#130 SIDE『ムーンスメル帝国跡』:架け橋
ここは『ムーンスメル帝国跡』。
マコト・エイロネイアーたちと魔王軍との戦いから、復興作業が続いている。
未だガレキだらけの、壁に囲まれた土地である。
空が暗黒に染まり、謎の『裂け目』からチラホラと恐ろしい魔物が見え隠れする。
皆が復興作業を中断し、身構えていた。
――そんな中、ただ一人。
とある銅像に向かって深く祈りを捧げる、二十代後半の、長い黒髪の女性がいた。
その像とは、
(帝国の救世主……異世界の救世主……そして、私の救世主……)
勇ましきマコト・エイロネイアーの像だ。
(……奴隷だったこの私の……誰にも届かないはずの願いを……あなたは聞き入れてくれた。奴隷をみんな解放して、魔王を討ち、自由を与えてくださった……)
半年前。
魔王の手により、この帝国は奴隷だらけだった。彼女は魔王討伐にやって来たマコトに、ダメ元で助けを乞うた。
するとマコトはあっという間に奴隷解放を成し遂げ、あろうことかそのままの勢いで世界を救ってしまったのだった。
奇跡の英雄――
彼に救われ、今も国の復興に勤しむ国民たちは、そうやって彼を崇めている。
この銅像が、その証なのだ。
「……イヴリン! 来るぞ、死神だ!」
「おばさん!」
女性――イヴリンに駆け寄ってくる男と少女も、マコトによって解放されたようなものだ。
男はイヴリンの夫。そして性奴隷から救われた少女を養子としている。
「イヴリンさん! どうします!?」
「地平線の彼方まで、暗い空が広がってる! 助けは期待できないな……」
「とにかく敵を撃退だ! 武器を持て!」
イヴリンもまた、救世主に助けを求めた奴隷の第一人者としてリーダー格のような扱いを受けている。
そのため、彼女を中心にして国民たちは戦闘態勢に入っている。
「アアー……」
「ヴァアアー……!」
――国民たちは、戦った。
決して戦闘など得意ではない一般人たち。
「わ、我々も協力する!」
「サンライト王国も同じ状況か!?」
復興を手伝いに来ていた、数人のサンライト王国騎士団の団員たちも参加。
戦闘は激化していく。
「キリがない! この死神ども、どれほど殺したら終わるんだ!?」
そこまで大挙して押し寄せているわけではないものの、戦力的に、死神は一体倒すだけでも本当に大変な相手だった。
晴れることのない空。
終わりの見えない戦いに、不満を漏らす者も出始めた。
けれど、
「――信じて!! 私たちの救世主を!」
「イヴリン……」
「イヴリンさん……!」
彼女は、決して折れない。そして周りの人々も折らせない。
必死で叫んだ。
「彼が今、どこにいるのか……何をしているのか……私にもわからない!」
「……」
「でも、彼がこんな世界を黙って見ているわけがない! 見過ごすはずがない! 必ず戦っている! 必ずどこかで……この世界を救おうと動いている!」
「……!!」
「一度世界を救った人です! 二度目なんて楽勝よ! ……だから信じて! 終わりは来る! 戦い続けるの!!」
叫びながら、イヴリンも槍を構えて走り出す。鎌を振り上げる死神に、
「うわあああーーーッ!!」
「ヴォ」
槍を突き刺し、地面に叩きつける。
戦いなんて未経験――でもマコトに貰った勇気だけで、何とかなる。何とかする。
何とかしてみせる。
「「「うおおお!!!」」」
「イヴリンさんに続けぇっ!!」
皆がまたやる気を取り戻す。士気が上がる。
再びこの国を元に戻すために。
しかし。
「う……」
「あ、あの量は……?」
空を覆い尽くすほどの『裂け目』とともに、死神たちが雪崩のように押し寄せる。
百体はいるだろう。一気に相手をするとなると、この戦力差では……
(こちらに死人が出る……それどころか、全滅も……い、いや、考えちゃいけない!)
イヴリンでさえ狼狽えてしまうほどの、地獄絵図が予想された。
それでも国民たちは武器を掲げる。怒る。そして叫ぶ。戦う。
その時。
「突撃ィィィ〜〜〜!!!」
「人間たちに加勢しろぉ〜!!」
「え!?」
たくさんの馬とともに、壁の外から大量の援軍が駆けてくる。
彼らはよく見ると人間ではない。
「あの尖った耳……エルフ!?」
壁に沿って小さなエルフの村があることは、国民たちも知っている。
とはいえ、助け合うほどの交流があっただろうか?
エルフたちが死神を次々と薙ぎ倒していく中、代表者のような男がイヴリンに近づいてきた。
「サンライト王国の近くにあるエルフの村から『警戒せよ』との書状が届きましたので」
「あ、ありがとう……でも、まさか応援に来てくれるなんて」
イヴリンは困惑を隠せずにいたが、
「我々は……この帝国の高い壁に、便乗するような形でいつも助けてもらっています」
「……」
「それに……あなた方が奴隷であったことも知っています。なのに、綺麗なサンライト王国に移らず、この国を建て直そうとしている姿勢も……知っています」
「っ!」
「ご立派だと思います」
優しい表情で話すエルフの温かさに、イヴリンは涙が出そうになった。
「それに、マコト・エイロネイアーが救ったのはこの帝国だけではない。世界全体が救われたのだから、我々エルフだって、同じように救われたわけです」
「……!」
「この書状を送った男も含み――かの救世主を、人間を、良く思わない者もいます。けれども我々の村では、そんなことはあり得ません。あなたたちと協力したい。助け合いたい……!」
「ありがとう……ありがとう……」
マコトが繋いだ不思議な縁だ。
その後――人間とエルフの連合軍が死神たちを退けるのに、そう時間は掛からなかった。




