはない。
衝撃の事実なんですがこの最終章、滅茶苦茶な構成に見えて、ちゃんと予定通りに物語が進んでます。投稿ペースが遅いだけで。
特に今回のミーナなんてのは、この続編作品自体を書き始める前から「いつか書きたいな…いややっぱ無理だよな…」とずっと考えていたエピソードだったりします。
そういうのの集合体ですね、この続編。それを無理やり繋いでるだけです。だから書きづらいのか…!




