ご存じですか? 古の達人が隠棲する『木こりの宿』を
ぼくは樵の男につかまっていた。
「しけたガキだぜ。こっちの景気まで悪くなっちまうぜ」
会うなり彼はぼくに嫌味を放ってくる。
「お前、水も食料も持たずに森をどう抜ける気だった」
「どうでもよいことですから」
ぼくがそのまま彼の横を通り過ぎようとすると脚を引っかけられた。
頬に木の枝が突き刺さって『痛い』ことを覚えた。
「旅をするなら準備も必要だし、そもそもお前夜をどう過ごす気だ」
「あなたに心配される覚えはありません」
クッソ生意気なガキだな。
彼は嘆息すると呟いた。
「ガキ、泊まっていけ」
「男性と一晩する趣味はありませんのでなにかの間違いかと」
彼はカカカと大笑い。
背後からでもわかる揶揄に少し苛立つ。
「なんか先週通りがかった奴らみてえだな」
「?」
どのような人々だったのですか。
「騎士様っぽい連中でな。一人は真っ黒な鎧を着ていて『王子様』とか周りの連中は抜かしやがるがこんなところに世界最大最強の『車輪の王国』の王太子、『黒太子』さまがいるわけねえだろって俺が言ってやったのさ。連中大笑いしていたよ」
「黒太子……」
剣はどこだろう。何も持たずにただ歩いてきてしまった。
あった、剣士は常に剣を手放すな。教えはぼくの中に生きていたらしい。
ぼくは背中にあった『らしい』ことすら忘れていた剣のその柄を握りしめる。
彼が、黒太子なのか。人望厚く情け深く優しさと美貌を持ち合わせる王位継承者だというのか。
「その人たちは何処に。どのようにあったのですが」
「ん? 『飯食え~~! 風呂入れ~~!』と歓迎してやったらちょっとドン引きしているようだったがお土産もって帰ったぞ」
自覚あるのですかこのお爺さん。
どうもこのお爺さんは生来お人よしではあるものの、あまりに人に接しないので人との関わり方を忘れてしまっているようです。
「まぁクソガキ。これも縁だから泊まっていけ。言っておくが夜間はドワーフの加護が落ちる。エルフの恵みである薪を炊かないなら夢魔を退けて森を抜けることはできないぞ」
「……世話になります」
ぼくはきみに言われた通りに頭を下げる。村の外ではどう動けばいいか。旅に出るときどうすればいいかは君が教えてくれた。
君はもういないのだね。
ぼくは一人湯船につかり、星々と世界を包む『輪』を眺めながら彼女を想った。
人は星になり『輪』の中に加わるという。ならば君といつまでもあの輪の中で。
ステップ、ステップ、ターン……。