#105 人を狂わせる世界
「マゼンタっ!!」
最強の魔術師のマゼンタが、動けねぇほどボコされるなんて……何か事情はあるだろう。
しかも、
(ラムゼイは俺たちと戦う前……王国の外壁に『結界』が張られたことに怒ってたはず。あの時マゼンタはまだ健在だった)
つまりラムゼイが、俺との戦闘中にこの〈混沌世界〉とやらに入った短い時間で――片手間みたいにマゼンタを倒したってワケだ。
『裂け目』を作ってあっちこっち現れるフットワークの軽さはもちろん、謎の強さも持ってるようだな。
だが考えてる場合じゃねぇ。どんなに強かろうが、マゼンタは仲間だ。
「ハァ……ハァ……ダメ……よ……二人とも……来ては、いけない……」
辛そうに苦しそうに、マゼンタは必死に俺たちに呼びかけてる。そんなモン聞くか。
「バカ言え、今助けるぞ!! ……ん?」
「うっ」
短い声がして、違和感。
背負ってるルークの腕の力がスゥッと抜けて、ドサリと落ちる音がしたんだ。
「お、おい!? ルーク!?」
振り返ると――四つん這いのルークが見開いた目でひたすら地面を見つめ、口を押さえて蹲っている。
「……気持ち悪い、気持ち悪い……」
「はぁ!?」
「っぷ……おぅ、あ、ガハッ! おぉぅ……」
「大丈夫かお前!? ノロウイルスか!?」
嘔吐だ。
信じられねぇし急すぎるが、ルークは蹲ったまま吐き戻しまくってる。
どんなに我慢しても止められねぇようで、呼吸困難に陥りそうなほどだ。
「ん……?」
だが、他人事じゃなかった。
――ドクン……
何か聞こえた気がした。
この虚無みたいな真っ暗の空間の、どこから聞こえるんだ?
――ドクン……!
太鼓の音か?
いや、変だな。この空間のどこかからじゃねぇ感じだ。
――ドクン、ドクン!
俺だ。
俺の心臓の辺りから音が……振動が。
――――ドクンッ!!!
一際大きな心臓の鼓動で、はっきりとわかった。俺の右胸が震源地だ。
そして。
「うぐっ……ごぼ、ごぼふぉッ……!!」
クッッッソ、痛ぇッ……!
突き刺されるように強烈な右胸の痛みに襲われた俺は、かなりの勢いで口から血の塊を吐き出した。
一瞬マジで心臓が出てきちまったかと思う量だったが、ただの血だ。
「がふッ! ゴハァッ……!!」
とはいえヤバいことに変わりねぇ。
横倒れてまだ吐いてるルークの横に、俺も咳き込んで吐血しながら膝をついた。
これじゃ、全員戦闘不能じゃねぇか。
「ルーク……マコトさん……っ、う……」
「――どうしたマコト・エイロネイアー? 『闇の心臓』が……魔王の血が騒いできたか?」
「あっ」
離れた位置にいるマゼンタもルークと同じように嘔吐してる中、彼女の背後の闇からゆったりと金髪イケメンのラムゼイが現れる。
虫でも扱うみてぇに、マゼンタの体を蹴って転がした。
あの野郎は……また顔をモンスター化させて片足を振り上げ、
「ヴアアアァァウ!!」
「っ……」
ドンッ、とマゼンタの豊かな胸を踏みつける。真っ黒な地面にヒビが入るほどのパワー。マゼンタも盛大に血を吐いてる。
あいつ……!
「ガハッ、ゲボッ……やめろ、お前っ……!」
吐血の合間でどうにか叫ぶが、焼けるような右胸の痛みで俺の体は動かねぇ。チクショウ……役立たずだ俺は!!
「『やめろ』だと? これは全てお前のせいだというのに……」
「……は……ぁ?」
「『魔王』になるためには『魔王』を殺すこと。つまり、まだ『闇の心臓』もとい『闇属性』が覚醒していないお前は、まだ真に『魔王』とは呼べない」
「……」
「だからお前を闇堕ちさせるための嫌がらせを続けた……ガーゴイルの群れをぶつけ、学園長を誘導してベルク家と引き合わせ、リスキーマウスやハイドをぶつけ、ダンジョンで『闇の瘴気』にどっぷり浸かってもらい……」
「!?」
「ダンジョンでの情報を元にお前の複製体を作って……事件の犯人に仕立てて懸賞金をかけて、戦わせた!! 全部俺がやった! 俺が全部を一人でやった!!」
そう、だよな。
全てはラムゼイの仕組んだこと、だったワケだもんな。
命を狙うって意味もあったとは思うが、俺を『魔王』として完成させるためだったか……
「特に!! ダンジョンの、あの不完全で出来損ないの魔物どもの操作たるや!! 俺が『ボス』とはいえ、お前らの味方のフリをしながら一人で全てを管理することが、どれだけ面倒で苦痛だったか!!!」
「っ」
そうか。『ボス』もこいつだったか。
やべぇな……怒るたびに、その怒りのパワーは足元のマゼンタに行ってるぞ。
「俺だけがっ!! 何度も、何度も、何度も! 何度も!! 何度も!! 何度もおおおおッ! 苦労をしたんだぁぁぁぁッ!!」
激昂していくセリフと連動して、マゼンタの胸が、腹が、幾度となく踏み潰される。
彼女も尋常じゃなく吐血してる……早く、早く助けねぇと!
(そういえば痛みが弱まってきた……今だ!)
ラムゼイが心を乱してるからなのかは知らんが、とにかく動くなら今しかない!
と思ったのも束の間、
「〈混沌・メテオ〉ぉっ!!」
「うぅお!?」
ラムゼイが激昂したヤケクソで放ったらしい闇と光の複合魔法が、ピンポイントで俺とルークの間に落ちてきた。
爆発で吹き飛ばされて、落下していく。どこを見ても真っ黒だからわかりづらかったが、どうやら俺たちは崖の上にいたようだ。
悪いが、一旦ルークは放置だ!
俺は吹き飛ばされた勢いを利用して、マゼンタへと一直線。
拳銃を生み出して発砲し、ラムゼイを怯ませて追い払った。
「おらっ」
同時にトランポリンを生み出して、倒れるマゼンタのすぐ横に投げて強引に設置。
俺はトランポリンに着地したついでにマゼンタの体を抱え上げ、大ジャンプ!
「俺たちが入ってきた『裂け目』……アレだな! あの向こうにはプラムたちがいる! すぐに治療してもらえっ!!」
「っ」
空中で回転をつけてマゼンタをぶん投げ、あの『裂け目』に放り込んでやった。
後はプラムたちが何とかしてくれるだろ。ひとまず安心……のはずだったが、
「あっ!?」
「ヴアーーー……」
「ヴオオーーー……」
「オオーオォ……」
「ヴアーーー……」
ジャンプしてきた空中は、なんと『死神』だらけだった。囲まれてるぞ。
おいおい。二体だけでも大変だったのに、こんな量産されるような魔物なのか……!?
この別世界怖すぎだろ。
「ヴオオオオ」
「クソッ……!」
四方八方から鎌が飛んでくるんで、とりあえず長剣を生み出して振り回すように自分の身を守る。
でもやっぱ完全には防ぎきれず、背中や脚を斬りつけられちまう。
これ、今度はルークがヤベェんじゃ……そう思って探すと、
「っ!? ルーク!!」
全然違う、また別の脅威によってルークは危険な状況に置かれていたんだ。
「〈大災害・ブレス〉ゥゥゥ!!!」
まさかのオオカミ獣人、ハイドだ!!!
そうか! せっかくジャイロが倒したコイツを、助けやがったのもラムゼイってことになるのか!
久々に現れたハイドが、もはや恒例の極太ビームを放つ。
落下中の動けねぇルークに狙いを定めて……
「ぐあっ……」
「ル、ルーク! っておわぁぁぁ〜〜〜!?」
当然ルークは極太ビームに巻き込まれ、直線上にいた俺も飲み込まれる。
ぐああ熱ぃぃ〜〜〜!!! まさかマジで正面から浴びる日が来るとは……ッ!!
二人して遥か下の地面まで叩きつけられ、爆発に体を焼かれた。
正直……もうボコボコだぞ俺ら……
――ドクンッ!!
「あがぁ……ッ! クッソ……やべ……ガフッ、ゴボハァッ! また心臓が……っ!」
「げほ、げほっ……おぉ……ぅぷ……ごふっ」
ただでさえ黒焦げで苦痛に耐えるだけでもキツいってのに、激痛と吐血、嘔吐も継続ってのが本当にヤバい、冗談じゃねぇ!!
早くこっから出ねぇと……
極めつけに俺もルークも、取り込み中ながらも気づいていた。
周囲から――明らかに常軌を逸した存在が何体か、近づいてきていることに。
――ビュビュビュビュンッ!!
高速で大量の何かが飛んでくる。
急にフワッと風を感じたと思ったら、
――ズババババッ!! ザクッザクッ!!
「ぎゃあああああ〜〜!!」
「うああッ……」
体感としては、亡きブラックビアードの〈神威断〉とやらに近い、風の斬撃のようなものが俺たちを襲う。
もう……感覚が消えるんじゃねぇかってほど切り刻まれて……あれ? おい、腕とか足とか切れてねぇよな!? ああ、四肢が残ってるだけでも奇跡だ……
そして、
「……あれは……?」
「……ま……参ったな……」
巨大なドロドロの拳? みたいなものが、俺たちの目の前まで迫ってきてた。
何なんだよ意味わかんねぇよ、次々と……
見た目としては、本当に『泥』としか言い表せねぇんだが、
「「――ッ!!」」
普通に強大な打撃。ぶん殴られた俺たちは血反吐を吐くが、叫び声を上げる体力すら無かった――――
▽▼▼▽
――意識が朦朧とする中、気づく。
ぶっ飛ばされた勢いで、俺たちはどっかの『裂け目』に放り込まれたらしい。
ここはどうやらサンライト王国の街中だ。
吐血も嘔吐も止まった。
今のは完全敗北と言っても過言ではねぇが、脱出できたのは不幸中の幸いだったな……
「ん?」
空を見上げる。
周りの国民たちも怯えつつ、みんなが空を見上げたり指をさしている。
――上空に巨大な『裂け目』が生まれた。
そこから――死神が出てくる。
その数は100、いや200、いや、もっとか……? とにかく数え切れねぇ量が湧き出てくるんだ。
「……王国が……地獄になっちまう……」
せっかく外壁に『結界』を張ったってのに、内部から侵入されちまうとは……
これは本気でシャレにならねぇ。




