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運命を紡ぐ双子と想いのキセキ  作者: 楓麗
第1章 募る亡き母への想い
19/25

1-16.癒えない傷痕

 フィアとツィーネの二人と別れた後、ぼくはフュールさんと一緒に応接室を出て、そのままの足でファーメルン邸三階の廊下を歩いていた。


 目的地はおそらく、この長い廊下を越えた先にあるフュールさんの部屋。


 しかし、改めて屋敷の中を歩いてみると本当、ただただ『広い』の一言だ。

 その上、部屋の数も非常に多く、その部屋と部屋とを繋ぐ廊下もまた複雑に入り組んでおり、まるで屋敷全体が『巨大な迷路』を模してるかのように見えてくる。


 もちろん、ファーメルン邸には診療所の手伝いやツィーネとの遊ぶ約束などで、これまでに何度も足を運んではいたけど……それでもやっぱり、誰かの案内なしでは未だに迷ってしまいそうだ。




「……今日はより一段と『重たい雨』ですね。なかなか止む気配が見えません」




 ぼくより一歩前を歩いてたフュールさんが、ボソッとそんなことを呟く。


 見れば見るほど、浮かない表情だ。現に今も雨水で濡れた窓ガラスの前を横切るたびに、フュールさんの陰鬱な姿が深い影となって窓の外に映り込んでいる。


 やっぱり、フュールさんもいろいろ疲れてるのかな……?


 特に今回のループスの件、今までの話を聞いた限りだと、群の規模はかなりの大きさを誇っている。討伐するにしても、決して容易なことではないだろう。ましてや、群を統率する女王クイーンが古い伝承に登場する『霧の断罪者(ネブリナ)』ともなればなおさら……。


 いくら五大家がひとつ『ファーメルン家』のご息女にして『次期当主』にあたるフュールさんでも、ぼくたちと同じ人の子には変わりない。きっと弱音のひとつやふたつ吐きたいだろうに、立場が立場だけにそれも叶わないとなると、何だかとても気の毒だ。




「そう言えば……今回の件、あなた達にはまだしっかりとお礼を言えていませんでしたね? 改めて、このたびはループスの討伐並びに王都からの物資輸送班の救援にご協力いただき、ありがとうございます」


「ううん、お礼なんてそんな……でも、少しでもフュールさんたちのお役に立てたのなら、よかったです」




 ぼくの言葉を耳にして、フュールさんはチラッとこちらに視線を向けながら静かに微笑む。


 さすが貴族の中の貴族と呼ばれる『五大家』のお嬢様。ただその場で微笑んでいるだけでもさまになっている。


 まったく、いつもあっけらかんとしているツィーネとは本当、偉い違いだ。おまけにぼくやフィアと出会うたびに決まって変なちょっかい仕掛けてくるし、本当フュールさんの実の妹なのかって毎回疑ってしまうレベル。


 それこそ、何もせず黙ってるだけならツィーネも、フュールさんと同じように誰もが認める立派な、大貴族のお嬢様に見えるのに……。




「さあ、着きましたよ。どうぞ、中へお入り下さい」




 すぐ目の前を歩いてたフュールさんが突然立ち止まったかと思うと、おもむろに閉ざされていた部屋の扉を開ける。


 どうやら、目的地であるフュールさんの部屋に辿り着いたようだ。


 ぼくは案内されるがまま、静かに指定されたソファーへと腰を下ろす。


 座った瞬間から全身を伝う、ふわっとした柔らかな感触。それはまるで羽毛のようにやんわりと、ぼくの身体を優しく包み込む。

 加えて、シルクみたいになめらかな、この心地の良い肌触り……素人のぼくの目から見ても、かなり上質な素材で作られた物であるということがよく分かる。


 もちろん、このソファーに限った話じゃない。少なくとも、視界に見えてる範囲に置かれてる家具のほとんどが、価値のあるものなんだろう。


 あと前々から思ってたことだけど、フュールさんってやっぱり『アンティーク』な物を好むのだろうか?


 窓際に置かれた机や椅子、さまざまな書物が収められた本棚のつらなりに、今も時を刻み続ける年季の入った大きな柱時計。薬品や薬草が並ぶこれまた大きな棚に、天蓋付きの見るからにふかふかそうなベッド、そして衣服をしまう巨大なクローゼット……。

 この目の前に置かれてるテーブルも含めて、どこか使い古された感じの物がこの部屋には多い気がする。


 同じ姉妹でも、こうも『印象』が違うモノなんだ……。

 ツィーネの部屋にも入ったことがあるけど、ツィーネの場合はどちらかというと『ぬいぐるみ』とか『人形』とか、そういう『可愛いもの』が多い印象だった。他にも『観葉植物』とか『花』とかもあったっけ……。


 それに比べると、フュールさんの部屋はぼくの想像通りというか。どことなく落ち着いた印象のある空間だった。本棚に収められてる本だって、全部きっちり整理整頓されてるし……フュールさんのしっかり者な性格が部屋の節々に滲み出ている。




「さて、本題に入る前にフィオーラ。喉は乾いていませんか? もしも希望があれば今すぐ、用意しますが……」


「ああ……ううん、大丈夫です。喉は乾いてないので」


「そうですか。では……お話をする前にまずその『腕のケガ』を再度、ておきましょうか」




 そう言って向かいの席に座ってたフュールさんはその場からそっと立ち上がると、そのままゆっくりぼくの隣に腰を下ろす。

 そして、いつもの慣れた手つきでぼくの左腕を手に取ると、流れるようにツィーネが応急処置として巻いてくれていた左腕の包帯を静かにほどいた。




「ん……傷口は、ほとんど塞がっている……いえ、そもそも傷痕すら残っていない……? いやでもあの時、確かに私の目には『深い傷』を負っていたように見えた、のですが……」


「えっと……フュール、さん?」


「――ああ、いえ……何でもありません。私が見た限り、傷の痕もほとんど分からないくらいに塞がっているようですし、この様子だと再度治癒術(クーラ)ほどこすまでもなさそうですね」




 ほんの一瞬、戸惑うような素振りを見せたフュールさんだったけど、すぐに普段の冷静なフュールさんに戻ってぼくに向かい、そっと優しく微笑む。


 気のせい、だろうか?


 いやでも、今確かに感じた。ぼくの手を介して伝うフュールさんの鼓動が微かに、不安定にグラついたのを……。




「……これもツィーネがあの時、素早く治癒術クーラで応急処置をしてくれたおかげかな?」


「そうですね……それも少なからずあるでしょう。あの子も日々、治癒術クーラの腕を上げていますからね。ファーメルン家の次期当主として、何よりあの子の姉として今から将来が楽しみです」




 たぶん、今のフュールさんの気持ちは嘘偽りのない真実だろう。目を見ていればよく分かる。同じ治癒師クラーティオを志す仲間として、何より実の妹の成長を間近で見ることができて嬉しいという純粋な気持ちが、今も視線を介してひしひしと伝わってくる。


 でもその温かな優しげな眼差しはすぐに、先ほどのどこか不安げな暗いモノへと変わっていた。




「え~っと……どうかしましたか、フュールさん? そんなにぼくの目、見つめて……」


「……やっぱり、前々から思ってはいました」


「えっ……思ってた?」


「はい、フィオーラ……確かにあなたの言う通り、傷口が塞がっているのはツィーネがあの場で迅速かつ適切な治癒術クーラによる応急処置ファーストエイドほどこしたからに他なりません。ですが、あなたも知っての通り『治癒術クーラ』はあくまでも『対象の体内に保有する魔素ディウムを活性化させることにより、その者の自然治癒力を一時的に高め、傷の回復速度を速めること』に過ぎない。そう、あくまでも傷を癒すための『補助』に過ぎないのです」




 そこで一度、フュールさんは深く息をつく。まるでたかぶる自分自身の気持ちを落ち着かせるかのように、そっと深く……。


 正直、フュールさんに圧倒されていた。いつになく真剣な表情で言葉を次から次へとつむぐ、目の前のフュールさんに……。


 でも、フュールさんがぼくに『何を言いたいのか』は何となく、分かる気がする。


 だって『これ』に似たような視線、以前にも感じたことがあったから。

 それも一度だけじゃない、何度も何度もなんども繰り返し、それこそ嫌になるくらいに……。




「……ぼくの……ううん『ぼくとフィア、ぼくたち双子の兄妹が持つ【魔素ディウム】があまりに強すぎるから、それに伴って傷の回復速度も異常なまでに速い』って、そうフュールさんは言いたいんですよね……?」


「はい……言い方に少しばかり棘がありますが、まさにその通りです。『魔素ディウム』そのものは自然界のどこにでもある『ありふれたモノ』ですが、同時に未だに謎の多い存在でもあります。人によっては『生命の源』と考える者もいれば『神の恵み』とも『異界から流れ込む災禍の種』とも考える者もいます。現に『魔素ディウム』は扱い方次第で『善』にも『悪』にもなりますし、『奇蹟』とも『災禍わざわい』ともなり得ますし、程よい魔素ディウムは身体を活性化させる『良薬』ともなり、過剰な魔素ディウムは瘴気となり生命に死をもたらす『毒』ともなる。それこそ、私達『治癒師クラーティオ』が取り扱う『薬』のように……」




 そこでフュールさんは一度、つむいでいた言葉を止めて、そのまま口を堅く閉ざす。


 ぼくにとってみれば、どれもが胸に鋭く痛く深く突き刺さる言葉の数々。


 だけど、フュールさんの言っていることは決して間違っていない。むしろ、すべて正しいとまで言える。




魔素ディウムの保有量は人によってさまざまではありますが、そのほとんどが生まれた時に決まると言われています。もちろん、やり方次第では後天的に保有量を増幅させることも可能とされていますが、その分身体に及ぼす負荷もいちじるしく大きいため危険リスクも大きい」




 その話は以前、お父さんが土産みやげとして持ち帰ってきた古い書物にも似たようなことが書いてあった。魔素ディウムの保有量は基本的に生まれつきによるものであり、成長させることは例外を除いて非常に難しいということを。だから、より高みを目指す魔術師とかは持てる魔素ディウムをうまいこと操作コントロールする必要があるということも。




「少し、話がれましたね……今一度、本題に戻りましょう。実は前々から分かってはいました。フィオーラ、そしてフィアーナ、あなた達兄妹が保有する魔素ディウムが凄まじく膨大であるということを……それこそ、その小さな身にはあまりに余るほど……」


「はい、それは幼い頃から何となく分かってました。自分たちは『他の人たちとは違う』って……」


「ええ、それに関しては私も同意見です。ですが、私にとってみれば特に問題にはならないことですよ。私が気にしているのはフィオーラ、あなた達自身がどれだけ自分達のことを理解しているか。魔素ディウムを扱い切れているか、ということです」


「え、えっと……それって、どういう意味ですか……?」


「先ほども言った通り、魔素ディウムの保有量が多ければ多いほど、強ければ強いほど傷を癒す『自然治癒力』は向上します。ですが、それは同時に傷をより速く治すために、体内の魔素ディウムを『消費している』ことに他なりません。もちろん、意図的に魔素ディウム操作コントロールできているのなら特に問題はないのですが、もしも無意識のうちにとなると話はまた変わってきます」




 フュールさんは再びぼくの左手を手に取り、空いていたもう片方の手でそっとぼくの腕に触れる。


 温かく、とても柔らかな優しい温もり……。


 だけど、そんな温もりに反してぼくを見つめるフュールさんの瞳は、深い不安に包まれている。




「私から見るからにおそらく、フィオーラ達の場合は後者……つまり、無意識のうちに力を発現させてしまっている可能性が非常に高いです。今回はそこまで深刻な様子は見受けられませんでしたが、万が一、短時間に魔素ディウムを激しく消耗するようなことがあれば、身体に何かしらの悪い影響を及ぼしかねません。それこそ、命にかかわる事態だってあり得るのです。場合によっては、力が暴走する可能性も……」


「フュールさん、ごめんなさい……ぼく、またなんか余計な心配かけちゃったみたいで……」


「いえ、別に謝ることではありませんよ。ただ、できる限り無理はしないでほしい。フィオーラ、あなた達がこの街を訪れて『六年』という月日が経ちました。そのかん、あなた達の動向を静かに見守ってきましたが、やはりあなたもクロード様によく似て無茶をするタイプのようですね。もちろん、魔素ディウムを完全に操作コントロールするのはとても難しいことです。ですが、少しでも先ほど話したことを意識していただけるだけでも、命を危険にさらす可能性を減らすことができますので、今一度、私の言った言葉を心に留めていただけると嬉しいです」


「はい、分かりました。いつも本当にありがとうございます、フュールさん」




 ぼくが力強く頷いてみせると、フュールさんはそっと優しく微笑む。


 本当に、フュールさんたちには感謝してる。あの村を飛び出して、そして、この街に来て本当によかったって心から思える。


 もしも、フュールさんたちみんなと出逢えずに今でも、あの村に……『ミュティス村』にずっといたらぼくもフィアも、今頃きっと……。






――【憎い】のでしょ?






 また、だ……。






――【許せない】のでしょ?






 また、聞こえてくる……あの声が……。






――【怒り】、【憎しみ】、【悲しみ】……今まで積み重ねてきた【想い】を、【感情】を、本能の赴くがままに解き放てばいい……あなたには【それ】を成すだけの【力】が、備わっている……そうでしょ?






 違う……ちがう……ぼくは、もう……。






――どうして? どうして、ためらうの? どうして、そこまでしてあらがうの? 自分の、自分自身の【本当の気持ち】に……あいつらが許せないんでしょ? 今でも、憎くて憎くてたまらないんでしょ? 本当は【殺したい】ほどに……違う?






 やめて……違う……ぼくは、本当は……そんなこと……っ!






――……ウソツキ、クスクスっ……!






「――もしもこの後、体調が悪くなるようなことがあったら遠慮せず、すぐに言って下さい。それから、他に何か私に話しておきたい事はありませんか?」


「……違う」


「えっ……フィオーラ?」


「違う……ボクは、嘘なんか、ついて、ない……」


「フィオーラ……あなた、まさか……っ!?」


「違う……チガウ? そう、ちがう……ボクは……ボクたちは、間違ってなんか、ない。間違ってたのは、いつも『あいつら』の方で……そう、あいつらこそ、マチガって……」


「――フィオーラッ!!」


「あっ……」




 ふと、ぼくの名前を呼ぶ声が聞こえてきて、そこでようやく我に返る。


 フュールさんだ。今も金色に輝く瞳を強く揺らめかせて、ぼくの両肩をぐっと掴んだまま目を離さない。


 正直、ちょっと痛いくらいだ。でも……なんだろう?


 なんだか、不思議と安心する……。


 クラアナの花の香水のほのかに甘い香りと、柔らかな優しい温もりに包まれて……。




「フュール、さん……?」


「……フィオーラ、何か『悩んでること』はありませんか……?」


「……悩んでること、ですか……?」


「はい……今のあなたを見ていると、どうしても昔を思い出すのです。フィオーラ、あなた達家族が初めて、この街を訪れた時のことを……」

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