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運命を紡ぐ双子と想いのキセキ  作者: 楓麗
第1章 募る亡き母への想い
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1-18.からかい上手の姉と純真無垢な妹と

 フュールさんの部屋を出たぼくはその場で一度、周囲を見回した。


 まずい……今、自分が一体どこにいるのか……正直言って、まったく分からない。


 唯一、分かってることは……ここがファーメルン邸の三階であることと、フュールさんの部屋の近くであるっていうことくらい。普段はカウンセリングも診療所の方でやってるし、フュールさんの部屋に入ったのだって確か今回を含めて三回目だったはず。そのこともあって、この辺りの間取りとかはほとんど知らないに等しい。


 下手に動けばそれこそ、迷子になってしまうだろう。ファーメルン邸はいつ来ても、本当に内部構造が複雑に入り組んでいてその上、途方もなく広い。だから、屋敷を訪れた際には必ずと言っていいほど案内役が存在した。


 しかし、どうしたものか……闇雲に動けば、迷子になってしまうのは必至。そうなると……一層のこと、今すぐフュールさんの部屋に戻ってツィーネの部屋まで案内してもらえるよう、お願いするか……?



 いや、あんな気まずい空気になってしまったから逃げるように部屋を出たと言うのに……今さら戻るなんてこと、あまりに決まりが悪すぎてできるわけがない。


 そうなると、この場は自力でツィーネの部屋を探し出すしか選択肢はないか……。


 ツィーネの部屋は確か、ファーメルン邸の二階のどこかにあったはず。普段は周囲の目もあるからあまり人様の家の中で魔術を行使したりはしないんだけど、今回に限ってはある種の緊急事態でもあるわけだし致し方ない。


 そうと決まれば行動あるのみ。ぼくはその場で深呼吸を繰り返し、瞳を静かにそっと閉じる。


 耳を澄ませば聞こえてくる、屋敷に漂ういくつもの音。この場に流れる大気の動きを読み解けば、屋敷の全貌もおのずと浮かび上がってくる。


 魔術の発現……領域の展開……範囲拡張……適用範囲の確定及び、処理空間の最適化……領域の固定……。


 よし……ファーメルン邸とその敷地内の内部構造はあらかた理解した。こうして改めて見てみると、やっぱり広いの一言だ。


 あとはフィアが放つ魔素ディウムの波動を辿っていけば、そのままツィーネの部屋も見つかるはずだけど……。




「ん……これは?」




 フィアが放つ魔素ディウムの波動を探し出そうと、再度意識を研ぎ澄ませたその時……何とも言いがたい違和感のようなものが、不意にぼくの脳裏をよぎる。


 何だろう、これ……?


 フュールさんの部屋を中心とした『ごく一部の空間』だけがなぜか、霧がかかったかのようにぼんやりとしてる。他の場所は曇ることなくはっきりと今も『見えてる』のに、なぜか『そこだけ』はぼくの魔術をもってしてもなお霞がかっていて、しっかりクリアに見えなかったのだ。


 まるで『何者か』が外部から見えないよう、『何か』を隠しているかのように……。




「あら……? まあまあ、そこにいらっしゃるのは『フィオーラさん』ではありませんか!」


「えっ――」




 どこからともなく声が聞こえたかと思うと、ぼくの意識はすぐさまこの場に呼び戻される。


 ティタさんだ。背後を振り返ると、そこには……いつもの青いドレスワンピース姿に身を包んだティタさんが今も、にこやかな笑みをたたえて静かに佇んでいたのだ。




「ふふっ……ごきげんよう、フィオーラさん。このような場所で独り立ち止まって、どうかなさいまして?」


「ティタさん……こんばんは、実はちょっと迷子になっちゃったみたいで……」


「迷子、ですか?」




 ぼくの言葉を耳にして、きょとんと小首をかしげるティタさん。口元に右手をそっと添えたまま、紫色ししょくに染まった瞳を小さくきらめかせている。


 それにしても……まさかティタさんが、ぼくのすぐ背後にいたなんて……ティタさんに声をかけられる今の今までまったくその存在に気がつかなかったから、正直びっくりした。いつもだったらすぐ気づけたはずなのに、今回ばかりはちょっと『魔術』の方に意識が行きすぎてたかな……?


 いや、違う……たぶん、それだけが原因じゃない。先ほどこの近くで見られた『魔術妨害ジャミング』にも似たあの感覚……もしもあれがなければそもそもティタさんに、ここまでの接近を許さなかったはずだ。


 そうなると、さっき感じた『魔術妨害ジャミング』にも似たあの感覚は、一体……。




「――フィオーラおにーちゃんでも、迷子さんになっちゃうことあるの?」


「ク、クティ!? いつの間に……」




 ティタさんに続いて、今度は『クティ』が立て続けにぼくの背後からピョコっと、その姿を現す。


 五大家がひとつ『ファーメルン家』が四女『セークティ・フォール・リヴ・クロット・ファーメルン』……お気に入りの緑色に染まったワンピースをクルっとひるがえして、みんなから『クティ』という愛称で親しまれる小さな少女は、ニコっとぼくの目の前でその無邪気な笑みを一際ひときわ輝かせる。


 正直……今のは、完全に『油断』してた。魔術に意識が行きすぎてたティタさんの時ならまだしも……まさか、特に何もしていないこの状態でこんな小さな女の子に気配もなく、背後を取られるなんて……まるで、もうひとりの『小さなツィーネ』を目にしてるかのような気分だ。


 まあ、あの悪戯好きなツィーネと比べたらクティの方がずっと、可愛げがあるけど……。




「くすっ! こんばんはー、フィオーラおにーちゃん!」


「う、うん……こんばんは、クティ。今日も元気いっぱいだね?」


「うんっ! クティはいつでも元気いっぱいだよ! フィオーラおにーちゃんも『今』ので、元気でた?」


「ん……クティ、それどういう意味……?」


「え~っとね……この前、ツィーネおねーさまがおしえてくれたの! フィオーラおにーちゃんにお声をかけるときはね、背後からそぉ~っとかけるのがいいよって!」


「あぁ……そ、そうなんだ……あ、あはは……ははっ……」




 クティの小さな口から飛び出したあまりにも予想外の言葉に、ぼくはその場でただただ苦笑いを浮かべるばかり……。


 ツィーネ……あいつ、本当余計なことばっかりして……本当、ろくでもないことしかしないんだから……これ以上、クティに妙なこと教えて純真無垢なこの子の心を穢さないでほしい……。




「まあまあクティちゃんったら、ふふっ……ですが、そのような振る舞いでフィオーラさんが喜ばれるのでしたら、今度からわたしも真似てみようかしら?」


「い、いやいや……喜ぶ喜ばないうんぬんの話よりも前にそもそもびっくりしちゃうので、お願いですからやめて下さい。ツィーネだけならまだしも、クティやティタさんにまでそんなことされたら、さすがに身が持たないです」


「ふふっ、冗談ですわ。確かにフィオーラさんの困ったお顔はとても可愛らしいのでやってみたい気持ちもなくはありませんが、それが原因で嫌われてしまったら私も嫌ですので!」




 そう言って、ティタさんは再び右手を口元にそっと添えながら、ぼくに向かいニコっと小さく微笑む。


 何というか……さすが、ツィーネの『お姉さん』と言ったところだろうか?

 どことなくだけど……今の言葉の言い回しといい、最後に見せた悪戯っぽい微笑み方といい、口調が丁寧なことを除けばそれこそ『ツィーネ』を目の当たりにしてるかのような気分だ。


 いや……正確にはティタさんがツィーネに似てるのではなく、ツィーネがティタさんに似てるのか。どっちにしても、血は争えないってことなのかな……。




「それで、フィオーラおにーちゃんは『迷子さん』なんだっけ?」


「まあ、そうだね……フュールさんとの話も終わって、そのままの足でフィアたちがいるツィーネの部屋まで行こうと思ったら迷っちゃったみたいで、普段は三階まで来ることも滅多にないし……」


「まあまあ、それは大変! このお屋敷はとても広くて、非常に迷いやすいですものね……ですが、私たちが来たからにはもう大丈夫! フィオーラさんをツィーネちゃんたちがいるお部屋まで、ご案内致しますゆえ!」


「えっ……気持ちは嬉しいんですけど、本当に良いんですか?」


「はい、もちろんですわ! 困った時はお互い様ですもの!」


「そうですか……? それじゃあ、お言葉に甘えて……ありがとうございます、ティタさん、クティ」




 ぼくの返答を耳にして、ティタさんとクティはニコニコと笑顔を浮かべる。


 ちょっと予想外な展開になっちゃったけど、二人が案内してくれるならそれに越したことはない。


 やっぱり、人様の家でむやみに魔術を使うのは避けたいところだし、何よりあんな風に屋敷全体を盗み見るような真似はあまりしたくないし……。




「――ねぇねぇ、フィオーラおにーちゃん! クティのこと、スキ?」


「……えっ?」


「まあ……!」




 改めて、ティタさんを先頭に一歩足を踏み出そうと思った次の瞬間、ぼくのすぐ隣にいたクティがふとそんな言葉を投げかけてくる。


 これにはぼくも目の前にいたティタさんも思わず、出しかけた足を止めてしまう。開いた口が塞がらないとはまさに、このことを言うのだろうか。


 というかティタさん、さっきからチラチラとそんな『キラキラした目』でこっち見ないでほしいんだけど……。


 第一、クティは一体どういう意味で『好き』という言葉を使ったんだろう……?


 質問に答える前に、まずはそこをはっきりさせる必要がありそうだ。




「えっと……どうしたの、クティ? 急にそんなこと聞いて……」


「えへへ……それはヒミツだよ、フィオーラおにーちゃん! それでクティのこと、スキ?」


「う、うーん……」




 溢れんばかりの無邪気な笑顔でうまいこと、はぐらかされてしまった。その上、まだ幼さが残る割には押しも異様に強いし……これは、思ってた以上に手ごわい……。


 しかし、どうしたものか……こう言う時って、どんな風に答えるのが良いんだろう?


 正直、返答に困ってしまう……。




「……フィオーラおにーちゃん、もしかしてクティのこと『キライ』……?」


「えっ……!? そ、そんなことないよ……好きかと言われたらもちろん、好きだよ。クティの元気いっぱいな姿見てると、何だかぼくも元気がもらえるし」


「くすっ、そうなんだ! クティもね、フィオーラおにーちゃんのこと大スキ! えへへ、クティたち『両想い』だねっ!」


「そ、そうだね……あはは……」


「まあまあ……!」




 ゆっくりと歩を進めながら屈託のない無邪気な笑みを浮かべるクティに対し、なかば呆気に取られつつもぼくはその場でどうにか笑顔を取り繕う。


 本当、さっきから一体どうしたんだろう……?


 『好き』だとか『嫌い』だとか『両想い』だとか……そんな言葉が次から次へと飛び出して、何だかいつものクティらしくない。あとティタさんはいつまでも恍惚こうこつとした笑みを浮かべてないで、そろそろツッコミやフォローの一つや二つ入れてほしいんだけど……。


 というか……クティは先月九歳になったばかりで『色を知る』には、まだちょっとばかり早すぎる年齢だ。それに付け加え、このどこまでも真っ直ぐでためらいのない態度から察するに、クティ自身もちゃんと言葉の意味を理解した上で使ってるとは到底思えない。


 そうなると、次に考えられるのは……。




「ちなみにクティ、その『好き』とか『嫌い』とか『両想い』とか……一体、誰に教えてもらった?」


「えっとね、ツィーネおねーさまだよっ! この前、ツィーネおねーさまがフィオーラおにーちゃんたちのことお話してて、そのときにいろいろ教えてもらったの!」


「ああ、そうなんだ……」




 やっぱり、あいつか……。


 何となく分かってはいたけど、いざその名前を聞くと全身から力が抜け落ちる。


 まったく……クティに妙なことばかり吹き込んで、毎度のことながらツィーネの考えてることは本当よく分からない。




「ふふっ、フィオーラさんは本当にモテますわね? ああ……愛らしい妹たちの恋焦がれる姿を目にしていると、私も思わずけてしまいそうになりますわ!」


「いやティタさん、心にもないこと言わないで下さいよ。第一、クティは言葉の意味も深く理解してなさそうですし、ツィーネだって……毎回、ぼくやフィアのことからかって楽しんでるようにしか見えないですし」


「あらあら、バレてしまいましたか。ふふっ……でもこの様子ですと、ツィーネちゃんの言っていた通り、なかなか一筋縄ではいかなさそうですわね、フィオーラさんは……」


「んっ……ティタさん、今何か言いました?」


「ふふっ……いえ、何でもありませんわ!」




 ぼくの問いかけにティタさんは、ただニコっと微笑むばかり。


 見れば見るほど、どこか意味ありげな微笑みだ。ティタさんもティタさんで結構、癖のある人なんだよね……そこはさすが、あの『ツィーネのお姉さん』というだけのことはあるのかな?


 もちろん、決して悪い人じゃないんだけど……。




「――さてさて、待ちに待ったツィーネちゃんのお部屋に到着ですわね」




 そうこうしているうちに、目的地であるツィーネの部屋の前まで辿り着いたようだ。扉の前に立つなりティタさんはクルっと軽やかに青いドレスワンピースの裾をひるがえすと、ぼくに向かい何ともにこやかな笑みを贈る。


 一時はどうなるかと思ったけど、ティタさんやクティのおかげで何とか迷子にならずに済んで本当に良かった。ここまで案内してくれた二人には感謝しないとね。




「それでは、私たちはこの辺で失礼致しますわ。またご縁がありましたら、今度は甘いお菓子や美味しい紅茶でも交えてみんなで楽しくお喋りでも致しましょう」


「はい、その際はよろしくお願いします。今日はご丁寧にここまで案内していただき、本当にありがとうございました」


「いえいえ、困った時はお互い様ですから! それでは今度こそ……ごきげんよう、フィオーラさん!」


「えへへ、ごきげんよう! またね、フィオーラおにーちゃんっ!」


「うん、クティもまたね」




 青いドレスワンピースの裾を両手で軽く摘まみ、何とも上品に別れの挨拶を告げるティタさん。そんな気品溢れるティタさんの姿に触発されたのか。クティもまたティタさんの行動を真似るように緑色のワンピースの裾を両手で軽く摘まむと、そのままぼくに向かって可愛らしく別れの挨拶を贈る。


 いつ見ても、クティの屈託のない明るい笑顔に秘められた破壊力は抜群の一言だ。ただ見てるだけでも、不思議と心が癒される。


 今だって……少しずつ遠ざかりながらも『バイバイ!』と、満面の笑顔を咲かせてぼくに手を振る姿が何ともクティらしくて、とても可愛らしかった。




「さて……」




 ティタさんとクティ、二人の後ろ姿が廊下の奥深くへと消えたところを見計らい、ぼくは改めてフィアやツィーネが待つ部屋の方へそっと体を向ける。


 そして、間髪をいれずにそのままの流れでぼくは、ゆっくり三回扉をノックしたのだった。

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