平凡なあなたが選ばれるスペシャルな理由
あの子に出会った。
いや、それはない。
あの子は黒太子に殺されたのだから。
だが、金の髪にみどりの瞳。
優しい声に赤いくちびる。
豊かな胸に緑のドレスの彼女は間違いなくあの子に酷似していた。
謁見を認められたぼくらは、その時間を待つ傍で学校で学ぶ婦女子たちと話した。
誰もが黒太子のすばらしさや婚約者の優しい性質について熱く語っていた。
娼婦の子供から貴族の娘まで分け隔てなく教育を。
黒太子の婚約者は大した女性であり、生徒たちは彼女に心酔しているようであった。
黒太子に使命を受けたという騎士は無骨な気風でありながら尊敬に値する男で、彼女に恋慕している風ではあるもののその恋慕を黒太子と彼女への忠誠に変えてひたすら尽くしている感があった。
戦士と彼はプライベートで呑みに行ったらしいが、ぼくはお酒が苦手らしい。
占い師と踊り子は学校に通うと言い出したので、ぼくはここで戦士と剣を磨き、騎士と騎士道とは何かを大いに議論して過ごすことができた。
騎士との友人関係は黒太子の婚約者とのつながりに役立ってくれ、ぼくは黒太子の人柄を人づてながら聞くことができた。
一つわかった。
黒太子は少なくとも表向きは慕われているし、残虐な性分とは縁がない。
では、あの悪魔のような男はなんだったのだろう。
ぼくの記憶はなんなのだろう。
あの子は実は生きていて、彼女があの子ではないだろうか。
ぼくは自分の記憶も自信も揺らいで苦しい思いをしながら顔では笑っていた。
だから、彼女が族に襲われて殺されたこと、その族に討たれて騎士が死んだと聞いた時はなぜかほっとしていたのだ。
ぼくらは街を出た。
ところで族は何者だったのだろう。
僕には先日の記憶が一切ない。やはりお酒は良くないらしい。