10(オニキス視点)
「オニキス様…とても素敵です」
ローブを身に纏ったサファイアが私を見上げてその瞳を潤ませた。
「君もとても美しいな」
頬に手を添えると、触れた部分が赤く染まる。
———本当に、サファイアはいつまでも初々しくて愛らしい。
王妃としての威厳を見せつけるはずの豪華なティアラも、長く重々しいローブも、彼女の愛らしさを隠しきれないようだ。
今日は即位式。
私が国王に、そして半年前に挙式したサファイアが王妃となる日。
私達は今、戴冠の儀を前に控えの間で休息している。
やっとこの日が来た。
これで私がこの国の頂点に立つ。
もう叔父上も母上も———私に命令は出来ない。
叔父上には国王代理として良く国を治めてくれた事、そして父上の代わりに私に王としての心構えを教えてくれた事を感謝しているが。
母上は…あの女は。
私を父上と同一視し、そのために私からサファイアを奪い…本当に邪魔だった。
王太后となる母上には今日から離宮へと移ってもらう。
今後はそこで大人しく余生を過ごせばいい。
おそらく事あるごとにサファイアを呼び寄せようとするだろうが、王妃となるサファイアにはもう母上の相手をする暇も義務もない。
母上が住んでいた王妃の部屋はサファイアが使う事になるが、あの女の痕跡を残したくなくて内装も家具も全て変える事にした。
そのせいで部屋を移るにはあと三か月ほどかかるが、まあ仕方ない。
『全部変えるなんてもったいない…』とサファイアは言っていたが、自分好みの家具を選べるのは嬉しそうだった。
『和風の家具があるなんて!』と見慣れない、東国の風俗色が強いものを選んでいたから随分と部屋の雰囲気も変わるだろう。
サファイアと初めて会ったのは十歳の時だ。
家柄だけで選ばれた婚約者に、これも義務だと期待はしていなかった。
だが…先に待っていた庭園の椅子に腰掛けていた、その小さな背中を見ただけで私は自分の心が高鳴るのを感じた。
声を掛けると驚いたように飛び上がり、そして彼女は振り返った。
太陽の光を集めたような金色の髪。
私を見て大きく見開いたその青い瞳は青空を映したようで。
眩しいほどキラキラした、あどけない少女を一目見た瞬間、私は気づいてしまった。
———父上が母上を閉じ込めようとしたその気持ちに。
この花よりも愛らしく、宝石よりも美しい彼女を誰にも見せたくない。
嫉妬や欲望…他の者が彼女に抱く感情に触れさせたくない。
それらから彼女を守るには、安全な場所に閉じ込めておくのが一番いいのだ。
その日はたまたま父上は公務で王宮から離れており、母上が私を訪ねてきた。
サファイアと会った感想を聞かれたので正直に『父上が母上を独り占めするように、僕もサファイアを独り占めしたい』と言ってしまった。
私の言葉を聞いて青ざめた母上を見てしまったと思った。
私は父上と同じだと…サファイアが母上と同じ目に遭うと、気づかせてしまってはいけなかったのだ。
母上とサファイアは違うという事を言いたくて、『彼女が紅い瞳だったらもっと良かったのに』と続けた。
———紅い瞳ではないからサファイアを閉じ込めたりはしないと。
だが警戒した母上は、お妃教育という口実を使いサファイアを自分の側へ置くようになった。
幼い頃に母親を亡くしたサファイアも、母上を実の母のように慕ってしまい…さらに父上が亡くなると、母上はよりサファイアを手放さなくなってしまった。
母上はサファイアに色々と吹き込んだらしい。
サファイアはどこか私と距離を置くようになってしまった。
私を慕っているのに、全てを委ねようとはしない。
私へ愛を捧げる以上に王妃として国全体の益を考えその身を捧げる…母上のお妃教育は腹立たしいほど上手くいっているようだった。
———私の愛妾を自ら探そうとするほどに。
その事を知った時、私の心に激しい怒りが宿った。
途端に怯えて慌てたサファイアに、その場では彼女の立場を理解したように振る舞ったが、到底受け入れられるはずもない。
何故あの女は、サファイアに私の愛妾を探させるなど、ばかげた事をさせるのだ。
あの女の王妃教育のせいで、純真なサファイアは私が愛妾を持つべきだと思い込んでしまっている。
———それが私だけでなく、自分のためにもなるのだと。
確かに私も、父上がそうしたようにサファイアを誰の目にも触れないよう閉じ込めてしまいたいと思う事は多々ある。
だが思う事と実行する事はまた別の話だ。
いやそれ以上に———サファイア以外の者を娶るなど、考える気にもならない。
だから私は、サファイアが私の唯一だと知らしめるために彼女を王太子妃の部屋に住まわせるよう要求した。
妃の部屋に住む事は、当然夜の営みも含めて夫婦として過ごす事になる訳で。
まだ婚姻前だからと猛反対する母上や叔父上に、ならば愛妾は持たないと言うと渋々認めた。
焦がれ続けたサファイアの白く柔らかな身体は想像以上で…愛妾など不要だと証明したくて早く子供が欲しいと思っていたが、しばらくはいらないかとその考えを改めさせるほどだった。