#128 最後の強敵
俺の背中に触れる小さな掌から、温かみが全身に広がってる感じがする。
プラムが回復魔法を掛けてくれてんだ。俺とレオンに、片手ずつ。
「悪ぃな……プラム。お前だって怪我してんのによ」
「私はちょっと掠っただけだよ!」
「とはいえ爆発してただろ嬢ちゃん……」
「二人のが終わったらちゃんと自分にもやるから大丈夫だって!」
「それにしても、どうだプラム? これぞ『両手に花』ってヤツだ。嬉しいだろ」
「いや『両手におっさん』だろう。どこが嬉しいんだ」
「私は嬉しいよ!」
「嘘だろ……」
ドラゴンに見張ってもらってるとはいえ、敵陣とは思えねぇ呑気な会話。
俺たちはまだ〈混沌世界〉にいる。
治療が終わるまではブラッドとドラコだけで敵を引き受けてくれるらしいが……大丈夫かよ。
するとドラゴンが首をもたげて、
「む、やはり来たか。死神ども……この量では仕方があるまい」
「ブラッドの取りこぼしってことか?」
「いや……敵を自分に引きつける術があるらしいが、まだ何もしていないようだ」
何だかよくわかんねぇが、こっちに来る死神の量は大したことない。
「ヴア――」
「オォオ――」
俺は火炎放射器を生み出す。ドラゴンも口の中に炎のブレスを溜める。
合体技いくぞ。『D』ランク冒険者の俺と、ドラゴンの『D』で、
「「〈ダブル『D』・バーンアウト〉!!」」
「ヴァアアッ」
「オヴォォ――ッ」
二つの灼熱の炎が重なり合い、混ざり合い、近寄る死神を焼却処分。
え? バーンアウトって燃え尽き症候群? 知らん、そんなもの。
▽▼▼▽
俺とドラゴンが炎を振り回してるところ、横目にブラッドが走ってるのが見えた。
ゴソゴソと、懐から何か取り出そうとしてるぞ。
出てきたのは……角笛か?
「すまねぇ親分、距離を取ろうとして出遅れた!」
「……何する気だ?」
俺にはブラッドの考えがよくわからなかったんだが、
「はぷ!」
あいつは角笛をくわえて、
「ブオオオオオオオオ〜〜〜〜ッ!!!」
鈍くもデカい音が響く。ブラッドが吹いたんだ。まだ意図が読めねぇが、
「――ッ」
「ギャオォ」
「ワンッ!」
空中の要塞鯨に怪鳥、死神ども、それにハイドまで。
一斉にブラッドの方を振り向き、イラついたように睨む。
まさか。
「ダッハハハ、成功だ! 角笛には魔物の注意を引きつける効果があんのさ!」
「それモン◯ンの設定じゃねぇか!?」
流石は冒険者。一狩り行こうぜってか。
ブラッド目がけて怪鳥が高速で迫る中、後ろから要塞鯨の援護射撃が飛んでいく。
おいおいブラッドのヤツ、引きつけてくれるのは良いが集中砲火じゃねぇか!
と思いきや、
「――ふんッ!」
カキンッ――!
ブラッドは大鉈をブン回し、峰で砲弾を力強く跳ね返す。
「――ッ!!?」
デカい故に動きのトロい要塞鯨は、自分の砲弾を顔面に食らってジタバタしてる。
マジかよ。
「ギャオオオ」
ドドドドドドドッ――――!!
今度は怪鳥が火球を雨のように吐きまくるが、ブラッドは正面から突っ込んでいく。
火球を掻い潜りながらジャンプして、
「らぁッ」
「ギャオ!?」
向かってきた最後の火球を斬り裂いた。直後に大鉈をポイッと投げ捨て、
「んんん……」
目の前には怪鳥の頭。ブラッドは頭上で組んだ両手を、
「おらァァァ!!!」
「オオオッ!?」
ハンマーのように振り下ろした。
怪鳥は情けなく甲高い声を上げながら、真っ逆さまに地面に墜落する。
だがブラッドは空中で隙だらけ。
「すぅぅぅ……」
それを、今や固定砲台と化したハイドが見逃してはくれなかった。
「ブラッド危ねぇぞ!」
治療はほぼ終わってる俺も助けに行きたかったが、間に合わん。かなり高い空中だからレオンでも間に合わねぇかも。
「ッゴオオオオオ!!!」
――ボカァン!!
「ブラッド!」
極太ビームが放たれ、ブラッドに直撃し爆煙に包まれた……ように見えたんだが、
「ダ〜ッハハハ! んなもん効くか!」
爆煙の中から無傷のブラッドが現れて、無事に着地を果たす。
どうやって防御したんだ?
「……いいなぁ、この『魔石ランチャー』とやら! 光属性は効果覿面だぜ! 魔術師団に感謝しねぇとな!」
あの兵器で防いだのか。横にくっついてる五色の円盤とか雰囲気から察するに、五つの属性を切り替えて使えんのかな?
仕組みはよくわからんが、魔術師団も面白ぇことするんだな。
「そっか! あのマジなんとか……中に魔石が入ってるみたいだよ!」
プラムが何かを感じ取ったのか、興奮しながら話し始める。
「ん? 魔石? ……っていうか……」
待てよ?
「この世界で光属性が使えるってあり得ねぇよな!? どうなってんだ!?」
「そう! そうなんだよ! この世界は魔法使いから『魔法適性』を奪う……けど魔石って『自然に生まれる魔法の塊』だから、適性も何も無いんだよ!」
「なるほど! わかんねぇ!」
「わかんないんかいっ!!」
「ぼへ!」
回復魔法終わりにシバかれたが、要するにブラッドだけはこの世界で魔法が使える状態なんだな? 原理は……やっぱわからん。
にしても随分と強いところ見せてくれたな、ブラッドのヤツめ。
あいつが弱いワケねぇんだ。知ってんだよ。
そう、子分たちが殺されて自信を失ってただけのことで……
『ヤツ』との因縁は深ぇよな。
ブラッドとハイドが、対峙する。
「グルル……ワン! ワン!」
「……おうおう、よく見りゃそこの犬っころ。俺の大事な子分たちを全滅させてくれやがった戦犯じゃねぇか! 親分にもあんなに迷惑かけた野郎が……なんて無様な姿だ! ダハハ!」
「ワンッ!」
「だが、いくら無様だろうと……俺とお前の因縁は消えやしねぇ。ブッ殺してやる!」
さっき投げた大鉈をキャッチして、ブラッドは豪快に笑う。
笑顔とはいえ単に明るいものではなくて、どこか、自分を責めるような感情も混じってる気がする。
真剣に見てた俺たちは、
「――ッ!!」
「おっと!?」
クジラ野郎が砲弾撃ちまくってるのに、当たるギリギリで気づいた。
あの野郎、急に静かに攻撃しやがって!
「グロロロォ!!」
するとドラゴンが大きく口を開け、そこから飛び出して砲弾を全て爆発させたのは、巨大な『樽』、『大量のカラフルな剣』、そして『おっさん』……
「黒ひ◯危機一髪!?」
「神界パーティーグッズだ」
「は?」
「神界パーティーグッズ」
「は?」
ドラゴンが難解なことを言うモンだから俺も変な対応になっちまった。
「魚風情め! 空からチマチマと攻撃しおって、頭が高いぞ! グロロロッ!!」
「待てドラゴン! 俺も行く!」
「『閃光のレオン』……よし、共に行こう。おぬしが居れば心強い!」
「――ッ!」
レオンを背中に乗せて、ドラゴンは咆哮を上げながら要塞鯨に向かっていった。
さらに、
「ウェンディ何とかして〜〜! 死にたくない〜〜っ!!」
「もう逃げ道は無いようだな……」
【……】
震える手で刀を持つジキル、徒手空拳のウェンディが、阿修羅とやらに変身したフィーナンに追い詰められてる。
誰も心配してねぇワケはなく、
「ヒャッッッハーー!! バケモンがよぉ!」
【……!?】
斬り刻まれる寸前、横から飛び込んでナイフで防いだのはドラコだった。
せっかくハイドが犬になってヒャッハーなキャラいなくなったのに……お前が受け継ぐなよ。
「腕いっぱいってことはさぁ!!」
ナイフによる乱舞に、フィーナンも少し動揺気味に見える。
ドラコも実は強い説があるんだよな。
「腕切り放題ってことだぁね!!」
【ウォ……!】
相手の剣を弾きつつ、腕を一本、二本と切り飛ばしてくドラコ。やるなぁオイ。
そしてプラムも立ち上がり、自分に回復魔法を掛けつつ、
「ねぇマコト……」
「ん?」
「ブラッドがあいつを斬り殺さずに、殴って落としたのは……何でだろうね?」
「あいつって……」
プラムが指差すのは地面に落ちた怪鳥。立ち上がろうとしてる。
「あの魔物、普通じゃないかも。何か……感じるんだよ。『愛』を……」
「あんなのに愛なんかあるか?」
「わかんない、わかんないけど……私がやってみるよ」
「そうか…………頼んだぜ」
何をするつもりなのか俺にはサッパリだが、プラムなら……何とかするんだろう。
信じてるから追及しねぇ。
……さて、残るは俺と……
【ゴボゴボ……】
「お前、だな。ネムネム」
体が元通りになってねぇ、ボロボロの泥人形と再戦ってワケか。
ラムゼイもまぁいるんだが、俺とレオンから貰ったアッパーの痛みをまだ癒してるようだ。
それにしても急にトロいな……トロいというか、微動だにしないというか。ラムゼイのヤツ。
まるで何かの準備でもしてるみてぇな……
「――マコトっ!!?」
誰の声だ?
俺を呼んだよな。あっちこっちから声が聞こえてくるから、咄嗟にわかんなかったぞ。
緊迫した声と、焦った足音が、俺の方に猛スピードで近づいてくる。
見てみると、それはジキルだった。
何であんな泣きそうな顔で……
【…………】
チラッと見えた。
――ゾンビドラゴンが、ニヤリと口角を上げたところ。
そして……俺のすぐ後ろの空中……黒いアメーバのような物体が現れ、
ドンッ。
俺は、突き飛ばされる。
あまりに予想外だったんで軽く頭を打った。後頭部をさすりながら起き上がって、
「……え?」
俺を突き飛ばしたのは、ジキル。
「……か、はっ……」
そのジキルが今……剣で、刺されてる。
刺されてるんだ。
メイド服が鮮血でグチャグチャだ。
問題は――刺してる相手で。
「え、えっ……エバーグリーン……?」
エバーグリーン・ホフマン。
騎士団の先代団長。ジャイロの親父。
真っ赤な髪。威厳のある整った顔。また威厳のある真っ赤な髭。
十年ほど前、ラムゼイやハイドを創った先代魔王ギルバルト・アルデバランを倒した男。
半年前、新たな魔王に殺された男……
半年前、俺の目の前で死んだはずの男。
俺の、友達だった男……
「……嘘だろ……」
今、目の前に、いちゃいけない存在がいる。
そして、ジキルを、刺している……




