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#13 不安定な異世界

今回ちょっと長くなってしまいました。

でも重要なことも言いますし、たぶん一章の最終回なので、許してください。









「マコト――――っ!」


 夕陽の中。


 動かなくなったマザーガーゴイルの上から校庭の地面へ降りた俺に、プラムが笑顔で抱き着いてきた。

 俺も、プラムの金髪をわしゃわしゃ撫でてやる。


「よーしよしよし、プラムちゃんいい子いい子〜! ほら俺はここだぞ! いい子だね〜ハイ、お手!」


「……ねぇ、犬みたいな扱いしてない!?」


「してるが?」


「するなっ!!」


「いでッ!?」


 ギャグにもすぐ気づいてビンタしてくるプラム。

 ツッコミ役としては完璧だが、飼い犬としては最悪ってところだな。

 ……俺がそんなことを思ってるのを察して、睨んできてやがる。カワイくねぇ狂犬だぜ。


「校舎の中も落ち着いたのか?」


「うん、少しずつみたいだけど……」


 頷くプラムに、ひとまず安心する俺。

 ――マザーガーゴイルを討ち取ったことで、とりあえず今この場でガーゴイルが増えるって危険は消えた。

 あんだけ騎士達が応援に来てんだ、残党狩りなら楽勝だろうよ。


「みょ〜〜ん♪」


 すると、間延びした謎言語を発しながら女騎士ネムネムが校庭へやって来る。

 俺への援護に投げてくれた巨大なハンマーを拾いに来たみてぇだな。


「おう、ネムネム。それ投げてくれてありがとな。助かったぜ」


「にゅ〜〜ん♪」


 相変わらず何言ってるかわかんねぇが、笑顔ってことだけは見てわかる。


「その様子だと、校舎の中も大丈夫っぽ――」


「マコトさん!! ひどいであります!!」


「あ……アバルドくんじゃないか」


「突然よそよそしくしないでほしいであります!!」


 背後から叫び散らしてきたのは、地面の中にめり込む感じで埋まってた真面目騎士アバルド。

 まぁ、埋まってたワケは……


「謎の兵器で自分を爆撃した挙げ句、空高くで踏み台にして突き落とすなんて悪魔の所業も良いところでありますな!!」


「ご、ごめんて……踏むときにも謝罪しただろ?」


「そういう問題じゃないでありますっ!!」


 俺がマザーガーゴイルに近づくためにアバルドを踏んで、その結果こいつはすげぇ勢いで地面に叩きつけられたんだろう……可哀想にな。

 そういやロケットランチャーで撃ったのもあったっけ……初対面で色々起こりすぎだろ。


「そういうことならマコト、オレだって言わせてもらうが、踏むにしても顔面はねーだろ! 顔面は!」


 今度はジャイロも地面から這い出てくる。そうだった、こいつも踏み台にしてたわ。


「ご、ごめんて……踏むときにも謝罪しただろ?」


「『俺のためだ』ってガッツリ言ってる時点で謝罪もクソもあるかー!!」


「ひぃー! マジ反省する! マジ今回の一件は久々にしても暴れすぎた!」


 そうなんだよな――今までの事件は毎度毎度、この俺が一番被害を被りながらも切り抜けてきた。

 それが今回は珍しく俺が無傷で、周りが傷だらけなんだよな。

 俺自身は痛くなくて良い結果なのに、何だろう。俺が一番の怪我人じゃないというこの罪悪感。


 怪我人といえば、


「マコト……さん……! 無事ですか……」


「フィーナン! そうだよお前が一番ボロボロになっちまったんだよな……」


 騎士に肩を貸してもらいながら現れた、フィー先生。


 下手すりゃジャイロやアバルドよりも重傷なのが、フィー先生ことフィーナンだ。

 リリーを庇ってエリートガーゴイルの攻撃を一方的に受け続けてたみたいだから、そりゃそうなんだが……


「マジ、よく頑張ったな」


「そ……んな……褒められるような……」


「いやいや。正直お前のことナメてた。イマドキここまで生徒のために体張れる教師、そうそういねぇぞ」


「……そう……でしょうか……」


 参ったな、回復魔法でも俺が掛けてやれたらいいんだが、あいにくと俺は魔法は使えんしな。


「……何だか……よくわからなかったんですけど……人のために体を、張るつもりなんて……皆無だったのに」


「そういうモンさ。フィーナン、大丈夫か? ここで教師を続けられるか?」


「そう……ですね。傷さえ治れば……きっと」


 おお、随分ボロボロに見えるが、強気だし、声は元気そうだ。見た目ほど憔悴してるわけでもねぇらしい。

 強い女。


 ――と、ここで、アバルドが何かを発見する。


「ん? ……あ! おーい! ラムゼイ、いったいどこで何してたんでありますか!」


 ラムゼイ? 聞かねぇ名だな。

 手を振るアバルドの視線の先には、夕陽で逆光になってる二つのシルエットがあった。



「さーせん、アバルド小隊長。()()チビデブハゲのオヤジが、学園から逃げ出してくるのを見つけたもんで」



 片方はラムゼイって名前の騎士らしい。何か怒ってるようだが、口調は軽いノリって感じだな。

 近づいてくると、金髪の超絶イケメン。見るからに好青年って雰囲気だが。


「自分らは『二番小隊』でありますが、ラムゼイも隊員なのであります! ガーゴイル防衛戦時は姿が見えないと思ってたら、あんなことしてたんでありますな!」


 なるほどアバルドの部下だったか。

 それと今、騎士ラムゼイの腕を振りほどいたチビデブハゲの男は、



「ヘラヘラした騎士め、ずっと拘束しおって腕が痛いわ! ――私はここの学園長だぞ!!」



 どうやら、この学園のトップのようだ。

 ……自分についての記憶を失い、結果として立場を弁える能力が欠如しちまってる俺は、


「あんたが学園長? ――よくもまぁ、んな大きい態度が取れるもんだな。生徒や職員が必死で対応してる中で逃げといて!!」


「だ、誰だ貴様!?」


 怒りをありのまんまブチまけた。


 話を聞いてる感じじゃあ、騎士団も誰かから救助を求められたワケでもなく、勝手に来たらしい。

 俺が学園にいたのも偶然。


 つまり学園長は何も対応せず一目散に逃げ出したが、偶然、生徒や職員の被害は最小限で抑えられたってだけなんだ。

 もし俺や騎士団がいなかったら、どうなってたことか。


「この人はマコト・エイロネイアーだよ!!!」


 なぜかプラムが俺に代わって学園長に俺の紹介をしてくれたが、


「……あぁ。貴様が噂に聞く『英雄』殿なのか。この学園で起こした問題は山程あるな」


「はぁ? 話変わってねぇか?」


「ま・ず・だ!! 貴様、このガーゴイル騒ぎの中、死者を一人も出していないんだろうな〜? うん?」


「あ?」


 おいおい、何だその態度。

 マジでムカついてきたぞ。


「わかるわけねぇだろ。もちろんなるべく死者は出さねぇようにしたが、お前と違ってこっちは必死こいてガーゴイルを倒してたんでな」


「まーまー、待て待て二人とも!」


 ジャイロが仲裁に入ってくれるんだが、


「それにこのボコボコになった校舎をどうする気だ!? 怪我人も大勢だ! 『英雄』と名乗る割にはお粗末な仕事ぶりだが、どう処理するつもりだ!」


「あのな――」


「待てっつってんだろーが!!」


 どうにも学園長も俺もヒートアップしていくばっかりの中、ジャイロが一際大きな声を上げる。


「マザーガーゴイルは討伐されたばっか……つまり事件は今、沈静化したばっかなんだよ! 怪我人や死者の数はオレたち騎士団が調査するし、怪我人も診療所へ運ぶ! 校舎等の修繕費についても、ウチが出す!」


「えぇ!? おいジャイロ、良いのかよ!」


「……マザーガーゴイル討伐って大役をマコトに奪われたんだ、後始末くらいしねーと面目が立たねーだろ」


 本気で焦った俺に対し、ジャイロは余裕な感じでウィンクしてきた。

 ――クソ、校舎だいぶ壊したぞ俺。後味悪いし、後で絶対に金稼いでジャイロに無言で大金渡してやる。


「ついこの前に団長になったばかりの若僧が……まぁいい。それはそれとしてマコト・エイロネイアー、もう一つ責任を問うぞ」


「あ?」


 学園長は、まだ俺に因縁つけてくるらしい。


「ほら、アール君の問題だよ。彼をイジメたそうだね? マコト・エイロネイアー……情報が入っているんだよ」


「あぁ!?」


 バカ言え! 俺がアールをイジメたんじゃねぇ、アールの野郎がリリーをイジメてたんだろ!

 言い返そうとするが、


「アール君のお父上から脅迫のような手紙が届いてね……この学園が潰されたらどうしてくれるのかね?」


 そういえば、アールは有名な貴族家だか何だか言ってたな。

 クソ、マジで脅迫してきやがったか。


「わかったよ。学園長」


 だったら俺の言えるのは一言だ。




「ぜ〜〜〜んぶ、俺のせいにしろ」


「っ!?」




 これだけだ。


「次、脅迫が来たらこう言え。『マコト・エイロネイアーが全部悪いんです』ってな」


「な、何だと!? 貴様、ベルク家の権力と財力を舐めていると、本当に殺されるぞ!」


「殺されねぇよ――俺を誰だと思ってる」


「ひぃっ!!」


 俺の度胸に腰を抜かしたらしい学園長を背に、俺は学園の外に向かって歩き出した。

 参ったな――ベルク家ってのを敵に回しちまったらしい。


 俺は別に良いんだが、


「マコト! 待ってよ私も行くんだから!」


 無邪気についてくるプラム。

 この子もかなり強くはなったが、もし貴族家に殺し屋でも寄越されたらいかん。


 これ、言ってたっけ?

 俺とプラムは()()()()()()で一緒に住んでんだ。プラムが魔術師団の団員だからな。


 つまりこのままじゃ、この子を巻き込んじまう。


 どうしたものか――



▽▼▼▽



「マコトー! お前なんか大変なことになっちまったな! ぶははははー!」


「爆笑しとる場合か!?」


 とりあえず暗くなる前に帰ろう、と学園を後にした俺とプラムを、ジャイロが追いかけてきた。

 この野郎、俺が珍しく本気で悩んでるってのに……


「そんな中でわりーんだが、もっと不穏な話してもいいか? 本当はもっと整理してから話そうと思ってたんだけどよー」


「……ん?」


 不穏な話、ねぇ。直球だな。

 ジャイロがそんな話するなんて珍しい、と思ったが、そういやこいつサンライト王国騎士団の団長なんだよな、慣れねぇ。


「この世界は今、魔王がいねー」


「……俺が殺したからな」


 んなことはわかってる。

 平和で結構じゃねぇか。色々あったが、とにかく魔王は俺が殺した。


「だが、それって今までにない『異常事態』でもあるんだよなー」


「え? 何でだよ」


「いや、わかんねーけど、今まで魔王がいない世界なんてあり得なかったからな。魔王が誰かに敗北したとしても『封印』しか歴史には書かれてない」


「お前の親父も先代魔王を『封印』してたもんな」


「そーそー。魔王を殺したら基本、殺した奴が魔王になるわけだから、魔王はいなくならねーのが普通なんだ。でも今回、マコトは殺したのに今のところ魔王になってねー」


 聖剣エクスカリバーに、エルフの聖水をぶっかけて、魔王の闇の心臓を的確に突き刺した。

 ここまで対策したからか、確かに今のところ俺が魔王化する感覚はゼロ。


「確かに魔王が死んでからというもの、世界全体の魔物の数は減ったみてーだ。でも、その分、動きが読めないんだ。『変』なんだよ」


「変?」


「今回のガーゴイル騒動だってそーさ。空を飛べるとはいえガーゴイルの群れが何の前触れもなく壁を越えて王都内に侵入してくるなんて初めてだし、しかも迷わず一直線に学園を目指してきてた。充分変だろ」


「迷わず学園に……?」


 ガーゴイルが学園に突っ込んでくる前のことは知らねぇから、引っ掛かる所はあったが、とにかくジャイロが言いてぇのは、




「今、魔王不在のこの世界は『不安定』だ。お前も気ぃーつけろよ」




 と、いうことらしい。


 おいおい、まさか俺が魔王に対して異例の処理をしたからって、この異世界の因果律だか何だかを乱しちまったとかじゃねぇよな?

 シャレにならねぇんだが。



「はぁ、はぁ……マコトおじさーん!!」



 お?

 今度はリリーが走ってきた。雰囲気を察したジャイロが「またなー」と素早く学園へ戻っていく。


「よかった、間に合った……」


「どうしたんだよそんなに慌てて」


 ちょっと埃っぽくなっちまった制服姿で、息を切らして走ってきたようだ。

 嬉しそうにプラムがハグするが、そのままの状態で、


「マコトおじさん、すいません! 私のために貴族家の方々から脅されて……」


「バカ、そんなくだらねぇこと言いにきたのかよ」


 健気で、バカ真面目という言葉がピッタリだな。同い年のプラムなんか能天気に生きてるのに。

 愛おしくなっちまった俺は、プラムもろともリリーを抱きしめた。強く。


「あ、あの……おじさん……?」


「リリー、俺はお前に恩を着せたくてやったんじゃない。助けた理由は『友達だから』、それだけだ」


「え! で、でも……」


「いいんだ。どうせ俺なんか暇人だし、いい緊張感で生活できるってもんだぜ」


「え……ふ、ふふ……っ」


 リリーは、不覚にも、って様子で笑ってる。

 俺のバカな発言に笑っちゃいけないと思いながらも堪えられてないって感じ。


 いいんだよ。笑わせてんだから、笑え。


「俺にできることなんて、これくらいなんだ……そうだ。それでも礼がしたいって言うんなら、リリー」


「は、はい!!」


「もっと笑ってくれ。もっと俺に、何も隠してない笑顔を、いっぱい見せてくれ」


「えっ……?」


 拍子抜けって感じのリリー。

 もっと高度なことを要求されるとでも思ったのかね。


 だが、難易度は低くはねぇぞ。


「俺の心配ばかりしてるが、お前こそ大丈夫なのかよリリー? もうアールやアールの父親は、お前じゃなくて俺を標的にしたとは思うが――」


「…………」


「お前、イジメられてたお前を避けてた友達と、仲を戻せるか? 楽しい学園生活を取り戻せるか? お前自身の手で」


「…………」


 わざと厳しめに言った俺に対して、リリーはしばらく黙った後、




「……はいっ!! できます!! マコトおじさんから、勇気を貰ったから!!」


「よく言った」




 この子は、もう大丈夫そうだな。

 俺はついつい強くリリーとプラムを抱きしめちまった。


 するとプラムも、



「……私も学園には嫌な思い出しかなくて、正直ここに来たくなかったんだけど」


「おう」


「マコトと一緒だから、来てみたくなったの! それで、やっぱりマコトと一緒だと、すごく楽しかったよ!」


「……そりゃ良かった」



 また、二人を強く抱きしめた。

 かわいい奴らだ。


 ――守ってやらねぇと。

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