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07

「ガーネットから君に虐げられていると苦情が来た」


並んでソファに座りハーブティーを飲む、就寝前のくつろぎの時間。

くつくつと楽しそうに笑いながら殿下が言った。


「私が虐げているとは…どのように?」

「下品だの野蛮だの、散々こき下ろしたとか」

「まあ…」

余りの言いように思わず呆れてしまう。

「…確かにマナーについての注意はしましたけれど…そこまでは言っておりませんわ」


入学して大分経つが、ガーネットは貴族としての振る舞いや礼儀を身につける気はないようだった。

その事で他の女生徒達と口論をしている所へ通りがかり、余りにも目に余ったものだから双方へ注意をしたのだ。

———王太子妃となる私にとって、生徒達の揉め事を収めるのも役目の一つだ。


「そうだろうな。君が聞いた事すらないような言葉も言っていたと主張していた」

「…どんな言葉ですの」

「君の耳には入れたくない言葉だ」

殿下の長い指が私の耳に触れた。


「それで…?」

「サファイアはそんな事は言わないと言ったら、〝それはオニキス様の前では猫を被っているだけです〟だと。そうなのか?」

笑みを浮かべて殿下が尋ねた。

「———好きな方の前では少しでも自分を良く見せたいのは当然ですわ」

そんなの、誰でもそうだろう。


「君のそういう素直で純真な心があの女には足りないのだろうな」

「…私は純真ではありませんわ」

「良く見せたいと言いながら純真ではないと自ら否定する。君は本当に…可愛らしいな」

耳に触れていた手が背中へと回る。

抱き寄せられ…頭に殿下の唇が触れる感触。

それはとても心地良くて、幸せを感じるものだ。



「…殿下は…ガーネット嬢の事をどう思っておりますの?」

先刻からの物言いでは…どうも好感度が高くないように感じるのだけれど。


「そうだな。視野の狭い、浅はかな女だ。瞳だけだ、あの女を私の側に置く理由は」

「———それは、困りましたわ…」

思わず心の声が漏れてしまう。




転生者であるならば、私同様ガーネットの性格は漫画とは異なっていてもおかしくはない。

けれど殿下の寵愛を得たいのならば、漫画のガーネットのように振る舞うはずだと思っていた。


漫画のガーネットは努力家で前向きな、虐めに屈する事のない真っ直ぐな心根の女性だ。

そういうガーネットだから漫画の殿下は惹かれたのだし、現実の殿下も彼女に惹かれるようになると思っていたのに。


殿下がガーネットの瞳に惹かれているのは間違いない。

彼女の紅い瞳は王妃様と同じ色だ。

王妃様に執着した亡き陛下のせいで、母親から遠ざけられた殿下が母親と同じ瞳を持つ女性に、陛下が王妃様に抱いたのと同じ執着心を持つだろう。

だから紅い瞳の女生徒を探し、後宮へ召し上げるよう私に命じたのは王妃様だ。



陛下の重い執着をその身に受け続けていた王妃様は、息子にもその気質が受け継がれているのに気づいた。


それは私達が婚約者として初顔合わせをした時。

その日陛下は不在で、息子と会う事が出来た王妃様は私の印象を聞いてみたそうだ。

その時に殿下はこう言ったのだという、『父上が母上を独り占めするように、僕もサファイアを独り占めしたい』と。

そして『彼女が紅い瞳だったらもっと良かったのに…』とも言ったのだ。


殿下の瞳に浮かぶほの暗い光に父親と同じ気質を見た王妃様は焦った。

———息子を父親と同じようにさせてはならないと。


本当ならば殿下を教育したかったのだが、殿下と接すると陛下が嫉妬する。

だから王妃様は代わりに私を教育する事にした。

といっても十歳の私に執着だの監禁まがいの事をされただの言っても怯えさせるだけだと、最初は普通のお妃教育を行った。

だが陛下が急逝し、それまでの緊張と重荷から解放された反動で病に倒れた王妃様は、私にそれまでの全てを語ってしまったのだ。


それは十三歳の少女には重過ぎる話だった。

けれど前世で三十年近く生きてきた経験、そして漫画の知識を持っていた私はそれらを受け止め、王妃様の望みを理解する事が出来た。



そこから私と王妃様は、殿下が良き王となる道を探し、一つの道を見つけた。


私以外に執着できる相手を探し、愛妾として召し上げる。

そうして殿下の執着心を分散させられればいいのではないかと。


紅い瞳を持つ者はとても珍しい。

年齢が近い貴族令嬢の中では聞いた事がなく…学園に入り、探したけれど去年は見つけられなかった。

今年やっとガーネットが現れ、ヒロインでもある彼女ならばと思ったのに。




「サファイア」


この先どうすればいいか、王妃様に相談しようかと考えていると殿下の声がすぐ耳元で響いた。

顔を向ける間もなく、殿下は私のお腹に手を回し…私を自分の膝の上へと乗せてしまった。


「で、殿下?!」

「サファイア。君はもう何もしなくていい」

真剣な表情をした殿下の顔が目の前にあった。


「え…」

「母上が私の事で心を痛めて、君を使ってまで対処しようとしている事には感謝する。だがもう大丈夫だ、後は私自身でどうにかする」

「…どうにかとは…?」


「あの女は本当に愚かだ。紅い瞳で私の神経を逆撫でする事を平気で言う。それで私の心を射止められると思っているのだ」

黒い瞳が怪しく光る。

「散々私を不快にさせてきたのだ、あの女を利用させてもらうよ」


それは以前…私が薔薇のトゲを指に刺した時に殿下が見せた、あの時と同じ光だった。


ぞくり、と背中に寒気が走った。

この光は…執着とは違う…もっと…


「…殿下…ガーネット嬢を…」

どうするつもりですか。

そう尋ねようとした私の口を殿下は人差し指で閉ざした。


「君は何も知らなくていい」

長い人差し指が、私の唇をなぞる。

「サファイア。もう君に余計な苦労はさせないから。何も心配しなくていいんだ」

「…で…」

言いかけた私の声は殿下の口づけに呑み込まれていった。






「君を愛妾として迎えたい」


卒業まで残り一ヶ月となったある日。


私に陰で控えているように言って、殿下は人気の少ない裏庭に呼び出したガーネットにそう告げた。


「愛妾…?」


ガーネットの瞳に最初に浮かんだのは、困惑。

———漫画ならば彼女は私の代わりに妃となるのが、何の権力も持たない愛妾と言われ戸惑っているのだろう。

だが、続いた殿下の言葉に、どうやら殿下に愛されているのは私ではなくガーネットなのだと思ったようだ。

嬉しそうに、彼女は受諾の意思を示した。




本当に…これで良かったのだろうか。


一通り見届け、一人戻りながら私は胸に湧き上がる不安を感じていた。


殿下に『何もしなくていい』と言われてから約二ヶ月。

この間、殿下とガーネットの間にどんなやりとりがあったかは知らない。

だがそれまで噂になるほどだったガーネットと殿下の接触は少なくとも人前では皆無といっていいほどだった。


私と殿下の仲の良さは相変わらずで、学園でも、閨でも、殿下から受ける愛情は変わらない…いや、今まで以上だ。


無事ガーネットを愛妾として迎える事も決まった。

何も問題はないはずなのに。

胸に残る不安は…何なのだろう。


不安の原因を探ろうと胸に手を当てて自問する。


(…そう、だ…殿下のあの瞳…)


執着心を見せる時のあのほの暗い光とは別に、時折浮かぶ…怪しい光。


バラのトゲで傷ついた私の指を舐めた時の。

ガーネットを利用すると言った時の。

あの光は…あれは———


ああ、あの光を思い出しただけで背筋が寒くなる。

あんな殿下は知らない…



(私…何か間違えた?)


言い知れぬ不安を感じ、私はその場に立ち尽くした。

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