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#115 「自惚れんじゃねぇよ」


「あ、謝るって……? 謝るお話って何ですかルーク様!? 事情なら聞きました、『魔王』となって暴走するマコト様を止めようとされていたんですよね!?」


 悲しげな顔で『謝る』なんてルークが言うモンだから、恋人(?)のミーナは泣きそうになりながら必死にフォローする。


「……えっと……」


「仕方がありませんよ!! 『魔王』なんて、他に誰が止められるんですか!? ルーク様にしかできないことです!!」


「いや……そうだとしても……」


「先程ジャイロ様に助けてもらって私、今まで裏で一人で何かを頑張っていたあなたが、ご無事かどうか心配で心配で……っ!!」


「あの……」


 何だか変な感じだな。ルークの様子が。

 俺はミーナの肩を叩き、


「待てよミーナ。単純じゃない、もっと深い事情がありそうだ。まずは聞こうぜ」


「あっ……そ、そうですね、すみません……」


「ルーク。俺が『魔王化』した時の策を練ってたそうだが……」


 聞こうって言っときながらつい話しちまったが、要するにその先を話してくれってこった。

 ルークは目を閉じて俯き、



「はい……ダンジョンで……『強制支配魔法』を、暴走せずに発動することを習得したので……ハァ……ハァ……まずはそれに頼ろうと……」


「ああ、片側だけ悪魔になるヤツな」


「……それでも力不足でしたら……暴走状態に入ることもやむを得ないと……思っていました」


「うん……」



 気持ちはわかるし、それ以外に方法も無ぇし、今のところ謝る必要性は感じられない。

 だが、



「しかし……今回〈氷結の悪魔(アイス・デーモン)〉を発動しても、ゲホッ……ほんの少し、意識が残っていたんです……」


「え!?」


「でも……僕の、理性を……働かせてしまっては、マコトさんを全力で攻撃できない……だから、ある程度、身を委ねました……」


「……」


「途中、国民の皆さんまで……攻撃しそうになったりもしましたが……ドラコさんが見えたので、甘えました……」



 他に被害は出てないっぽいし、正しい判断はし続けていたようだ。

 ちょっと『謝りたい』の意味もわかってきたところで……疑問がある。



「なぁ、ルーク……急にミーナを捕まえてたのは、どういうことだ?」


「え!? ちょっとマコト様!? 相棒のルーク様を疑って――」


「黙って聞け!」


「う……」



 怒鳴っちまった。今、かなりデリケートな問題に足を突っ込みつつあるから。

 ここでミーナが余計なことを言うと、ルークを更に苦しめる可能性があるんだ。



「……察し、ますよね……そこは……」


「……」


「はい。()()()です……暴走した僕が、ミーナさんを狙えば……マコトさんの正義感が呼び起こされると考えて……」


「「……ッ!!」」



 やっぱり、あの場面でも意識はハッキリしてたんだそうだ。


「そ、んな……」


 ミーナは頭を抱えてるが、


「バカ野郎、ルーク。お前の女だぞ……? お前とミーナが一番苦しむだろうが!! 俺のために……いくら俺のためとはいえ……!」


 拳を握りしめる。謝りてぇのは俺の方だ。

 ルークの思惑通り、俺の中の正義感が体を動かしたのも事実だしな。



「う……うぅ……それでも……結局は……アバルドさんの最後の一押しが無ければ……ハァ、ハァ……無能の僕は、ミーナさんを無駄に傷付け……マコトさんを元に戻すことも叶わず……!!」


「そ、そんなことないでありますよ……あなたの機転が無ければ、自分だって何も……」


「ごめんなさいアバルドさん……ごめんなさいマコトさん……ごめんなさい……ミーナさん……!! う、うあぁあ……」



 抑えていたんだろう涙が、ルークの頬を次から次へと流れ落ちる。

 アバルドの励ましも空回りのようだ。


「それだけじゃ……それだけじゃないんです……今に始まったことでは……なくて……」


 まだまだ終わりではなく、



「半年前から……僕はずっと、マコトさんの右胸に『闇の心臓』があるのではないかと……予想を立てていたのに……っ!! 危惧していたのに……」


「――」


「マコトさんが本当に『魔王』になってしまうなんて信じられなくて……恐ろしくて……!」


「――」


「何か対策するにしても……僕が余計なことをして、マコトさんがどうにかなってしまったら……潜伏する『敵』が動き出してしまったら、と……」


「――」


「眠れる獅子を、起こしてしまうのではないかと……二の足を踏んでいる内に……状況はあっという間に変貌して……このザマです……」



 そうか。

 情報収集してるとか、計画を練るとか、そういうことだけで半年間、姿を見せてねぇのかと思ってた。


 それもあるが、何よりもルークは怖かったんだ。


 一人で葛藤してたんだ。


 だったら相談しろよ――と文句を言うこともできるかもしれねぇが、正直、相談されたところで誰に何ができた?


 ここ最近になって変なことが続いたからこそ、俺たちは魔王軍幹部のスパイを探すだとか、迎え撃つだとか、そういう話に自然となっていった。


 特に大したトラブルが無かったこの半年の中で……急にルークがそんな話をしてきても……現実味が無さすぎる。


「俺も平和ボケ、だな。結局は」


 そう呟くことしかできねぇ。


 ルークは、なけなしの力を振り絞って、両腕を大きく広げる。

 自分がどれだけ愚かしいのかを示すように、顔を引きつらせながら……腕を広げるんだ。



「見てください! この空を! この王国を! ――全てが僕の怠慢の結果です!! 防ぐことができた!! こうなる前に!!」



 見回せば……

 空飛ぶ死神に怪鳥(ガルーダ)、その他の国民が変貌した魔物たち。

 空を覆い尽くす闇。

 あっちこっち、無作為に現れては消える『裂け目』。

 荒らされてボロボロの街。死体。血痕。人々の悲鳴。諦めムードを振り切って尽力する騎士や魔術師、冒険者たち。

 中がどうなってるかわからんが、空から極太ビームで貫かれた王城。


 俺とルークが争った、死闘の痕跡。破壊された民家。

 『救世主』や『魔術師団のNo.2』まで暴れ回っちまって、逃げ場も無く怯える国民たち。


 ああ、地獄絵図だ。



「僕は……僕は……いったい……何をやってるんだ……何をやっていたんだ……!? 無為な半年を過ごした……ただ消費した……っ、僕は……」



 もはや泣きじゃくっているルーク。

 掛ける言葉は――無い。


 だからこそ俺は、



「……え……?」


「……」


「マコト……さん……」



 強く、抱き締めた。

 余力をほとんど感じない、ルークのボロボロの体を。

 折れそうなほどに抱き締めたんだ。



「俺も悪かった……お前がそんなこと考えて過ごしてたなんて、微塵も考えてなかったよ」


「……」


「お前に、『正しい』と。『頑張った』『充分だ』と……言ってやりてぇよ」


「……」


「でも言えやしねぇ。お前が今言った通り、既に最悪の状況に突入してるワケだからな」


「はい……」


「犠牲も出てる。大量に。だからもう、チャラにはできねぇ。『終わり良ければ全て良し』なんて言うのも手遅れで、今となっちゃ無責任な言葉になっちまう」


「……はい」


「だからよ、とりあえず……今起きたことだけ、まずは『清算』しようぜ」


「……え?」


「ミーナ、やれ」



 ゆっくりとルークから離れ、背を向けて少し歩く俺と――すれ違うミーナ。

 彼女は右の拳で『グー』を作って、



 ――ゴッ!!


「ぶっ」



 ストローク最大のフルスイングで、ルークの鼻っ柱を殴る。

 わけもわからず鼻血を噴いてるが、



「今のは……いくらマコト様を救うためとはいえ、私を殺す勢いで氷漬けにした罰です」


「……は、はぁ……」



 返り血のついた右手を痛そうに抱えて、いつになく冷たく言い放つミーナの言葉に、納得してるようだ。

 ルークとしても、この罰は望んでいたものだろう。


 だが、やっぱ真に納得していないのは殴った張本人。



「そして、()()は……サンライト王国の皆様を代表して、行います」


「え? ……んむっ」



 ミーナは、ルークに熱い口づけ。

 要するにキスだ。今のが初めてだろ、こいつら。


 ったく……どんな言い訳だよ。


 サンライト王国の皆様を代表だと?


 今ルークが後悔を話してる間、ずっと感情移入して泣いてた女がよ……白々しいにも程があるぜ。

 だが、メッセージ性としてはバッチリだ。


 当然ルークは困惑してるが、



「……みんな、ルーク様が大好きなんですよ? もちろん私が一番に愛していますが!」


「っ……ミーナさん……」



 伝えることは1つだけ。

 ルークがどんなに失敗しても、後悔してても、無能を晒しても――それが事実かどうかはさて置いて。


 誰もルークのことを嫌いにならねぇ。



「俺もルークが大好きだ。お前がどんなに自分のダメさ加減をアピールしたって、その気持ちは変わらん」


「マコト……さん……?」


「お前一人の責任だと? 自惚れんじゃねぇよルーク、勝手に一人になってんじゃねぇ! お前みたいな優しいヤツが悪者だったら、俺たち『仲間』全員悪いわ!!」


「うっ……」


「反省会なら、一人じゃやらせねぇぞ。全部終わらせてから、俺たち全員でやるんだ!」


「うう……っ」


「俺を正気に戻そうとしてくれて、ありがとう。こっから先は任せとけ!」



 ルークの涙ならさっきも見たが、それは悲しみばっかりの後悔の涙だった。

 少しでも『仲間』の温かみを感じた今の涙は……きっと、さっきとは違うさ。




「待ってろ相棒。魔王軍幹部なんか、どいつもこいつも……俺たちがブチのめしてやっからよ!!」




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