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#126 SIDE『海の国』:世界に広がる裂け目



 泡立つ水中。

 巨大な岩のような『サンゴ』にはドアが付けられていて、



「……う〜〜〜んっ!」



 中から元気よく出てきた、煌めく青い鱗を持つ『人魚』が伸びをする。



「今日もおはようっ、世界っ!!」



 そこまで深くはなくとも、ここは海底。決して明るい場所ではない。

 けれども彼女は、まるで『自分自身こそが太陽だ』とでも言うかのように、晴れやかな笑顔で声を張り上げるのだった。


 しかし、



「『おはよう』て。ずいぶん遅い朝だカニ」


「……おはよう!!!」



 静かに控えめに話の腰を折ってくる、小さくて真っ赤なカニ。

 角のように飛び出たくりくりの目玉に、彼はいつも通りの困り眉を浮かべて、


「しかもわからないカニ? フィアンヌ。いつにも増して真っ暗だカニ。世界の危機だカニよ」


 状況を知ろうともしない、おてんば人魚に忠告。


「……おはよう!!?」


「フィアンヌ。君、ちょっと今回ばかりはゴリ押し控えてほしいカニね」


「ちぇっ。ノリ悪いんだよシュピロは」


 理由は不明だがなぜか喋る蟹、シュピロはいつも通りに追い払われそうになる。



「いやいや待つカニ! 本当に様子がおかしいんだカニ! 謎の『裂け目』があちこちに現れると向こうでも大騒ぎ……ここは国の中でも外れの方にあるとはいえ無関係では……」



 人魚のフィアンヌと違って非力なので簡単につまみ出されそうになり、両手のハサミを打ち鳴らしながら警告する。

 と、


「お〜〜〜いフィアンヌちゃ〜ん!」

「何だか国は騒がしいけど、今日も来てやったぜ〜!?」

「今度こそお前のその美しい鱗、剥ぎ取らせてもらう!」


 ガラの悪い、魚人のギャングたちまでやって来た。

 彼らの狙いはフィアンヌの鱗。どうやら他の人魚よりも綺麗なので高値で売れるようだが、


「また来たようるさいの!」

「一番うるさいの君だカニ!」


 フィアンヌとシュピロにとっては、彼らの襲撃も慣れたもの。日常の一コマである。

 でもって、


「ん? ちょっ……ぎゃあああ私を投擲武器として扱うのやめるカニぃ〜〜〜!!!?」


 ぶんっ、とフィアンヌがシュピロを投げるのも恒例。


「おぅぶへェ!!?」


「またいんのかよこのカニ……」

「構うな、フィアンヌを捕えろ!!」


 シュピロを簡単に打ち落としたギャングたちは、それぞれナイフや銛を持ってフィアンヌへ突撃してくる。


「さ〜〜〜朝の準備体操!!」


「「「うおおおお」」」


「いっち、に〜……」


「「「おらああああ」」」


「さんしっ!!!!」


 プロペラのように下半身を動かして爆速で泳ぐフィアンヌは、その拳でギャングたちを()()()()()



「「「ぎゃあああああ〜〜〜……」」」


「ふうっ、いい運動!」



 海の彼方まで飛んでいくギャングたち。

 いつものことだった。


 だが、今日ばかりは、そんな『いつも通り』が続くことはないようだった。


「……な、何!?」


 海中なので揺れを感じはしないが、サンゴの自宅が、周りの石や貝がらなんかが、明確に揺れている。

 何か強力な気配が近づいてくる……?



「う……うう……フィアンヌ……」


「シュピロ?」


「見え、る……カニ……? 向こう……」


「えっ!? あれは巨大な……魚影!?」



 ボロボロのシュピロが這いずってきて、方向を指し示す。

 空が『闇』に包まれているため海中は普段よりも視界が悪いのだが、言われてみれば黒い影が蠢いている。



「あれって、まさか!?」


「封印されているはずの……魔物……なぜ今になって急に解き放たれたのか……」


「魔王の仕業ってことかな!? また!」


「あぁそうか……そうだカニね……空が変なのも説明がつくカニ……」



 国の中心の方で騒ぎになっている『裂け目』も、動き出した巨大な影も。

 全ての辻褄が合う。



「とにもかくにもマズいカニ……国が滅んでしまうカニよ……」


要塞鯨(モビー・ディック)……いいわ、このあたしがぶっ飛ばしてあげる!!」


「え!? フィアンヌ待って! 無理だカニ!」



 シュピロが小さなハサミを伸ばすが、超高速で泳いでいくフィアンヌには届くはずもなく。

 彼女は、青い巨大鯨へ拳を振りかぶり、



「封印されてたってことは、この海を荒らす超凶悪な魔物ってことだよね!? あたしはこの海が大好きなの! 許さないからっ!!」



 だいぶ自分勝手な理由で戦いを挑む。

 と、



「――――」


「ッ!?」



 要塞鯨(モビー・ディック)が、無数に備え付けた全身の大砲をフィアンヌに向ける。

 攻撃が来る。フィアンヌは振りかぶって握りしめていた拳をパッと開いて、



「ふんぬぅぅぅあっ!!」


 ――ボカァン!



 水を()()、自分の正面へ引っ張って、無理やり水流を作り出す。

 飛んでくる魔力の砲弾を、分厚い水流が受け止めてガードしたのだ。


「――――!!」


 表情一つ変えず要塞鯨(モビー・ディック)は、次々と砲弾を撃ちまくる。



「おぅりゃああああ!!!」


 ――ボカンボカンボカァンッ!!



 負けじとフィアンヌも休まず水流を引っ張りまくって、受け止めていく。

 だがこのプラスにもマイナスにもならない攻防は、


「あ〜〜〜もうジレったい!!」


 フィアンヌの嫌いな戦闘。

 あろうことか彼女はノーガードで鯨へ突っ込んでいく。


 ――ボォン!!


「……!」


「フィアンヌ〜〜〜!!」


 当然、砲弾を受けるが気にもとめない。

 体が黒焦げになっても進み続ける。



「あたしの海を汚すなぁ!!」



 ブンッ、と拳を振り抜く。

 それは空を切っただけだった。


「あれ……? あれ……?」


「おぉおぉフィアンヌ大丈夫カニ!?」


 大慌てでシュピロが泳いでくる。

 だがフィアンヌは自身の怪我よりも対戦相手の消失ばかりに執着していた。



「ねぇ、ちょっと……あのデカ鯨はどこ行ったの……?」


「見てなかったカニか。君が殴る直前、奴の正面に黒い……『裂け目?』のようなものが現れて、それに吸い込まれるように消えていったカニ」


「え……?」


「事態は、私たちの想像よりも遥かに複雑なようだカニ……」



 あの強大な魔物はどこに行ったのか。


 今や世界中へ侵食しつつある『裂け目』。その向こうに何が広がっているのか……

 どれほどの壮絶な戦いが繰り広げられているか……


 海の中の者たちは、知らない。

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