1-6.オラクルペンダントに託した想い
「クスクスっ……ごめんね、フィオーラ君。こうやって三人一緒に買い物に出かけるのホント久しぶりだったから、あたしもついはしゃぎすぎちゃった」
「わたしも……ごめんね、フィオ? つい悪乗りしすぎちゃって……」
「……ううん、別にいいよ。もう慣れっこだし……それよりも、早いところ買い物済ませちゃおう? このままだとお昼食べ損なっちゃうし……」
ふと懐中時計に目を落としてみると、時刻は既に午後十二時二十分。店に着いたのは午前十時二十分頃だったと思うから、かれこれもう二時間近くも無駄に店内にいたことになるのか……。
いい加減そろそろ目的の買い物を済ませないと、いくら寛大なアネットさんでもさすがに痺れを切らしてしまうかもしれない。さっきから背後に突き刺さるアネットさんの視線が妙に痛いことだし……というか、その無言のままただニコニコと見つめられるのすごく怖いんだけど……。
それとなくアネットさんの視線を気にしつつ、ぼくたちはそそくさと再び買い物を始める。
えっと、必要なものは……プレゼントとして贈るクッキーを包む小袋に、その小袋を飾り付ける色とりどりのリボン。この辺のことは事前に買い物リストに購入する物をまとめておいたおかげで、比較的スムーズに買い物が進められた。
これに関しては、前もって下調べをして準備をしてくれていたツィーネに感謝かな……。
「んんぅ~っと……とりあえず、必要なものはこんくらいかな?」
「そうだね、数もこれくらいあれば十分足りると思う」
「それじゃあ、あとはお会計を済ませるだけだね!」
改めて、三人で買い物リストを確認し合い、何か不足しているものがないか最終チェックを行なう。
うん、見た感じ大丈夫そうだ。あとはフィアの言う通り、会計を済ませるだけ。
再度品物が入ったカゴを持ち、ぼくたちはゆっくりと女店主『アネット』さんが待つカウンターまで歩み寄る。
「あら……ふふっ……じ~っくり時間をかけてお買い物を楽しんでいたみたいだけども、お目当てのお品は見つかったのかしら?」
ぼくたちの姿を見つめてアネットさんは『待ってました!』と言わんばかりに、不敵な微笑みを浮かべる。
もともと買うものは既に決まっていたのに、買いもしないものに目移りして無駄に時間を割いていたなんて口が裂けても言えない……。
「あ……はい、なんかすみません。思ったよりも決めるのに時間、かかっちゃったみたいで……」
「ううん、気にしてないから良いっていいって! 見ての通り、店内にはフィオーラ君たち以外、客なんていないんだし。それに……常連さんには今後ともご贔屓にしていただかないとねっ!」
チラッとフィアとツィーネの方に視線を移して、軽くウィンクを送るアネットさん。それに二人とも小さく微笑みながら軽く会釈をする。
そう言えば、フィアもツィーネもちょくちょくこの店に来るんだっけ……。
一見すると親しみやすいお姉さん的な人だけど、この愛嬌の良さからも意外と商売上手なところがあるのかもしれない。
「んんぅ……? あれ、このペンダント……もしかして『オラクルペンダント』ですかっ!?」
急に身を乗り出したかと思えば、少し興奮した様子でそう言い放つフィア。
アネットさんがいるカウンターのすぐ横に設けられた小さな陳列棚、そこにポツンと置かれた可愛らしい小さなペンダントがひとつ。
フィアが言ってるペンダントって、もしかして『アレ』のことだろうか?
確か『オラクルペンダント』とか言ってたけど……。
「あら、フィアーナちゃんはこういうのに興味津々な感じ?」
「はいっ! 昔から『おまじない』とか大好きなので!」
アネットさんの質問に、フィアは意気揚々と元気よく答えてみせる。確かに、昔から『占い』とか『おまじない』とか、その手の類に目がなかったっけ……。
「……ねぇツィーネ、あの『オラクルペンダント』ってやつ? 結構有名なの?」
「うん、女子の間だと結構有名だよ。なんでも『肌身離さず身につけていると願いがひとつだけ叶う』って話があるとか何とか。近頃は人気が出すぎちゃって、売り切れ続出中の大人気商品なんだってさ」
「へぇ……」
ツィーネから軽く説明を受け、改めて『オラクルペンダント』へ視線を移す。よくよく見てみると、青い宝石のようなモノが中央にはめ込まれているみたいだ。
『魔石』……とはまた違うっぽい感じがするけど、少なからずペンダントそのものから『魔素』にも似た波長を感じる。
でもなぜだろう?
見れば見るほど、不思議と意識が吸い込まれていくような……。
「あら……?」
その時だった。不意に来客を知らせる鐘の音が鳴り響き、閉ざされていた店の扉が静かに開かれる。
見た感じ女の子、みたいだけど……何だか様子が変だ。しきりに茶色のおさげ髪を左右にフリフリとさせながら辺りをキョロキョロとしているし、何だか落ち着きがない。表情からしても、どことなく不安そうな色が見え隠れしてるし、身につけていた緑色のワンピースの裾をぎゅっと両手で握り締めて、今もメチャクチャおどおどしてる。
もしかしてこの子、この街の子じゃない?
この辺ではあまり見かけない顔だし、その可能性も十分あり得る。でも見た目的にぼくやフィアよりも一回り背は低く、ぼくたちよりも年下の可能性が高い。
仮にそうだとしたら、まさかここまで一人で来たのだろうか……?
近頃は魔物の狂暴化がより顕著だ。戦う術を持たない者が一人で街の外を出歩くのは死に等しい。ましてや、それが幼い子供ともなればなおさら……。
この子からは特に強い魔素を感じないし、特別魔術が扱えるわけでもなさそうだし、そうなると……何かしら、深い事情があるのかも……。
「あ、あの……すみません。こちらに『オ、オラクルペンダント』はうってません、か……? ルゼフィーむらにはうってなくて……それで、ファーメルンのまちならうってるかもってはなし、きいて……」
少女は少し声を詰まらせながらも、懸命にアネットさんへ声をかける。
緑色の瞳をウルウルと潤ませて、今にも泣き出してしまいそうな勢いだ。たまたまその場に居合わせたぼくもフィアもツィーネもあくまで他人事ではあるけど、それでも見ているだけで何だか心配になってくる。
そんな少女の心細そうな気持ちを察してなのか。アネットさんはにこやかな微笑みを携えながら、そっと少女の元まで歩み寄った。
「はい、ちょうど最後のひとつが残ってますよ」
「ほ、ホントですかっ!? よかった……これでおかあさん、すこしはげんきになってくれるかなぁ……」
「元気に、なってくれる……?」
少女がボソッと口にした言葉を耳にして、フィアが恐る恐る尋ねる。
最初、フィアに声をかけられてびっくりしたのか。少女は身体をビクッとさせながらその場でモジモジとしてしまう。
でも、少しの間を置いて再び重い口を開く。
「は、はい……じつはおかあさん……いまびょうきにかかってて……だから、すこしでもげんきになってもらいたくて……『オラクルペンダント』があればおねがいごと、ひとつだけかなえてくれるっておはなしきいたから、わたし……」
「あっ……そうだったんだ……ごめんね、辛いこと聞いちゃって……」
踏み込んだことを聞いてしまったと、フィアはすぐさま少女に謝る。
そんなフィアの様子を見て何か思うことでもあったのか。少女は何も言わずにただ顔を横に振った。
「なるほどね……お嬢さん、お母さん……早く元気になると良いわね」
アネットさんは優しく微笑むと、少女に目線を合わせてしゃがむ。そして、一瞬フィアに目配せを送ったかと思うと、不意に売れ残っていた最後のオラクルペンダントと共に銀貨二枚を少女の手に握らせた。
「えっ……? あ、あの……おかねは……それに、このおかね……」
「ううん、いいのよ。今回だけは特別……だから、早くお母さんのもとへ『これ』を持ってお帰りなさい? きっとあなたのお母さんも、あなたの帰りを待っているわ。ただ、一人で街の外を出歩くのは危ないから帰りは馬車に乗ってね?」
「おねえさん……で、でも……」
「ふふっ、甘えられるのは子どもの特権。甘えられる時に甘えておく方がいいわよ? 大人になったら、甘えたくても甘えられないんだから……それにこれはお姉さんが好きでやってること。だから、何も遠慮しなくていいのよ?」
「おねえさん……ありがとう……っ!」
先ほどまでの泣き出しそうな勢いがまるで嘘のように、少女は弾けるような満面の笑顔を咲かせるともらったオラクルペンダントと銀貨二枚をポシェットにしまい、ぼくたちにペコっとお辞儀をしてそのまま店内を後にする。
「……なかなか粋なことしますね?」
「ふふっ、さすがにあんな小さな子からお金なんか取れないわよ。まあ商売人としては失格だけどもね……」
ぼくの問いかけに一瞬、物悲しそうな表情を浮かべるアネットさん。でもすぐさま普段と変わらないにこやかな笑顔に戻る。
その時のアネットさんの横顔は、誰が見ても分かるくらいに晴れ渡っていた。