#113 SIDEウェンディ:降り注ぐ絶望
ひと通り体を舐め回された後、ウェンディは再び十字架に拘束させられた。
今度は適当な鎖とかではなく、しっかりと闇属性魔法で作成された拘束具だった。
両手を広げて磔にさせられたウェンディとは違い、十字架の裏の下の方で雑に拘束されているジキルは、
「ごめんなさい、ウェンディ。あたしがもうちょっと長く潜伏していれば……別の機会が来たかもしれないのに。読み誤った……これでもう助けを待つしかない」
「うむ。もう自力で逃げ出すことは不可能だろうな……」
「……その割に落ち着いてない?」
それはジキルに責任を感じさせないための強がりも含んではいたものの、
「私は……マコトたちを、『仲間』を信じている。ラムゼイのような空っぽの敵に負けたりはしない!」
「もう既に負けたんじゃ……?」
「また立ち上がればいい。彼らは、絶対に立ち上がる。そういう人たちの集まりなのだ」
「……」
諦めていたジキルは、ウェンディの真っ直ぐな瞳に感銘を受けているようだった。
しかし、
「――盛り上がってるとこ悪いんだが、そこの女子二人!?」
「……あんた……!」
〈混沌世界〉のあちこちに『裂け目』を作り、事あるごとにサンライト王国にちょっかいをかけていたラムゼイが近づいてきた。
「メイド服の女ァ……お前はいつどうやって見せしめにしてやろうか、人質に使えるか……考え中だ! あまり自分の命が長く続くと思うなよ」
「くっ……」
「あ〜ジャイロ・ホフマンも、マゼンタ・スウィーティーも、マコト・エイロネイアーもルークも、ハイドもお前らも、アバルド小隊長まで!! みんな返り討ちにしてやって気分が良いなぁ〜!!」
なんて悪趣味な発言だろう。
ウェンディもジキルも、胸糞悪いとしか思えなかった。
ラムゼイはニヤつきながらクルクルとその場で回り、
「サンライト王国を潰す計画の一番の要として考えていたことがあったが……気分が乗ってる今の内に実行しちゃおっかなw」
「何をするつもりなのだ!?」
「……見てな、ウェンディちゃん」
ラムゼイは二人に背を向け、少し先の『裂け目』まで歩いていく。
たった今脅されてしまったジキルは、
「羨ましいよ……ウェンディ」
「ん?」
「信じられる『仲間』がいてさ……」
「っ!」
「あたしもそういう人生を送りたいって決意したけど……やっぱり無理だよ。クソみたいなことやってきたこのあたしが『仲間』だ何だと……言えないよ」
「だがマコトは……」
「受け入れるつもりみたいだけど、彼は能天気なだけだよ。あたしにそんな資格は無い……」
「……いや、もう私たちは……」
「どうすれば良いのかわかんないよ……やっぱり消え去るのが正解で…………え?」
大きな『裂け目』の前で跪いた、ラムゼイの様子がおかしい。
足元に黒い魔法陣が浮かび上がる。ボコボコと彼の全身が波打ち、盛り上がり、
「〈顕現――――ゾンビドラゴン〉」
巨大化、していく。
ネムネムの『ハニー・スワンプ・モンスター』のように、ラムゼイもまた別の異次元の怪物に変身するようだ。
形作られていくシルエットは、二本足で立つ巨大な竜。
だが肉体はところどころ朽ち果て、鱗も剥がれている場所が多々ある。骨や筋肉が丸見えの部分もあり、腐り果てた死体のよう。
【神々シイダロウ。コノ姿――サンライト王国ノ王、バルガ・ドーン・サンライトニ、ゴ挨拶トイコウカ】
「き、貴様っ! その姿で陛下に何をするつもりだ!!」
恐ろしく低いトーンで話した、ラムゼイもとい『ゾンビドラゴン』は、大きな『裂け目』に頭を突っ込む。
悔しいことに、ウェンディもジキルも見ていることしかできない。
その『裂け目』は、王城の中に繋がる。
【ゴキゲンヨウ。サンライトノ王】
「ッ……君が首謀者かね。我々は『戦争』をする気はない。できることなら、望むものを明け渡す。だから攻撃をやめてほしい」
【……】
「目的は何だ? 金か? 領土か? 物資か? 名声か? ……我々の降伏か?」
望むものを問われる『ゾンビドラゴン』。
バルガ・ドーン・サンライトという王は、戦争が大嫌い。
本当に、可能な限りの要求に応えてくれるのだろう。しかしラムゼイの目的は、
【世界】
「……ッ!!」
不可能だった。
〈混沌世界〉側で『ゾンビドラゴン』は両腕を広げ、無数の『裂け目』を創り出す。
「な、何を!? 攻撃をやめろ! これ以上、民を傷付けるな!!」
【断ル――〈黙示録の雨〉】
――サンライト王国の上空に現れた無数の『裂け目』から、『闇』と『光』が混ざり合う、特大の爆弾のような魔力の塊が降り注ぐ。
地面を、民家を……そして国民を。
次々と爆破していく……
それはもちろん王城にも命中し、大きく揺れ、バルガ王もバランスを崩して倒れる。
支えに入り、護衛しようとする騎士たち。
「陛下! お逃げください!!」
「あの怪物、何かする気です!!」
騎士たちは見上げて畏怖し、口々に叫ぶ。
追い打ちとばかりに、王城の中の『ゾンビドラゴン』が大きく口を開け、腹の底から膨大な魔力を絞り出す体勢になっている。
口内で光る、眩しすぎる魔力に照らされる騎士たち、そしてバルガ王。
「逃げる? どこに逃げるというのだ……ここは、余の国だぞ……!!」
【――〈堕落退廃・死・ブレス〉】
極太にして超重量級の高熱ビームが、騎士を、王を、焼き尽くす。
さすがの『ゾンビドラゴン』も発射の反動で首が上に動かされ、王城の屋根を突き破って外へ飛び出す。
結果、王城は超巨大ビームに上から下まで抜かりなく貫かれ、地下深くまでの全てが消滅してしまった。
「え、王様が……死んだ?」
「……嘘だ……陛下……」
ラムゼイが、とうとう国王を殺害した。
この事実は、ウェンディとジキルを絶句させるのに充分だった。




