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運命を紡ぐ双子と想いのキセキ  作者: 楓麗
第1章 募る亡き母への想い
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1-5.ツィオーネの苦悩と長いお買い物

 どこまでも広がる青い空。


 幾度となく行き交う白い雲。


 まばゆい太陽の日差しが天空の遥か彼方からきらめけば、それに呼応するかのように散りばめられた星の架け橋(ヴェール)が宙を駆ける。


 今日も今日とてファーメルンの街は平穏だ。きっと、星の祝福がこの大地に住まう私等わたしたち人間を、ありとあらゆる災禍から護ってくれているのだろう。


 信仰深い教会の信者たちならおそらく、日々そんなことを思い描きながら祈りを捧げているに違いない。現に今も、街の中央広場に門を構えるパルテール教会へと足を運ぶ信者たちの影が後を絶たない。


 それにしても……星の祝福に、ありとあらゆる災禍から私等わたしたち人間を護ってくれる、か……。


 本当にそんなモノがあったら、誰も苦しまずに済むのに……。




「クスッ……だぁーれだ?」


「……」




 それとなく、広場を行き交う人々の姿をぼーっと眺めていると、不意に視界が暗闇一色に閉ざされる。


 このやけに耳にまとわり付く猫撫で声……一体誰のモノなのか、嫌でも分かってしまう……。




「クスクスッ……だぁ~れだ?」


「はぁ……ツィーネ、そういう冗談は良いから早いところ離れてくれない? ものすっごく暑苦しいんだけど……」


「アハハっ! もぉ~う、今日もフィオーラ君はつれないなぁ~!」




 視界が再び開けるのとほぼ同時、ケラケラとしたツィーネの甲高い笑い声が周囲に響き渡る。


 まったく……『神出鬼没』とはよく言ったものだ。本当、油断も隙もあったもんじゃない。




「おはよう、ツィーネちゃん。ちょっぴり、待たせちゃったかなぁ……?」


「んんぅ? あぁ……ううん! あたしもちょうど今来たところだから、そんな気にしなくても大丈夫だいじょうぶ!!」




 少し不安そうな面持ちでいるフィアを目にし、すぐさまニカっと満面の笑みで応えてみせるツィーネ。ひらひらと軽やかに赤いスカートをひるがえして、手を後ろに組みながら優しく微笑む様はツィーネの姉であるフュールさんを彷彿ほうふつとさせる。


 本当、さっきまでの子ども染みた悪戯っぽさがまるで嘘みたいだ。ほんの一瞬のことではあったけど、普段のツィーネの姿からは似ても似つかないほどの大人びた、優しいお姉さんっぽさを垣間見ることができたような気がした。




「それで、買い物は何から始める? ここまで来る途中、チラッと雑貨屋『ジェーノ』を覗いてみたけど……」


「うん……なんだかよくわからないけれど、小麦粉とかお砂糖とかクッキーに必要な材料のほとんどが売り切れになっちゃってたね……」


「あぁー……それに関してはちょっといろいろあって、まだ補充ができてないみたい。ほら、フィオーラ君もフィアーナちゃんも話には聞いてるでしょ? 例のフィーリンスの森から流れてきたループスの群の話。なんかそいつらがちょいちょい悪さをするらしくてさ、本来なら既に届いてるはずの王都からの物資が未だに届いてないんだって……」




 ぼくとフィアの話を耳にするや否や、ツィーネはただその場で淡々と物資が滞っている経緯いきさつを説明する。


 見るからに気怠そうな面持ちだ。でもまあ、ツィーネの立場上、そう思ってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。ここ一帯を治めている五大家のファーメルン家としてみれば、今世間を騒がせている例のループスの群はいわば目の上のたんこぶ。王都から運ばれてくる商品の流通の妨げになることはもちろん、人々の不安を煽るばかりか、最近ではループスによる実害も増えてきている。


 そうなると、ますますファーメルン家の負担は深まる一方。あのお淑やかなフュールさんですら時々愚痴をこぼすくらいだ。ツィーネもファーメルン家のお嬢様である以上、例外ではないだろう。


 さて……現状、雑貨屋『ジェーノ』で目的の買い物ができないとなると、次に向かうべき場所は……。




「まずは先に、装飾店『フィーリンス』で買い物を済ませておいた方がいいかな?」


「そだね、フュール姉様の話だと王都からの物資は、何もなければ『教会の鐘の音が鳴り響く頃には届く予定』らしいし、先に『フィーリンス』に行ってパパっと買い物済ませちゃった方が都合いいかも」


「うんうん! それじゃあ、まず向かう先は装飾店『フィーリンス』だね。いつも混むのは大体お昼下がり頃だったかなぁ……この時間帯だとたぶん、まだまだ空いてそう!」


「おお、さっすがフィアーナちゃん! よっ、装飾店『フィーリンス』の常連さん! 日々オシャレを求めて、伊達に通い詰めてるわけじゃぁないねっ!!」


「も、もうツィーネちゃんったら……そんなことないよ! え、えへへ……」




 いつものように悪乗りして、あれやこれやとフィアのことをはやし立て始めるツィーネ。それに対して、フィアもフィアで何だか満更でもないご様子。


 改めて思うことだけど、ツィーネって本当にお調子者だ。毎回出会うたびにぼくには妙な悪戯を仕掛けてきたり、フィアのことをからかってみたりと……どことなく、掴みどころがない。


 でも、なぜだろう……?

 『こんな普段と何ひとつ変わらないやり取り』が、『こんな変哲もない日常』が、『いつまでも続いていけばいいのに』と思ってしまう自分が、心のどこかで確かにいたのだった。











 以前、お父さんからこんな話を聞いたことがある。






『女の買い物に付き合う時は十分、気を付けろよ……?』






 ファーメルンの街のある一角に佇む、こじんまりとした装飾店『フィーリンス』。その中でも特に女性物の髪飾りを取り扱っている陳列棚の前で、フィアとツィーネは揃いもそろって何度も低く唸り声を上げていた。


 かれこれ待つこと、小一時間ぐらいになるだろうか?

 たかがプレゼントを包む小袋や飾り付けに使う装飾品を購入するだけで、まさかこんなにも時間をついやすことになるとは思ってもみなかった。


 普通、目的の品物だけを探してそれを買えば良いだけの話だっていうのに、どうしてこうも他の商品にまで目が行ってしまうのだろうか……。


 まったく、フィアやツィーネにも困ったものだ……。




「わぁあ……すっご~いキレイな髪留め! でも、こっちの水玉模様のリボンもかわいいなぁ……」


「おっ……ねぇねぇフィアーナちゃん! こーいうの、フィアーナちゃんによく似合うんじゃない? ほら、髪も長いし、黒いリボンだと銀色の髪にもすごく映えそう!」




 そんなぼくの気持ちなんか露知らず、心底楽しそうにはしゃぎながら今度は髪飾りの品定めをし始めるお二方。心なしか、カウンターからずっとぼくのことを見守っていた女店主『アネット』さんの視線の中に、憐れみにも似た何かをひしひしと感じる……。


 さて、どうしたものか……。


 少なくとも、このまま口を出さずに黙っていたら、いつまで経っても買い物が終わる気配はしない。


 あんまり気は進まないけど……やっぱりここいらで、何か行動に打って出ないと……。




「……ねぇ二人とも、買い物に花を咲かせるのも良いんだけど、そろそろ本来の目的を思い出し――」


「――ねぇねぇフィオ! フィオはどっちがいいかなぁ?」


「……えっ?」




 ぼくの言葉を遮るようにして、突然フィアから勢いよく話を持ちかけられる。そんなフィアの両手には、それぞれ形の異なった髪飾りの姿が……。


 ひとつは、白いレースのあしらわれた黒くて長い一本のリボン。


 もうひとつは、スピカの花を真似た装飾物がほどこされた青色のバレッタ。


 買うかどうかは分からないけど……とりあえず、ぼくに選んでほしいのだろうか……?


 でも、正直悩むなぁ……。

 こんなこと言ったらまた『シスコン』って思われそうだけど、ぶっちゃけフィアなら身内の色眼鏡抜きにどんな髪飾りでも似合うと思う。


 そのことを十分踏まえた上で、あえてこの中から選ぶとしたら……。




「う~ん……どっちでも似合いそうな気はするけど、いて言うならこの黒いリボンの方かな?」


「たしかに……フィオなら、こっちの方が似合うかも……」


「ん、んん……?」


「チッチッチ、フィアーナちゃんはまだまだ甘々だなぁ~! やる時はもぉ~っと徹底的にやらないと! フィオーラ君ならね、もっとこー『フリフリとした黒いヘッドドレス』とかの方が似合うんじゃないかな? ほら、はたから見たら『女の子』にしか見えないし! ゴスロリとか着たらヤバい似合いそう!!」


「はぁあっ……?」




 フィアの突拍子もない返答に戸惑う暇もなく、続けざまにツィーネの口から意味不明な言葉の数々が次から次へと飛び出す。


 まったくもう……ヤバいのはツィーネ、お前の頭……もとい、思考回路だっつうの。未だに紫色の瞳をはしゃいだ子供みたいにキラキラと輝かせて、本当いつになってもツィーネの考えてることは分からない。


 というか……フィアもフィアで、そう真剣にぼくに似合う髪飾りを選別するなし……。




「アハハっ! もぉ~う、相変わらず冗談が通じないなぁ~、フィオーラ君は! そんな怖いお顔してたら、せっかくの『可愛いお顔』が台無しだよ? 半分は冗談だから安心してねっ!」


「……つまりそれって、半分は『本気』ってこと……?」


「あ、あははは……」




 ぼくの問いかけに、ツィーネはただ笑うばかり。そんなぼくたちのやり取りをすぐ傍で見守っていたフィアに至っては「またいつものことが始まった」と言わんばかりに、小さく苦笑いを漏らしてしまう始末。


 今に始まった話じゃないけど、ツィーネって本当『いい性格』してるよなぁ……もちろん、悪い意味で……。


 でもまあ、こういう『あっけらかんとした一面』があったからこそ、今でもこうしてぼくたちの関係は続いてるのかもしれない。

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