第174話 決着②
「…………」
「…………」
居合斬りの構えを取り、無言で睨みあう限と重蔵。
何もしていないわけではなく、両者とも全身の魔力を練り込んでいる。
大量の魔力を圧縮して、一撃にかけるつもりのようだ。
『居合勝負は速さが重要だ。抜刀の速度を重視するか、それとも移動速度を重視するか』
当然ながら、勝負は先に攻撃を当てた方が勝つ。
居合勝負となれば、相手よりも速く必殺となる一撃を当てることに集中する。
相手を自分の間合いに入れ、攻撃を放つ。
そのためには、距離を詰める速度・抜刀速度の差で勝敗が決する。
両者はどちらの速度を重視するのか。
少し離れた場所にいる天祐は、固唾を飲んで決着がつくのを見ているしかなかった。
“バッ!!”
使いこなせるギリギリまで魔力を高めたところで、両者床を蹴る。
音が一つになっていることから、ほぼ同時に移動を開始したようだ。
『限の方が遅い! 勝てる!!』
移動速度は重蔵の方が速い。
そして、距離を詰めた重蔵の方が先に抜刀を開始した。
それを見て、天祐は重蔵の勝利を確信した。
限と重蔵では剣士として生きた年数が違う。
その経験差を考えるなら、重蔵の方が抜刀の速度は上なはず。
それならば、限は移動速度で上回ることでその差を埋める必要がある。
それなのに、重蔵の方が移動速度で優っているのであるならば、限が抜刀速度で優るのは無理だと判断したからだ。
「「ハーッ!!」」
声を揃えて刀を振る限と重蔵。
両者の刀が、相手へと迫った。
“ズバッ!!”
「…………」
「…………」
刀を振り抜き、お互い通り過ぎるようにして止まる。
「ぐっ!!」
僅かな間をおいて、腹部から血を流した限が膝をつく。
「よしっ!!」
膝をついた限を見て、天祐は重蔵の勝利に拳を握り喜びの声を上げる。
「っっっ!?」
まだ息のある限に止めを刺すよう重蔵に命令しようとした天祐。
しかし、その命令をする前に異変が起きた。
「…………」
“ドサッ!!”
重蔵が前のめりに倒れたのだ。
「…………おいっ! どうした……?」
「…………」
現状が理解できない。
そのため、天祐は倒れた重蔵に問いかける。
しかし、重蔵はその問いに反応することなく、血溜まりを作り出していた。
そのことからも分かるように、勝利したのは限だった。
「ふざけるな!! あの状況からどうやって!?」
限が勝ったのだということは分かるが、それを認めることができない。
何故なら、移動速度も抜刀速度も重蔵が優っていた。
そこから先の攻防は、天祐には速すぎて目で追えなかったため、どのようにして限が勝利したのか分からない。
そのため、天祐は答えを求めるように限へと問いかけた。
「移動速度と抜刀速度で劣っていた俺が勝てた理由か?」
「そうだ!!」
重蔵が血溜まりを作り、完全に動かなくなったところで、限は腹に手を当てながら立ち上がる。
腹には深い傷が入っているが、回復魔法をかけているため塞がり始めている。
「教えてやるよ。これがあんたとの最後の会話だからな」
「…………くっ!」
最強の敵である重蔵。
それを倒すことができた今、限は天祐を殺し、オリアーナを殺したであろうレラたちと合流して脱出する予定だ。
別に話したところで天祐の命はもう残り僅かだ。
冥途の土産として、限は説明してあげることにした。
「あんたも思っただろ? 経験で劣るために抜刀速度は親父が上、だから移動速度で上回なければ、俺が勝利することができないって」
「……あぁ」
「けど、親父の方が移動速度で優っていた。だから俺が負けるって」
「……あぁ」
確認をするように話す限に対し、天祐はその通りと言わんばかりに頷きで返す。
言っている通り、天祐はその時点で重蔵が勝つと思っていた。
知りたいのはそこから先だ。
「恐らく、親父の奴も同じことを思っていただろうな。だから忘れていたんだろ」
「………何をだ?」
自分の全ての技術と力を注ぎ込んだ居合斬り。
それ以外にあの時にできることなんてない。
それなのに、自分や父が何を忘れていたというのか。
限の言葉に対し、天祐は答えを求めた。
「俺が肉体を自由に作り変えられるってな」
「っっっ!?」
説明と共に限がおこなったことを目にし、天祐は目を見開く。
何故なら限の肘から先に、もう一本腕が生えたからだ。
「俺の肉体変化は、鬼の姿に変化するだけじゃない。体のどこにでも手を生やすこともできるんだよ」
「俺が移動速度でも負けたのは、攻撃の軌道をずらすために親父の刀に集中していたからだ」
天祐が思ったように、移動速度で勝利すれば互角の勝負ができただろう。
しかし、それでは勝利する可能性もあれば、負ける可能性もある。
それならば、勝利できる方法を取ればいい。
重蔵の攻撃で死なないようにすれば、自分が勝つことができる。
ならば、自分が選択するのは後の先。
一刀のもとに斬り殺そうとしてくる重蔵の攻撃をずらしさえすれば、負けることはない。
その考え通り、重蔵の刀を生やした腕でずらし、自分の攻撃は重蔵を斬り伏せる。
その結果、勝利することができたのだ。
「……ハハッ、化け物が……」
限の説明を聞き終えた天祐は、力なく笑うしかなかった。