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09(ガーネット視点)

後宮はひどく静かな場所だった。

建物も調度品もとても豪華だし、手入れも行き届いていて綺麗だけれど…とにかく人の気配が少ない。


私は部屋から出られなかった。

扉には鍵がかけられ、食事や掃除、身支度など必要な時だけ侍女がやってくる。

侍女達は寡黙で、必要最低限の言葉しか発しない。

私が行かれるのは部屋と繋がっている中庭だけだ。

高い塀に囲まれた中庭には何故か赤い花ばかりが植えられていた。


静かだ。

静かで———気味が悪い。


ここは本当に…愛妾のための場所なのだろうか。

そんな不安が胸に広がるのは、オニキス様の姿を見ていないせいだ。

私がここに来てから三日経つが、未だオニキス様は来ていない。

毎晩侍女に身体を磨かれ…準備はさせられるけれど、肝心の相手がいない。


オニキス様が現れたのは、さらに三日後だった。


「オニキス様…!会いたかったです!」

「すまない。忙しくてね」

オニキス様は一年後の国王即位に向けての準備で忙しいらしい。

お茶を飲んですぐに帰ってしまった。



以来、オニキス様は五日に一度来ればいい方で…来てもすぐに帰ってしまう。

———私はどうしてここにいるのだろう。

日に日に不安が大きくなっていく。

…大体、愛妾というのは…夜の相手をするのも役目なのだから、ここに泊まっていけばいいのに。

寝る暇もないほど忙しいのだろうか。


オニキス様は私を抱くどころか指一本触れようとしない。

学園にいた時は抱きしめてくれたのに。


何もする事もなく、ただただ過ぎていく日々。

辛い…息苦しい。

せめて…外に出たい。



「外出したいんです!」

久しぶりに訪れたオニキス様に私は訴えた。

「それは駄目だ」

「どうして…」

「私はいつここに来られるか分からないからな。その時に君がいなかったら困るだろう?」

———それは…そうなのだけれど。


「少しの間でも君と会うのが癒しの時間なんだ。我慢してくれ」

やっと大きな手が…私の手を握りしめた。

そんな風に言われてしまったら、我慢するしかないじゃない。


「すまない…ガーネット」

「いえ…」

目尻を下げたオニキス様に、私は精一杯の笑顔を向けた。





いつの間にか夏が過ぎ、中庭には秋の花が咲き乱れていた。

今日は何だか壁の向こうが騒がしい気がする。


「———まったく、こんな日に後宮の担当だなんて損よね」

外へ意識を向けていると珍しく侍女の声が聞こえた。


「せっかくの王太子の結婚式なのに…」

「でも今夜は私達にもご馳走が出るって言ってたわ。サファイア様から城で働く者全員に贈り物もあるって」

「本当、サファイア様って私達にも優しいわよね」

侍女達の声が遠ざかっていく。



「結婚式…」

そういえばそんなものがあると聞いていた。

オニキス様と、あの女の。


(優しい?悪役令嬢のくせに?)


どうせそんなの、自分をよく見せようとする偽善だ。

そうやってオニキス様の気を引こうとしているんだろう。

けれど…結婚式。

王太子のそれはきっと華やかで、ドレスや宝飾品も豪華なものなのだろう。


どうして…愛されている私は、結婚式もあげられずこんな高い塀と鍵で閉じ込められているのに。

形だけのあの女は…


気分が悪い。

心が冷えていくようだ。



私はこんな所で…何をしているんだろう。

いつ来るかも分からない人をただ待ち続けるだけの、無為な日々。


本当は…妃となって結婚式をあげるのは私のはずなのに。

漫画で見た綺麗なイラストを思い出す。

純白のドレスに身を包み、オニキス様と幸せそうに見つめ合う…私。

あれは現実になるはずだったのに。


「私…本当に愛されているのかな」


その言葉は黒いシミのように心に広がっていった。





オニキス様が姿を見せたのは結婚式から十日ほど経った頃だった。

いつもなら顔を見ただけで嬉しくて駆け寄るのに。

大好きなはずの顔を見るのが…辛く思うなんて。


「ガーネット?」

不審そうなオニキス様の声が聞こえる。

「どうした、具合が悪いのか」

「…外に、出たいです」

もうこんな所にはいたくない。

「それは駄目だと…」

「私がここにいる必要あるんですか?!」

思わず声を上げてしまった。


「こんな…塀の中に閉じ込められて。オニキス様はたまにしか来てくれない…。何のためにこんな所にいるんだか…っ」

言い募っていた私は息を呑んだ。



ひどく冷たい眼差しが私を見ていた。

こんな…顔のオニキス様、見たことがない…


「何のために?」

顔と同じ、冷たい声。

「そんなもの、サファイアのために決まっているだろう」


「え…」

「愛妾を迎えなければ結婚はさせないなどとふざけた事を言い、サファイア本人に探させるなど…本当に、我が母ながら腹立たしい」

冷めきった瞳の奥に…何か恐ろしいものが見えたような気がする。

「サファイアは私のものだ。それをあの女が私から奪って自分のもののように育て私を父上と同じにしてはならないと思い込ませた。だが私は父上ではないし最愛を独占する事の何が悪い」

どこか焦点が合っていないようなオニキス様の瞳は…私ではなく、別の人を見ているようだった。


「父上への不満をサファイアに代わりに解消させようだの、本当に腹立たしい。だから私は———…ああ、お前をここに入れた理由だったな」

ゆらり、と焦点が私へと合った。


「母上を油断させるためだ」

「…油断…?」

「あれは私がサファイアだけを愛する事を否定する。私の心は一つしかないのに。だから誰でも良かったんだ、後宮に入れるのは」


誰でも…いい…?


「お前にしたのはお前の目が母上と同じ色だからだ。ああ、その絶望したような色…いい気味だ」

冷たい美貌に浮かぶ…恐ろしいほどに美しい笑顔。


「どう…して…愛を…くれるって…」

「愛か。欲しければやろう、お前が望む愛とは違うだろうが」


次の瞬間、目の前に火花が散った…ような気がした。




「…え…」


ひどく頬が熱くて…遅れてくる、痛み。

無意識に手を当てると強い痛みとともに、何か濡れた感触があった。

恐る恐る手を見ると…赤いものが付いている。


今…殴られて…血が出た…の…?


突然の行為による衝撃と痛みに、ぐらりと頭の中が回る感覚を覚える。



呆然と自分の血がついた手のひらを見ていると、手首が掴まれた。

乱暴に引かれ…オニキス様の顔が、私の手に近づいて。


赤い舌が血を舐めとった。


ぞくりと背中を走り抜けたのは恐怖か…痛みか…




「———まあ、悪くない味だ」

冷たかった眼差しに熱が宿る。

その熱は…私が欲しかったものではなくて。


「せいぜい役立ってもらうよ」

憧れ、大好きだったはずのその顔も、声も。

急に見知らぬもののように…遠くに行ってしまったようで。

目の前が真っ暗になったように感じていた。

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