#129 SIDE『エルフの村』:もう一度あの人に
「ヴアー……」
「オオォー……」
暗黒の空から『北の森』へと、大量に飛来していく死神たち。
目的無く森へ向かっているわけではなく、
「……!」
とある村があるのだ。
そして、村へのルートに立ちはだかる若い女性が一人。
緑色の髪をした彼女は……人間ではなかった。
「〈ホーリー・アロー・拡散〉!!」
「ヴァァァッ」
弓から『光属性』で作った矢を上空へ放つと、その矢は幾重にも散らばっていき、飛来する死神たちをほとんど射抜いた。
だが数が多く、全滅とまではいかない。
それでも彼女は戻らねばならなかった。
自身が住む『エルフの村』へ。
「――リール!! 戻れ、村民が次々と魔物になっていく! お前の魔法で捕らえるんだ!」
「……わかってる!」
▽ ▽
エルフの村の長であるドレイクに呼ばれたリールは帰還する。
するとたった今、村民が変貌したオーガを、他の村民が総掛かりで縄や弓を使って捕らえているところだった。
――恐らくサンライト王国の中でも同じような対応をしているはず。
魔物でも、村民は村民だ。今後どうすべきかはわからないが、殺すわけにはいかない。
オーガは酷く暴れており、拘束したとはいえ取り押さえるのが大変そうだ。
だが今はそれよりも、
「ピィィエエェェ!!」
「……あれは……グリフォン!? ドレイク、また増えたの!?」
村民たちの攻撃を避けながら空を飛び回る、一体のグリフォンが見えた。
「だから早くしろと言ったんだ! お前の妹が対応してるが、すばしっこくて攻撃が当たらん!」
「『お前の妹』って呼び方やめてよ! ちゃんとルールって呼んであげて!」
「うるさい! こっちは余裕が無いんだよ!」
「……もうっ……」
ドレイクは乱暴な男である。過激なために、半年前マコト・エイロネイアーにぶん殴られたのだが、ほんの少しも変わっていない。
それどころか、
「お前たち姉妹を……俺はまだ許してないんだよ。半年前……俺の許可無く、人間たちに加勢したこと……」
「……! あなた、どこまで執念深いの……しかも結果として魔王軍を倒せたんだから、悪いことなんて無かったじゃないの!」
「結果はどうでもいいッ!! 勝手にあのマコト・エイロネイアーとかいう男たちに協力したことが『罪』だ!!」
「……っ」
「そうだ走れリール。それでいい。俺に許される日まで、死ぬ気で働いて貢献しろ」
話が通じないので、リールはさっさと打ち切って妹を助けに駆け出す。
サンライト王国では今や『救世主』とまで呼ばれているらしいマコトに協力したのが、リールとルールの姉妹。
エルフと人間は古来より仲が悪く、ドレイクはその種族問題をそのまんま具現化したかのような人間嫌いだったのだ。
この関係により、村での姉妹の立場はあまり強くない。
何かといえばドレイクにダル絡みされるようになってしまったから。
(でも……)
リールは知っている。
「お、お姉ちゃん! ちょっと手こずってて……動きを止められない!?」
「わかった!」
姉妹の絆は、その程度では少しも揺るがない強さである。
さらに、
「すまない、我々はオーガで精一杯だった!」
「ルールちゃんの手助けを頼むよ!」
「頑張れリールちゃん!」
「任せて! 〈ホーリー・ウィップ〉!」
村民たちも、普段から姉妹には温かく接してくれている。
元々リールもルールも、村への貢献度は半端ではなく、ドレイクよりよっぽど信頼されている優等生なのだ。
つまり、本来この村で立場が一番悪いのはドレイクだとも言える。
ただ、村民たちが従ってやってるだけに過ぎない。
「ピエッ!」
――リールは光の鞭を伸ばし、グリフォンの体を捕まえる。
そこでルールがパチンコを取り出して、
「〈フラッシュ〉」
「ピィィィィ……ッ」
光属性の弾を撃ち出し、グリフォンの顔面で激しい光が炸裂する。
視界を確保できなくなったグリフォンは真っ逆さまに墜落。エルフたちに拘束されるのだった。
「お姉ちゃん……サンライト王国も騒がしいって報告、聞いた?」
「ええ。たぶん半年前みたいに、世界中でこんなことが起こっているのよね……」
「だとするとさ……『ムーンスメル帝国跡』の近くの村も危ないかな?」
「っ! そっか……」
ルールは、サンライト王国の美少女魔術師プラムと同じぐらい幼いものの、姉のリールよりも聡明なところがある。
ムーンスメル帝国とは、半年前、魔王軍が根城にした国。
マコトたちと魔王軍との激しい戦いの舞台であり、滅茶苦茶に崩壊してしまった。
帝国を覆う壁の外には、ポツンと一つ、小規模のエルフの村があったりするのだが。
「本当に小さな村だったわよね……戦士の数が足りるとは思えない」
「どうする? 伝えに行くべきかな。もう遅いかな……」
「いや、遅いなんてことはないわ。馬で向かいましょうか」
そうやって姉妹で話がまとまりそうだったところで、
「ま〜たお前たちは……俺に無断でどこかへ行こうというのか」
「ド、ドレイク……」
「いいじゃん別に! 同じエルフ同士、助け合わないと!」
「俺が心配しているのはだな……お前たちがまた、マコト・エイロネイアーを助けに行こうと考えていないか……だ」
「っ!?」
「あんな、この世界のエルフを長命種か何かだと思ってるような世間知らずのバカ男なんかの……何が良いんだ。サッパリわからん」
空が暗黒に染まるこの状況。半年前とそっくりだ。
リールもルールも、薄々察していた。これはまたしても『魔王』の関係する事件だと。
そして、またしてもサンライト王国がきっかけという雰囲気である以上、マコトが無関係とも考えにくい。
もう一度、彼の、彼らの力になりたい――
姉妹のどちらも、頭の隅にその考えがあったことを否定できない。
ドレイクもまぁ鋭い男ではある。
「ああ、向こうにある同族の村のことならば……もう俺がとっくに書状と援軍を送っている。同族どもが、ムーンスメル帝国の『元奴隷』のクソ人間どもに手を貸さなけりゃいいがな……」
「ひどい言い方……」
「おい。村長に何か文句でも? お前らの不安を見越して素早い対応をしてやったんだぞ。感謝ぐらいしたらどうだ」
「……」
思ったよりドレイクは、別のエルフの村の連中にも仲間意識があった模様。
感謝しろ、と言われても……リールはムカついて黙っていたが、
「ありがと村長」
「…………ふん、妹の方がまだ利口だな」
妹のルールが、代わりに『感謝』だけ述べてあげた。顔は完全にムカついてるが。
こんな調子だが、姉妹の考えは固まってきていた。
((やっぱり……放っておけない!))
ムーンスメル帝国跡も、その付近のエルフたちも、援軍を送ったというのでまぁ心配しなくても大丈夫だろう。
しかし妙な胸騒ぎがする。
空の暗黒が一向に晴れない――
マコトたちが、何か『未知の強敵』に苦戦しているような気がして、居ても立ってもいられないのだ。
「ルール……」
「お姉ちゃん……同じこと考えてるかな?」
「だよね……実行したら私たち、今度こそドレイクに殺されるかもしれないけど……」
「ううん、大丈夫! お姉ちゃんと一緒なら、私、何だって乗り越えられる!」
「あはは……頼もしい妹!」
真の戦いは、まだまだこれからだった。




