第71話 三様
「何っ!? 源斎殿の率いる部隊が撤退だと……」
「はい!」
アデマス王国の南東の国であるミゲカリ王国。
南西のラクト帝国だけでなく、アデマス王国はそちらの国にも手を出そうとしていた。
限たちが山越えをするようになった時と変わらず、国境線を境にして南北で軍が睨み合っている状況だ。
しかし、その状況も変わりつつある。
アデマス王国軍と共に菱山家の率いる敷島の者たちがラクト帝国への進軍後、こちらも進軍を開始する予定でいた。
こちらは五十嵐家の率いる敷島の者たちが、アデマス軍と共に進軍する予定でいたのだが、まさかラクト帝国相手に源斎が撤退の指示を出すとは思いもしなかった。
その報告を受けた五十嵐家当主の光蔵は、驚きと共に戸惑った。
「何があったというのだ?」
「オリアーナたち研究員たちです。行方を眩ませたとあの者たちが、おかしな生物を作り上げていました」
「何っ!?」
アデマス軍だけならともかく、源斎率いる敷島の者たちがいるのに撤退に追い込まれるようなことがあるとは思えなかった。
そのため、光蔵は報告に来た諜報部の者に、撤退した理由を問いかけた。
問われた諜報員は、得た情報をそのまま伝える。
アデマス王の決定により、廃棄となった研究所と研究員たち。
研究所の方は破壊することができたが、研究員たちの行方の方は資料と共に分からなくなっていた。
諜報部の者たちによって、ラクト帝国内に潜んでいる可能性が高いことまでは掴めていたが、戦争の開戦と共に、諜報部の者たちも退き返していた。
そのオリアーナたち研究員が、まさか戦場に現れるとは思わなかった。
「あの研究がもう完成したということか?」
「……そのようです。奴らが作り出した思われる魔物により、源斎様は撤退を余儀なくされました」
「そうか……」
オリアーナたちが研究していた生物兵器。
その存在は、一歩間違えれば敷島の一族の存在価値を下げることになりかねなかった。
そのため、制御不能を理由に王へ廃棄命令を出させることにしたのだ。
暗殺が失敗に終わったが、研究は一時頓挫した状態になったはず。
なので、オリアーナたちの生物兵器が完成するのはもっと先になると思っていたが、もう完成していたのは誤算だった。
「頭領から、光蔵様たちに援軍へと向かうようにとのことです」
「了解した」
源斎たちが撤退しなければならないほど、オリアーナたちが作り上げた生物兵器は危険だということだ。
ミゲカリ王国の相手は今は後回しだ。
ラクト帝国軍とオリアーナたちの始末を優先するべきと判断した頭領により、光蔵へ援軍に向かうように指示が出た。
光蔵たちは指示に従い、源斎たちの援軍に向かうことにした。
◆◆◆◆◆
「奴ら援軍を呼び寄せているようだ」
撤退した敷島の者たちとアデマス軍。
その後の動向を確認し、クラレンス伯爵は嬉しそうにオリアーナに話しかける。
これまでラクト帝国は、敷島の者に何度も煮え湯を飲まされてきた。
その復讐ができたことで、少しは溜飲が下がったというところだ。
「フフッ! そうですか……」
その話を聞いて、オリアーナも嬉しそうに笑みを浮かべる。
彼女としても、アデマス王国から追い出される原因となった敷島の連中に仕返しができて気分が良いのだろう。
これまで寝る間を惜しんで研究に没頭してきた甲斐があったというものだ。
「むしろその方が我々にとって好都合です。生物兵器と強化薬は充分に用意していますわ」
撤退した敷島の連中が援軍を呼んでいるようだが、オリアーナたちにとってそれは望むところだ。
敷島の人間を相手にするため、準備を万端にして来たのだから。
「流石というべきか、判断が早くてたいして倒せなかったが、敷島の連中でもそう簡単に倒せないことが証明できたからね」
危険と判断したら撤退することも有能な指揮官の条件だ。
ただの戦闘馬鹿の集団だと思われたが、やはり戦闘面において敷島の連中は優秀な集団のようだ。
しかし、その優秀な先頭集団であっても、オリアーナたちの作り出した戦闘兵器には単体では勝てないことが証明された。
これでこのままアデマス軍を倒すことができれば、帝国内での自分の地位は向上し、陞爵や領地拡大も夢ではない。
彼女たちを引き入れて、高い金を援助してきた甲斐があったというものだ。
「念のため強化薬を送るように言っておこう」
「そうですね。お任せしますわ」
人造兵器の魔物たちがいれば問題ないとは思うが、敷島の連中は油断できない。
どれほどの数を集めるか分からないため、クラレンスは念には念を入れて、研究所で作成している強化薬の補充をオリアーナに提案する。
そんな事をしなくても充分なだけの用意はしてあるが、クラレンスの気持ちも分からなくはないため、オリアーナは彼に判断を任せることにした。
◆◆◆◆◆
「頭! どうして菱山家の援軍が我々斎藤家じゃないのですか!?」
菱山家、五十嵐家が戦争に参加している中、斎藤家は王国内に留まっていた。
ラクト帝国との戦争で、菱山家の源斎が指揮する軍が撤退したと報告が入っていた。
それが、オリアーナたちの作り上げた生物兵器によるものだということも分かっている。
源斎の要請により援軍を送ることは当然だが、何故待機していた自分たちではなく、ミゲカリ王国へ攻めるはずの五十嵐家の者たちが向かわせるのか不可解だったため、斎藤家当主の重蔵は、決定をした頭領に問い質した。
「斎藤家は五十嵐家の代わりにミゲカリ王国の相手をしてもらう」
「なっ……!!」
強敵を相手にするのなら、自分たち斎藤家こそが援軍に向かうべきだと考えていた。
それが何故か五十嵐家に向かわせるというのだから、問い質したくなるのも仕方がない。
そんな重蔵に対し、頭領は五十嵐家の代わりにミゲカリ王国へ向かうことを告げた。
このことから、斎藤家は五十嵐家よりも期待をされていないと判断できる。
「…………了解しました」
余程のことでもない限り、頭領の指示に反対することはない。
次期頭領の座を狙う重蔵からすると、ここで頭領の不興を買うわけにはいかない。
そのため、眉間にシワを寄せつつも、指示に従うことにした。
「……いつからだ」
頭領の前から去り、ミゲカリ王国へと向かう準備を始めた重蔵は、現在の状況に思わず呟く。
以前はもっと上にいたような気がする。
それなのに、次期頭領の地位を争う菱山・五十嵐・斎藤の三家のうち、いつの間にか斎藤家の地位が下がっている。
「行くぞ! 天祐」
「ハイ。父上」
原因が分からない所が重蔵をイラ立たせていたが、今は頭領の指示に従う以外ない。
そのため、重蔵は息子の天祐と共に、敷島の地を後にしたのだった。