第89話 刀狩り
「敷島の人間といっても、菱山家は雑魚の集まりなようだな……」
帝国の鎧を着た限は、警戒してかかってくる者がいなくなったため、近くにいる若い敷島兵を挑発する言葉を投げかける。
何故その兵を挑発したのかと言うと、敷島にいた子供の頃、何度か見たことある顔だったからだ。
たいした関わりがあった訳ではないが、短気だという薄っすらとした記憶から、ターゲットにしたのだ。
「なっ!! 帝国の兵ごときが調子に乗るな!!」
「ま、待てっ!!」
限の記憶は正しかったらしく、挑発を受けた兵は仲間の制止を無視して襲いかかってきた。
その浅はかな思考回路に、限は内心でほくそ笑んだ。
「死ねーー!!」
「お前そんなんでよく島の外に出れたな?」
「なっ!!」
接近と共に上段から刀を振り下ろしてくる敷島兵。
移動と攻撃の速度はたしかに速いが、限には通用しない。
振り下ろされた刀は、あっさりと限の横を通り抜けた。
大振りをして隙だらけになった若い敷島兵に、限は純粋な疑問を問いかける。
当の本人は、あっさりと躱されことに驚きの声を上げた。
「シッ!!」
「がっ!?」
攻撃後の隙だらけの状態を逃す訳もなく、限は抜刀と共に若い敷島兵の首を斬り裂いた。
頸動脈を斬られた若い敷島兵は、崩れるようにしてその場に倒れ伏した。
「よしっと」
襲い掛かってきた相手を斬り殺した限は、先程倒した敷島兵の時と同じように、落とした刀を拾い上げ、魔法の指輪の中に収納した。
「馬鹿が!」
挑発に乗った上にあっさりと殺され、先ほど制止の言葉をかけた敷島の兵は、眉間に皺を寄せつつ呟いた。
相手の帝国兵は、敷島の中でも上位に位置する実力者でないと一騎打ちで勝てるような相手ではないことは、動きを見れば分かるはずだ。
それなのに、感情に任せて斬りかかるなど愚の骨頂。
自分から死にに行ったも同然だ。
「分かっているな? 1人で突っ込めば、あいつのようになるぞ」
「了解!」
自分たちを囲んでいた帝国兵を始末し、ひとまず手の空いた敷島兵たちは集まる。
そして、敷島の兵たちをものともしないような実力を目の当たりにしたことで、集団での戦闘を決意した。
先程殺された若い敷島兵の例を反面教師にし、打ち合わせを始めた。
「行くぞ!!」
「「「「「おうっ!!」」」」」
「んっ? やっと来る気になったか?」
打ち合わせを済ませた敷島兵たちが、限へと構えをとったのを、限はわざと見逃していた。
彼らがどう攻めてくるのか、そして、彼らを相手に自分がどれだけ戦えるのか気になっていたからだ。
ようやく敷島の兵たちが本気になった顔を見て、限は腰を落としていつでも対応できる体制で待ち構えた。
「「ハーッ!!」」
6人が同時に動き出し、前を走る2人が限の正面へと迫る。
「ハッ!!」
「セイッ!!」
「ムッ!!」
カウンターによる攻撃をさせないためか、2人は僅かにタイミングをずらして斬りかかってくる。
これまで相手にした連中よりも刀の振りが鋭いところを見る限り、どうやら実力が上なようだ。
上段からの振り下ろしと刺突を放つ2人の攻撃を、限はバックステップをして躱した。
「ハーッ!!」「だりゃ!!」
「おっと!」
攻撃を躱した限を待っていたかのように、2人が左右から斬りかかってくる。
着地を狙ったような攻撃で、2人共胴を斬り裂くように刀を振ってきた。
前後から迫る刀に、限は跳び上がることで攻撃を回避した。
「もらった!!」「死ねっ!!」
彼らの狙いは、限を跳び上がらせる事だったらしい。
残った2人が、魔法による風の刃を空中にいる限へ放ってきた。
「フッ!」
「「なっ!?」」
迫る風の刃に対し、限は笑みを浮かべて回避する。
魔力の板を空中に作り、それを足場にして空中で方向転換したのだ。
空中では対応できないとでも思っていたのだろうか。
魔法を放った2人は、限が攻撃を回避したことに驚きの声を上げだ。
「魔力を足場にするなんて、当たり前のことだろ?」
「くっ!!」
6人の連続攻撃を躱して地峡に降りた限は、驚いている彼らに話しかける。
たしかに、空中で方向転換するのは難しい技術ではある。
戦闘中の流れで咄嗟に使うには、魔力のコントロールがしっかりできていないと、失敗する可能性がある。
昔は魔力がなかったため限は使えなかったが、敷島の者なら子供の時に空中移動の指導を受けているはずだ。
実際のところ、限は敷島の人間なのだが、他国の人間でこの技術を使用する人間がいたとしても不思議ではないはずだ。
「さて、今度はこっちから攻めさせてもらおう」
「舐めるなよ!!」
わざわざ攻撃を仕掛けるということを告げ、限はゆっくりと歩を進め始める。
小さい頃から暗殺術を仕込まれている自分たちに対し、ゆっくりと正面から迫ってくるなんて冗談でしかない。
しかし、彼らは先程殺した若い敷島兵とは違い、警戒をしつつ刀を構えた。
“フッ!!”
「っっっ!!」
一番近くにいた敷島兵に近付く限。
間合いの中に入るまであと少しという所で、突如姿を消す。
「……えっ?」
姿が消えたことに驚いていると、限が横に立っていることに気付く。
そのため、そちらに首を振ろうとしたが、その敷島兵は出来なかった。
何故か首のない体が目に映る。
それが自分の体だと気付いた時には、一瞬にして意識が無くなっていった。
「速……!!」
「違うな。お前たちが遅いんだ!」
「がっ!!」
消えたと思ったら、いつの間にか1人が斬られていた。
そのことに驚く間も与えないとばかりに、限は次の標的に近付き、そのまま胴を斬り裂いた。
斬られた敷島兵は、大量の出血をして前のめりに崩れた。
「このっ!!」
「おぉ!」
仲間があっさりと殺されても、残った敷島兵たちは恐怖で動けなくなることない。
2人の死を無駄にするわけにはいかないと、1人の敷島兵が斬り終わった限へ刀を振る。
その切り替えの良さに感心しながら、限はその攻撃を刀で防いだ。
そうするのを期待していたのか、攻撃を防がれた敷島兵は、そのまま鍔迫り合いの状態に持ち込んだ。
「チャンス!!」「ハーッ!!」「くたばれ!!」
仲間が限の刀を抑えた。
それを見て、残りの3人が一斉に限へと斬りかかる。
「甘いな……」
“パンッ!!”“パンッ!!”“パンッ!!”
「うっ!!」「がっ!!」「ごっ!!」
迫り来る3人に対し、限は小さく呟く。
そして、空いている左手を、銃のような形にして順番に3人に向ける。
たったそれだけで、迫り来る3人の脳天には風穴があいた。
「……えっ? えっ?」
鍔迫り合いの状態になっている敷島兵は、一瞬で仲間が殺られたことに驚きを隠せない。
限が何をしたのか分からなかったからだ。
「魔力の弾丸を飛ばしただけだ」
「がっ!!」
驚いている敷島兵に、限は種明かしをしてやる。
そして、それが言い終わると共に彼にも左手を向けて魔力弾を放ち、心臓を撃ち抜いた。
「大量、大量! ハハッ、なんか刀狩りしてるみたいだな……」
6人を難なく殺した限は、死体となった彼らから戦利品として刀を奪う。
そうしている姿を客観的に考えると、刀狩りをしているかのように思えて、思わず笑えたのだった。